彼方の光
「……、……ょ……う……脹相!」
「っ」
目の前に悠仁の顔があり、ひゅうと息を吸い込んだ。
無意識に呼吸を止めてしまっていたことと、突然目の前に顔があったことに驚きドグドグと心臓が音を立てていた。
「突然黙り込んで、大丈夫?」
「あ、あぁ……すまない、少し……考え事を」
「なんか思い出した?」
「……、……」
はくりと口を動かし、やめた。
「……いいや」
「そっか。やっぱり脹相のと変わらんね」
「仕方ないさ。まず半呪霊だからこの結果が本当に正しいかも怪しいところではある。そもそも一卵性双生児だったとして、脹相には双子の兄弟がいた記憶はないんだろ?ならこっちの脹相はどこからきて、どうしてここにいるのか皆目見当がつかん。さらに詳しく調べるとしても、五条の目で見るとかしないと」
「じゃあ先生呼んで見てもらう?」
家入は首を振った。
「いや。間の悪いことに、あいつは今任務で沖縄にいるよ」
「あちゃー」
ゆるく息を吐く。
痛いほどになっていた心臓はもう落ち着いていた。
思い出した記憶は言わないことにしよう。
なんとなくだが、この体はそう遠くないうちに消えるだろうことがわかっていた。
そもそも自分がこうしてここにいるのは呪霊の術によるものらしいから、その呪霊が払われているのなら呪力が尽きれば術式自体が消える。少し考えればわかることだった。
悠仁からすればまた兄を失うようなものになってしまう。
脹相が分裂した、術式で二つに分かれたという認識に近ければ、自分が消えたとしても脹相の中に戻ったというような認識になるだろう。それならばさほどダメージはない。
脹相からしても、本人が認識をしていないとしてもまた兄弟がいなくなるようなものだ。
正直、脹相には消える時にばれてしまうかもしれないが。
ちらりとそばに立っている片割れに視線を向ける。
己は座っていて、片割れは立っているから顔は見えない。
しかし見下ろされているような気がする。
もし脹相が己が自分自身ではないと気づき、問うてくるのならば。
その時は話してみるのもいいかもしれない。
ただ、消えるその時まではこの二人と一緒に。
まだ、一緒に過ごしていたい。
***
突然黙りこくったかと思えば、あからさまに様子の可笑しい【脹相】を見てため息をつく。
真っ青だった顔はいくらかまともな色に戻っていた。
悠仁は家入と未だ話していて気づいてはいないようだが、【脹相】の雰囲気が先ほどまでのものとは異なっているのが感じられた。
自分は誰なのか、と本質を見失ったときは呪力の乱れも大きかったが、今ではそれが小さくなっていた。単に落ち着いたから、というよりかは何か思い当たる節があったのではないかと思う。
それから双子と聞いて思い出したこともあった。
母から引き離され瓶に詰められたとき、あの男は「双子だと思ったけど違ったのか」と言っていた。
今は自分より下にある頭を見下ろした。
脹相に双子の兄弟がいた記憶はない。
しかしその時の言葉も踏まえると、自分の知らぬところにいた双子の兄弟はその存在に気づかぬうちに消えてしまっていたのだろうか。
腕を組んだまま、そっと袖の中で腹を撫でた。
弟たちを失ったとき、悠仁を殺しかけた時の氷の杭を打ち込まれたかのような感覚を思い出す。
もしこいつが双子だったとして、いつまでいられるのだろう。
呪霊の術式によって現れたのならばその効力が切れればこいつはきっと消えるのだろう。
術式を持っていた呪霊を祓っているのならばそれは間違いない。
こいつがここにいるのもまだ呪力が切れていないからだ。
ならばその呪力が切れた時は。
「……」
少し前まではこいつの一挙一動に心を乱されていたのに、自分自身ではなく双子の兄弟だと言われただけで少しだけ心が凪いだ気がした。
「(今ならこいつと、少しだけ素直に話せるだろうか)」
「少しいいか」
医務室を後にし【脹相】を呼ぶ。
「なんだ」
「話したいことがある」
数歩先を歩いている悠仁の背中をちらりと見て、脹相を見る。
「悠仁もか」
「……いや、俺とお前だけにしておこう」
「……わかった」
一瞬迷うそぶりを見せたが頷いた。
「あれ、どったの?」
悠仁が二人が後ろの方に下がっているのに気づき声をかけた。
「少し用事ができた。先に戻っていてくれるか?」
「俺も一緒に行かなくていいん?」
「ああ、大丈夫だ」
「了解!じゃあ終わったら俺の部屋来てよ、昨日伏黒と釘崎と買い物行ったとき美味い唐揚げ食ってさ。脹相たちにも食わせたいから材料買ってきたんだ。まー、完全に再現できるわけではないけど?それなりのもんにはなると思うから!」
「わかった、楽しみにしている」
脹相は嬉しそうに微笑んだ。
「唐揚げ……、ああ、鶏肉を油で揚げたものか」
【脹相】は記憶を探るように視線を彷徨わせた。
「そそ。もしかして食べたことない?」
「記憶にはないな」
「そういえば、脹相もちゃんと飯食べ始めたのってこっち戻ってきてからだっけ……?」
「あの状況下であれば食事は数少ない娯楽のひとつでもあるから、そう積極的に摂取はしていなかったな。悠仁と一緒の時は最低限食べてたが」
ふと思い出し悠仁は脹相へ訪ねると淡々と返される。
「確かに一緒に飯食ってるとき以外どうしてるのかなとは思ってたけどさ……」
「どうりで俺と一緒に食ってるとき以外食べてるの見たことないと思った!」
てことはあれじゃん、脹相も下手するとコンビニのおにぎりとかカロリーメイトとかその辺しか知らんままの可能性があったってコト!?と悠仁は頭を抱えた。
「今日の唐揚げ、楽しみにしてて」
「わかった」
「悠仁の料理は美味いから楽しみだな」
そう言い、悠仁は部屋へ戻り脹相たちは屋上へと向かった。
屋上は貸し切りだった。
フェンスの奥には町が広がっており、眺めているとふわりと柔らかい風が吹いていた。
「話とはなんだ」
【脹相】は静かにたたずんだまま視線だけをこちらに向けていた。
「さっきのことだ」
「双子だという話か」
「お前はどう思う」
「……」
【脹相】は視線をフェンスの向こう側へ向けた。
あの決戦から早数か月。
既に倒壊した建物の瓦礫や、破損した道路などは次々と直されており以前とそう変わらないように見えた。しかし建物が無くなった場所はそのままだし、地形が変わってしまった場所もあるため全てが完全に戻るのはまだまだ先のことだろう。
「お前こそ」
ぽつり、呟きが落とされる。
「お前こそ、どう思う」
「……」
「血である程度はわかっているんじゃないか」
「……わかる、というか、途中で違和感は感じていた。最初は俺だと思ったし、お前の記憶は俺のものと相違ない。だからその違和感は気のせいで、俺とお前は同じなのだろうと思っていた」
「……」
「ただ羂索が俺を見て双子だと思った、と言っていたのを思い出した」
「……あの時言っていたのはそれか」
はぁ、とため息をつきながら【脹相】はぼやいた。
「なら、本当なのか」
「俺だって全て思い出したのはついさっきだ。覚えていることだってほとんどない」
「少しは覚えているのか?」
「無い事はないが、面白くもなければ要領を得ないような内容だぞ」
「いい。聞いてみたい」
「……聞いた後で文句言うなよ」
「言わない」
はぁともう一度ため息をついて話し始めた。
母の腹の中にいた時のこと、外に出た時のこと、死ぬまでのこと。
「結構覚えているじゃないか」
「お前と一緒になった後はな」
「だから俺の記憶と違いはなかったのか」
「そうなんだろう」
そうか、と脹相はもう一度呟くとスッと真剣な顔になって【脹相】を見た。
「一つだけはっきりさせておかないといけないことがある」
「なんだ」
【脹相】も真面目な話か、と向き直る。
すぅ息を吸って吐く。
「それは、どっちがお兄ちゃんかということだ!」
「……はぁ?」
「はぁ?ではない。これは死活問題だ。ちなみに俺はお兄ちゃんを譲る気はない」
「真面目腐った顔で何を言うかと思えば……」
「なんだ、お前からすればそう重要でもないということか?」
「そうだな。だって決まり切っているだろう」
【脹相】はやれやれと肩をすくめた。
「そうか!なら」
「「俺がお兄ちゃんだ」!」
同時に口を開いて聞こえた言葉に、しばしの沈黙。
「「は??」」
二人はお互いに何を言っているんだ?と言わんばかりの顔で見つめる。
「さっきお前は決まっていると言っていただろう!?」
「だから言っているだろう。たとえ体はなくとも、俺の方が先に意識があったんだから俺の方がお兄ちゃんだ」
「だが俺と同化しているときは意識ほとんどなかっただろう。体の主導権は俺が持っていたんだから、俺がお兄ちゃんだ」
「あ゛?」
「お゛?」
先ほどまでのしんみりした雰囲気から一転、一触即発状態になった。
ジュッ……パチパチ、と油の跳ねる音と香ばしい匂いが立ち上る。
「うし、完成っと」
悠仁は山盛りの唐揚げをテーブルへ並べた。
時計を見れば脹相と別れてから1時間くらい経っていた。
そう遅くはならないと言っていたからそろそろ戻るだろうか。
なんて考えていると、廊下の方からドタバタと音が向かってきていた。
「「悠仁ーーー!!!」」
「うわあ!!なになになになに!?」
「「俺とこいつどっちがお兄ちゃんだ!!??」」
「どういうこと?!」
かくかくしかじかまるまるうまうま。
「えー……えぇー……それ俺が決めんの……?」
悠仁は頭を抱えながら唸る。
「こいつとじゃ話にならんからな」
「それはこちらのセリフだ。悠仁俺がお兄ちゃんだよな?」
【脹相】と脹相はお互い睨みながら言う。
「てか、そうすると俺からしたらどっちも兄貴なんだけど……それじゃダメ?」
上目遣いできゅるるん♡と言わんばかりに脹相たちを見る。
対脹相限定だが可愛い弟ぶるようなズルい手もこの数か月ですっかり覚えていた。
脹相たちから見れば可愛い可愛い弟であることに変わりはなく、この顔に弱いことも把握済みだ。
他の仲間が見たら二度見されるかドン引きされるかだろうけど。
「ダメじゃない」
「問題ない」
「そっか!じゃあメシで来てるから食おうぜ!」
問題は解決、はしていないけどとりあえず喧嘩は収まったようで一安心する。
「そんじゃ、いただきまーす!」
「「いただきます」」
出来立ての唐揚げを頬張る。
普通の唐揚げよりざくざくとしており触感がいい。店で食べたものとはまた少し違うが、このザクザク感が出したかったので成功と言ってもいいのではないだろうか。
「!美味いな、前に食べたものより衣がザクザクしている」
「そー、店のもこうザクザクしててさ。すごく美味かった。結構いい出来だと思う」
「お兄ちゃんからすれば百点満点だぞ!」
【脹相】がそんなやり取りを見ながら唐揚げを頬張る。
ザクリと衣を歯で破るとじゅわりと一気に肉汁が口の中に流れ込んだ。
「あっ、ふ……!?……!!」
はふはふ、もごもごと唐揚げを咀嚼し慌てて水を飲む。
「あっ、一口で言ったん?出来立てでそれは火傷するよ!?」
【脹相】は涙目でべ、と舌を出した。
「……舌と上顎がぴりぴりする……」
「火傷したな。反転で治せるだろ」
「治せる……」
【脹相】は舌をしまうと口をもごもごとさせた。
多分治しているのだろう。
治ったか?治った、と脹相たちが話しているのを唐揚げを頬張りながら眺める。
さっきまで喧嘩していたかと思えば、少しすればなんでもなかったように会話している。
伏黒も「姉貴と喧嘩してても、少ししたら何もなかったように話かけられることもある」という話をしてたことを思い出した。
「そうだ、悠仁」
「んえ、何?」
ぼーっとしながら咀嚼していると【脹相】に呼ばれる。
「この唐揚げ、美味いな」
「……、でしょ!」
笑うときの緩んだ目元とか、へにゃと眉が下がるところとかは脹相にそっくりだけど、脹相と違って耳が赤くなっていた。
「(改めて、脹相本人じゃなくて血を分けた兄弟なんだな)」
「っ」
目の前に悠仁の顔があり、ひゅうと息を吸い込んだ。
無意識に呼吸を止めてしまっていたことと、突然目の前に顔があったことに驚きドグドグと心臓が音を立てていた。
「突然黙り込んで、大丈夫?」
「あ、あぁ……すまない、少し……考え事を」
「なんか思い出した?」
「……、……」
はくりと口を動かし、やめた。
「……いいや」
「そっか。やっぱり脹相のと変わらんね」
「仕方ないさ。まず半呪霊だからこの結果が本当に正しいかも怪しいところではある。そもそも一卵性双生児だったとして、脹相には双子の兄弟がいた記憶はないんだろ?ならこっちの脹相はどこからきて、どうしてここにいるのか皆目見当がつかん。さらに詳しく調べるとしても、五条の目で見るとかしないと」
「じゃあ先生呼んで見てもらう?」
家入は首を振った。
「いや。間の悪いことに、あいつは今任務で沖縄にいるよ」
「あちゃー」
ゆるく息を吐く。
痛いほどになっていた心臓はもう落ち着いていた。
思い出した記憶は言わないことにしよう。
なんとなくだが、この体はそう遠くないうちに消えるだろうことがわかっていた。
そもそも自分がこうしてここにいるのは呪霊の術によるものらしいから、その呪霊が払われているのなら呪力が尽きれば術式自体が消える。少し考えればわかることだった。
悠仁からすればまた兄を失うようなものになってしまう。
脹相が分裂した、術式で二つに分かれたという認識に近ければ、自分が消えたとしても脹相の中に戻ったというような認識になるだろう。それならばさほどダメージはない。
脹相からしても、本人が認識をしていないとしてもまた兄弟がいなくなるようなものだ。
正直、脹相には消える時にばれてしまうかもしれないが。
ちらりとそばに立っている片割れに視線を向ける。
己は座っていて、片割れは立っているから顔は見えない。
しかし見下ろされているような気がする。
もし脹相が己が自分自身ではないと気づき、問うてくるのならば。
その時は話してみるのもいいかもしれない。
ただ、消えるその時まではこの二人と一緒に。
まだ、一緒に過ごしていたい。
***
突然黙りこくったかと思えば、あからさまに様子の可笑しい【脹相】を見てため息をつく。
真っ青だった顔はいくらかまともな色に戻っていた。
悠仁は家入と未だ話していて気づいてはいないようだが、【脹相】の雰囲気が先ほどまでのものとは異なっているのが感じられた。
自分は誰なのか、と本質を見失ったときは呪力の乱れも大きかったが、今ではそれが小さくなっていた。単に落ち着いたから、というよりかは何か思い当たる節があったのではないかと思う。
それから双子と聞いて思い出したこともあった。
母から引き離され瓶に詰められたとき、あの男は「双子だと思ったけど違ったのか」と言っていた。
今は自分より下にある頭を見下ろした。
脹相に双子の兄弟がいた記憶はない。
しかしその時の言葉も踏まえると、自分の知らぬところにいた双子の兄弟はその存在に気づかぬうちに消えてしまっていたのだろうか。
腕を組んだまま、そっと袖の中で腹を撫でた。
弟たちを失ったとき、悠仁を殺しかけた時の氷の杭を打ち込まれたかのような感覚を思い出す。
もしこいつが双子だったとして、いつまでいられるのだろう。
呪霊の術式によって現れたのならばその効力が切れればこいつはきっと消えるのだろう。
術式を持っていた呪霊を祓っているのならばそれは間違いない。
こいつがここにいるのもまだ呪力が切れていないからだ。
ならばその呪力が切れた時は。
「……」
少し前まではこいつの一挙一動に心を乱されていたのに、自分自身ではなく双子の兄弟だと言われただけで少しだけ心が凪いだ気がした。
「(今ならこいつと、少しだけ素直に話せるだろうか)」
「少しいいか」
医務室を後にし【脹相】を呼ぶ。
「なんだ」
「話したいことがある」
数歩先を歩いている悠仁の背中をちらりと見て、脹相を見る。
「悠仁もか」
「……いや、俺とお前だけにしておこう」
「……わかった」
一瞬迷うそぶりを見せたが頷いた。
「あれ、どったの?」
悠仁が二人が後ろの方に下がっているのに気づき声をかけた。
「少し用事ができた。先に戻っていてくれるか?」
「俺も一緒に行かなくていいん?」
「ああ、大丈夫だ」
「了解!じゃあ終わったら俺の部屋来てよ、昨日伏黒と釘崎と買い物行ったとき美味い唐揚げ食ってさ。脹相たちにも食わせたいから材料買ってきたんだ。まー、完全に再現できるわけではないけど?それなりのもんにはなると思うから!」
「わかった、楽しみにしている」
脹相は嬉しそうに微笑んだ。
「唐揚げ……、ああ、鶏肉を油で揚げたものか」
【脹相】は記憶を探るように視線を彷徨わせた。
「そそ。もしかして食べたことない?」
「記憶にはないな」
「そういえば、脹相もちゃんと飯食べ始めたのってこっち戻ってきてからだっけ……?」
「あの状況下であれば食事は数少ない娯楽のひとつでもあるから、そう積極的に摂取はしていなかったな。悠仁と一緒の時は最低限食べてたが」
ふと思い出し悠仁は脹相へ訪ねると淡々と返される。
「確かに一緒に飯食ってるとき以外どうしてるのかなとは思ってたけどさ……」
「どうりで俺と一緒に食ってるとき以外食べてるの見たことないと思った!」
てことはあれじゃん、脹相も下手するとコンビニのおにぎりとかカロリーメイトとかその辺しか知らんままの可能性があったってコト!?と悠仁は頭を抱えた。
「今日の唐揚げ、楽しみにしてて」
「わかった」
「悠仁の料理は美味いから楽しみだな」
そう言い、悠仁は部屋へ戻り脹相たちは屋上へと向かった。
屋上は貸し切りだった。
フェンスの奥には町が広がっており、眺めているとふわりと柔らかい風が吹いていた。
「話とはなんだ」
【脹相】は静かにたたずんだまま視線だけをこちらに向けていた。
「さっきのことだ」
「双子だという話か」
「お前はどう思う」
「……」
【脹相】は視線をフェンスの向こう側へ向けた。
あの決戦から早数か月。
既に倒壊した建物の瓦礫や、破損した道路などは次々と直されており以前とそう変わらないように見えた。しかし建物が無くなった場所はそのままだし、地形が変わってしまった場所もあるため全てが完全に戻るのはまだまだ先のことだろう。
「お前こそ」
ぽつり、呟きが落とされる。
「お前こそ、どう思う」
「……」
「血である程度はわかっているんじゃないか」
「……わかる、というか、途中で違和感は感じていた。最初は俺だと思ったし、お前の記憶は俺のものと相違ない。だからその違和感は気のせいで、俺とお前は同じなのだろうと思っていた」
「……」
「ただ羂索が俺を見て双子だと思った、と言っていたのを思い出した」
「……あの時言っていたのはそれか」
はぁ、とため息をつきながら【脹相】はぼやいた。
「なら、本当なのか」
「俺だって全て思い出したのはついさっきだ。覚えていることだってほとんどない」
「少しは覚えているのか?」
「無い事はないが、面白くもなければ要領を得ないような内容だぞ」
「いい。聞いてみたい」
「……聞いた後で文句言うなよ」
「言わない」
はぁともう一度ため息をついて話し始めた。
母の腹の中にいた時のこと、外に出た時のこと、死ぬまでのこと。
「結構覚えているじゃないか」
「お前と一緒になった後はな」
「だから俺の記憶と違いはなかったのか」
「そうなんだろう」
そうか、と脹相はもう一度呟くとスッと真剣な顔になって【脹相】を見た。
「一つだけはっきりさせておかないといけないことがある」
「なんだ」
【脹相】も真面目な話か、と向き直る。
すぅ息を吸って吐く。
「それは、どっちがお兄ちゃんかということだ!」
「……はぁ?」
「はぁ?ではない。これは死活問題だ。ちなみに俺はお兄ちゃんを譲る気はない」
「真面目腐った顔で何を言うかと思えば……」
「なんだ、お前からすればそう重要でもないということか?」
「そうだな。だって決まり切っているだろう」
【脹相】はやれやれと肩をすくめた。
「そうか!なら」
「「俺がお兄ちゃんだ」!」
同時に口を開いて聞こえた言葉に、しばしの沈黙。
「「は??」」
二人はお互いに何を言っているんだ?と言わんばかりの顔で見つめる。
「さっきお前は決まっていると言っていただろう!?」
「だから言っているだろう。たとえ体はなくとも、俺の方が先に意識があったんだから俺の方がお兄ちゃんだ」
「だが俺と同化しているときは意識ほとんどなかっただろう。体の主導権は俺が持っていたんだから、俺がお兄ちゃんだ」
「あ゛?」
「お゛?」
先ほどまでのしんみりした雰囲気から一転、一触即発状態になった。
ジュッ……パチパチ、と油の跳ねる音と香ばしい匂いが立ち上る。
「うし、完成っと」
悠仁は山盛りの唐揚げをテーブルへ並べた。
時計を見れば脹相と別れてから1時間くらい経っていた。
そう遅くはならないと言っていたからそろそろ戻るだろうか。
なんて考えていると、廊下の方からドタバタと音が向かってきていた。
「「悠仁ーーー!!!」」
「うわあ!!なになになになに!?」
「「俺とこいつどっちがお兄ちゃんだ!!??」」
「どういうこと?!」
かくかくしかじかまるまるうまうま。
「えー……えぇー……それ俺が決めんの……?」
悠仁は頭を抱えながら唸る。
「こいつとじゃ話にならんからな」
「それはこちらのセリフだ。悠仁俺がお兄ちゃんだよな?」
【脹相】と脹相はお互い睨みながら言う。
「てか、そうすると俺からしたらどっちも兄貴なんだけど……それじゃダメ?」
上目遣いできゅるるん♡と言わんばかりに脹相たちを見る。
対脹相限定だが可愛い弟ぶるようなズルい手もこの数か月ですっかり覚えていた。
脹相たちから見れば可愛い可愛い弟であることに変わりはなく、この顔に弱いことも把握済みだ。
他の仲間が見たら二度見されるかドン引きされるかだろうけど。
「ダメじゃない」
「問題ない」
「そっか!じゃあメシで来てるから食おうぜ!」
問題は解決、はしていないけどとりあえず喧嘩は収まったようで一安心する。
「そんじゃ、いただきまーす!」
「「いただきます」」
出来立ての唐揚げを頬張る。
普通の唐揚げよりざくざくとしており触感がいい。店で食べたものとはまた少し違うが、このザクザク感が出したかったので成功と言ってもいいのではないだろうか。
「!美味いな、前に食べたものより衣がザクザクしている」
「そー、店のもこうザクザクしててさ。すごく美味かった。結構いい出来だと思う」
「お兄ちゃんからすれば百点満点だぞ!」
【脹相】がそんなやり取りを見ながら唐揚げを頬張る。
ザクリと衣を歯で破るとじゅわりと一気に肉汁が口の中に流れ込んだ。
「あっ、ふ……!?……!!」
はふはふ、もごもごと唐揚げを咀嚼し慌てて水を飲む。
「あっ、一口で言ったん?出来立てでそれは火傷するよ!?」
【脹相】は涙目でべ、と舌を出した。
「……舌と上顎がぴりぴりする……」
「火傷したな。反転で治せるだろ」
「治せる……」
【脹相】は舌をしまうと口をもごもごとさせた。
多分治しているのだろう。
治ったか?治った、と脹相たちが話しているのを唐揚げを頬張りながら眺める。
さっきまで喧嘩していたかと思えば、少しすればなんでもなかったように会話している。
伏黒も「姉貴と喧嘩してても、少ししたら何もなかったように話かけられることもある」という話をしてたことを思い出した。
「そうだ、悠仁」
「んえ、何?」
ぼーっとしながら咀嚼していると【脹相】に呼ばれる。
「この唐揚げ、美味いな」
「……、でしょ!」
笑うときの緩んだ目元とか、へにゃと眉が下がるところとかは脹相にそっくりだけど、脹相と違って耳が赤くなっていた。
「(改めて、脹相本人じゃなくて血を分けた兄弟なんだな)」