彼方の光

「え~……、俺が呪霊とやりあっているうちに何で脹相が増えてんの?」
しかも2Pカラー?なにそれゲーム?とぼやいている。
どうやら脹相が霧に巻かれている間に、悠仁は呪霊とやりあっていたらしい。
「肝心な時に役に立てず済まない……。呪霊の術式で幻影を出されているのかと思ったのだが」
脹相が霧の中に孤立したときのことを簡単に説明する。
「呪霊倒したけど、まだいる……よなぁ?」
「幻影じゃないぞ」
脹相の隣で【脹相】が答える。
二人とも腕を組み同じポーズをしているためまるで双子のようだ。
「んー……とりあえず、敵じゃないなら高専に連れて行こう」
「いいのか?いくら俺の姿とはいえ……」
「まあ、敵じゃないって証拠はないけど、脹相の血?も反応してるってことは少なくとも九相図ではあるんだろ?なら大丈夫じゃね?」
「それは、そうだが……」
悠仁は【脹相】を見ながら問う。
「あんた、味方でいいのか?」
懐かしい質問をする。あの日、渋谷が壊滅した日の問い。
「違う」
その言葉に【脹相】を見る。
どこか遠くを見るような、懐かしいものを聞いたようなそんな表情。
「……俺はお兄ちゃん、だ」
「真面目にやってくんね~かな、って懐かしいやり取りだなコレ」
ははっ、と笑う悠仁に脹相はもやっとした気持ちになる。
「……悠仁のお兄ちゃんは俺だ」
「えぇ……張り合うとこ?」
「お兄ちゃんにとっては大事なことだ!」
【脹相】はそんな脹相を見るとやれやれというように肩をすくめた。
自分と同じ存在だというのに、自分とは違うような反応をする。
それに、と脹相は【脹相】の表情を盗み見る。
脹相が悠仁のそばに来たため、少し離れたところからこちらを見ている。
【脹相】は悠仁と脹相を眺めながらゆるりと目じりを下げて眺めていた。
「(……わけがわからない)」


伊地知に事の詳細を話すと、冷や汗をかき顔を真っ青にしていた。
どうやら伊地知の知る限り過去に同様なことはなかったようだ。
慌てて高専に連絡を取るとどうやら連れて帰る許可は下りたようで、おどおどしながら「で、では車へ……」と声をかけていた。
【脹相】は気にする様子もなく「すまないな」と乗り込んだ。
後部座席へ悠仁、【脹相】、脹相の順で座る。
万が一何かあっても大丈夫なように、というのは脹相の案であった。
本当は悠仁の隣へは座らせたくはないのだが、とギリギリまで渋っていた。
伊地知も得体のしれない【脹相】の両脇を悠仁と脹相が固め、何かあっても対応できるようにしているのを見てほっとしたのか先ほどよりましな顔色で「出発します」と声をかけた。
道中は特に問題なく進み高専へ戻るまで【脹相】は外の景色を眺めていた。
高専では五条悟が待ち構えており、脹相と【脹相】を交互に見ながら顎に手を当てていた。
「伊地知から聞いていたけど、本当に何から何までそっくり!いやぁ、お兄ちゃん面白いの連れてきたね」
「俺はお前の兄ではない」
脹相は不機嫌そうに言い返し、【脹相】は少し驚いたような顔をしていた。
「どったの?五条先生に吃驚した?いつものことだから気にしなくていいよ」
「いや……なんでもない」
悠仁に声をかけられるといつもの脹相と同じような無表情に変わる。
「ま、僕の目で見てもこっちの脹相とそっちの【脹相】は呪力も同じだね。今回の呪霊の術式とは違うと思うけど原因不明に変わりはないからしばらくは様子見!その間二人は任務は休みになるよ」
「俺たちでこいつを監視しろと言うことか」
「そういうこと!同一人物だし、仲良くなれるんじゃない?」
ちなみに僕は無理!と笑いながら言う。
「先生が自分で言っといてそれ言う!?」
悠仁は五条の言い分にツッコみ、
「なれるか!」
「だとさ」
脹相は怒り、【脹相】は肩をすくめた。
「同一人物なのに反応違うんだ。見た目も呪力も同じなのに。……君、本当に悠仁のお兄ちゃん?」
五条の青い瞳が【脹相】を貫く。空気がピリッと張りつめた。
その空気を感じているだろうが、【脹相】はいつものように凪いだ目で見つめ返す。
「俺はお兄ちゃんだ。それ以上でも以下でもない」
「ふーん?」
しばらく無言で見つめ合い、五条が「まっ、それなら問題ないデショ」といつものお茶らけた口調になると、空気がふと和らいだ。
「でも何かあったら即討伐対象だから、精々頑張ってね」
「心得ている」
五条はそれを聞くと「あ、そう?じゃあ僕はこれから予定あるから!」と言ってどこかへ消えていった。
「それでは虎杖君、脹相さん方、私もこの後は報告などがありますので失礼します」
「あ、そっか、付き合わせちゃってスンマセン!」
「いえいえ、では何かわかったらこちらからも連絡はしますので」
「すまない、助かる」
伊地知もそう挨拶をすると建物の中へ入っていった。
【脹相】はそれを見送ると、やっと終わったかと言わんばかりに息をついた。
「じゃあ、とりあえず部屋に案内するけど……俺か脹相と一緒の方がいいかな?」
「監視をするのだろう。どちらでもかまわん」
「俺の部屋でいいだろう。悠仁と二人きりにできん」
というわけで脹相の部屋に【脹相】を案内する。
悠仁との間柄が兄弟以外にも増えてからは主に悠仁の部屋で過ごしていたため、物は少なくガランとしている。
「必要なものはあとから伊地知さんが届けてくれるって」
「わかった」
また明日、と悠仁は隣の部屋へ帰っていった。
脹相は部屋へ入り【脹相】を振り返る。
【脹相】は入口で立ち尽くしたまま部屋を見回していた。
「そこにいると邪魔になる。その辺に座っていろ」
そう言ってローテーブルと座椅子を指さす。
最初は備え付けのベットや棚くらいしかなく、あまりにも殺風景すぎると悠仁と買いに行ったものだ。今では悠仁の部屋で過ごすことが多いため、ほとんど使われておらず新品同然だ。
【脹相】は頷くとちょこんと座った。
脹相はそれを横目にいつもの服から部屋着へと着替える。
以前はいつもの服のままでもよいのではないかと思っていたが、日常生活を送る上であ
の服は目立つ上に袖が危ないと何度か悠仁に言われ着替えるようになった。モノによっては締め付けが気になったりするが、慣れてしまえば確かに楽だ。
ふう、とため息をついて【脹相】を見る。
大人しく座っていたかと思えば窓際からじっと外を眺めている。
この部屋の窓からの景色は眺めがよく桜や紅葉がよく見える場所となっている、と悠仁から教えられた。
実際、今の時期であれば窓の外は一面の桃色。風が吹けば桜が舞い散る様がよく見える。
初めて見た時は、その幻想的な風景に息をするのも忘れてしまう程夢中になっていた。
舞い散る桜に目を輝かせ、今まで見たこともない風景にほうとため息をつきながら眺めている今の【脹相】は、まるで初めて桜を見た時の自分のようだ。
悠仁からはこんな風に見えていたのだろうかと、どうにも気恥ずかしい気持ちになった。
「お前も桜が好きなのか?」
何となくそう問いかける。
「さくら……」
【脹相】は一瞬こちらに目を向けたが再び窓の外に向ける。
「うん、そうだな。好ましいと思う」
「そうか。俺も好きだ」
「悠仁の色だしな」
「ああ」
脹相が窓を開けると桜が舞い込んできた。
暖かい風と舞い散る桜吹雪。
あのとき、戦っていたときはまさかこのような風景を見ることができるとは思ってもいなかった。
薨星宮の時は羂索をこの命を使ってでも倒すことができればいいと思っていたが、そこでは九十九に生きろと逃がされた。
宿儺との戦いで炎に巻かれた悠仁を助けた際は命と引き換えにしても守ると、縛りをして術式を強化した。
全身の血液が沸騰したように熱くなり今度こそ悠仁とはお別れだと思っていた。ただ悠仁をひとりにしてしまうことだけが心残りだった。あの庭で悠仁と話したことも覚えている。
しかし、気づけば高専のベットに寝かされていた。
全身に大やけどを負い生死を彷徨っていたらしい。
縛りをしていたことを思い出し、まさか悠仁を守り切れなかったのかと嫌な考えが頭をよぎったが、それならば諸共燃やし尽くされているはずだと思いなおした。
未だになぜ縛りが無効となったのかは不明のままだった。
悠仁は「生きていてくれるならそれでいい」と傷だらけの手で焼き切れ短くなった脹相の髪を撫でた。
半呪霊の血が手伝い一時は生死を彷徨っていた脹相も徐々に回復し、ほとんど以前の姿と変わりないほど回復していた。
少し前まで火傷跡だらけだった腕をぼんやり見つめそっと撫でた。
春が過ぎたら夏が来て、そのあとに秋と冬がくる。
秋と冬は知っている。そのころに受肉しあの戦いがあった。
しかし春と夏は知識でしか知らなかった。
だから嬉しいのだ。悠仁と一緒に知らないことを知れる。
弟たちにも体験させてやりたかったがそれは叶わないこと。ならばせめて、いずれ弟たちの元へ行った際にたくさん話をしてあげよう。そう思っている。
「なあ」
「なんだ」
「散歩に行きたい」
【脹相】が窓の外を見つめながら言った。
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