彼方の光
【脹相】が脹相と双子の兄弟だった、ということは3人だけの秘密とした。例外はいるが。
いつまでも存在できるわけではないのと、公にする必要があるものでもないからだ。
【脹相】自身から自分はいつか消えると知らされたのは唐揚げを食べたあの日の夜だった。
呪力を消費しなければ持つがそれでも一か月も持てばいい方だろう、と。
「もとは母の腹で消えるはずだった命だ。それが二度、運命の悪戯で生きながらえただけだ。そこは理解しているし、受け入れている」
「ならさ、いっぱい思い出作ろうよ」
「悠仁?」
「あんたも俺の兄貴、ならさ。俺は一緒に思い出作りたいと思うよ」
「だが、いいのか?俺はあくまでも監視対象で……」
「いいの!……俺らと、一か月しかいらんないんでしょ」
「……」
「脹相がさ、俺のこと守ってくれたとき滅茶苦茶後悔したんだ。あのときもっと話しておけばよかった、一緒にこうしていたらよかったって。そんなことやってる余裕も無ければ、暇もなかったんだけどさ」
悠仁が脹相のことを見て視線を戻す。
「だからさ、一か月しかいられんなら今度は後悔したくないんよ。あの時もっとこうしておけばよかったって思いたくない。ゼロにするのは無理かもしれんけどさ」
【脹相】は困惑したように脹相を見た。
「兄であることを譲る気はない……が、兄弟であることに変りもない。なら一緒に思い出を作ることもやぶさかではないな」
「なんでノリノリなんだお前は……」
ますます訳が分からん、と困惑した顔を見せ笑いがこみ上げてくる。
「何を笑っているんだ」
「いや、面白い顔をしているから……くっ」
「言っておくがお前と同じ顔だからな??」
「ぶっは!」
「悠仁!?」
じとり、と【脹相】が睨みつけている傍らで悠仁も噴き出し、部屋には笑い声が響いていた。
そこから一か月の間、悠仁と脹相と【脹相】は学業や任務の傍らで今までしてこなかったことをやっていた。
例えば遠出をしたり、花見をしたり、海へ行ってみたり、映画を見たり、一緒に兄弟全員のお揃いのものを買ったり。
脹相にも制約があるためなんでもかんでも好きなようにできるというわけではないが、それでも【脹相】ともたくさんの思い出を作っていた。
初めて見るものへの反応はやっぱり二人ともそっくりで。
微笑む姿も、驚く姿も、泣く姿も、そっくりだけどちょっとは違っていて。
あっという間に長いようで短い一か月は過ぎていった。
「はあぁ~、つっかれた」
ドサリとウッドチェアへ座り込む。
「お疲れ様だ、悠仁」
脹相がスポーツドリンクを渡す。
今日は高専が所有している山にピクニックに来ていた。
山の頂上部分は平になっており広場のように整えられていた。
「てっきり普通の山かと思ってんだけど、ちょっとしたハイキングコースと広場みたいになってんだね」
「ああ、元々はそういう目的で使われていた山らしい。だが呪霊が出て廃れてしまって、持ち主が手放したのをそのまま譲り受けたんだとか」
脹相が答える。
「へぇーでもその割には荒れてないね」
「ああ、山の持ち主は手放したがそのハイキング施設を営んでいた夫婦が定期的に手入れをしているらしい。廃れたといっても、完全に客足が途絶えたわけではないから、と伊地知から聞いた」
ゆっくりと後からついてきていた【脹相】が答えた。
「え、そうなん?呪霊は?」
「五条が祓ったらしい」
「……もしかして、ここって五条先生が山吹き飛ばした跡地だったりする?」
悠仁はおそるおそる山にしては綺麗に平らな広場を見ながら言った。
「かもしれんな」
「高専が所有しているというか、買い取って丸く収めたとかなんじゃないか?」
まったくあの男は、と脹相たちはお互いに肩をすくめたりため息を吐いたりした。
「ありそー……。ま、それはいっか。ここでお昼食べよ」
いそいそとレジャーシートを木陰に広げて重箱を取り出す。
この日は朝から三人で弁当を作っていた。
揚げ物は悠仁、少し凝ったものは脹相、おにぎりなどは【脹相】が担当していた。
「うま!脹相このあえ物すげー美味い!こっちのおにぎりもツナマヨ手作り?配分最高!」
「喜んでもらえて何よりだ。悠仁の唐揚げも美味しいぞ」
「ああ、隠し味に胡椒を入れてみたんだ。悠仁のも熱々の出来立ても美味かったが冷めても美味い物を作れるとは、流石だ」
「へへ、でしょ!」
和やかな会話と共に食事を済ませ、そのまましばらくぼうっと木陰から降り注ぐ光を眺めながら寝転がっていた。
「食べた後すぐに寝転がると牛になるんじゃないか?」
「いやでも、風とか温度もいい感じで抗えん……」
「まったく」
脹相は悠仁の頭を膝に乗せ撫でた。
「うー……脹相、それやられるとやばい、眠くなる……」
「だったら起きたらどうだ?」
「それはそれでやだ……」
ぐりぐりと腹に顔を押し付け甘える悠仁を見て【脹相】は笑いを零す。
「相変わらずだな」
「いや、これは……」
「いい、知っている」
脹相がはっとしてしどろもどろに答えようとするのを遮る。
「というか、一か月も一緒にいれば嫌でもわかる。思い返せばあの時のも完全に嫉妬だったんだな」
「そ、そうか……すまない……」
「何を謝るんだ、気にしていない」
「え、なに、脹相って嫉妬すんの?いつ?誰に?」
目をキラキラさせて顔をあげていた。
「ゆ、悠仁!何でもない!何でもないから!」
脹相は顔を真っ赤にして慌てた。嫉妬していたことを知られたくないらしい。
「そうだなぁ。話してやってもいいが……」
「おい!」
「……残念だが、時間切れらしい」
そう言って【脹相】は右手をかざして見せた。
その指先は黒く染まりぽろぽろと崩れ始めていた。
「お前、それ」
「……そうか、もう一か月か」
悠仁は体を起こし、脹相も【脹相】へ向き直る。
「長いようで、短い一か月だったな」
そう話している間もボロボロと体が塵になり崩れていく。
悠仁と脹相は体の芯が冷えるようなあの感覚に襲われ、最期の時が来たのだと否応にも理解した。
「まさか、兄弟とこうして過ごせる日が来るなんて思っても見なかった」
「……俺も、兄貴がまた増えるなんて思わなかった」
悠仁と【脹相】が見つめ合う。
「片割れとも、喧嘩したり買い物をしたり人のように過ごすとはな」
「俺もだ。悠仁とだけでなく、兄弟ともできるとは思わなかったな」
脹相と【脹相】が見つめ合う。
「楽しい日々だった」
「俺も」
「愛しい日々だった」
「ああ」
「悠仁、脹相」
悠仁と脹相と見つめ合う。
「兄弟に、弟に……家族になってくれて、ありがとう」
ふわり、微笑み。
ザアァと大きな風が吹いて【脹相】だったものは空へ舞い、ほんのわずかな塵の山と、お揃いで買った匂い袋だけを残して消えた。
「……逝っちゃった」
「ああ」
ぐし、と悠仁の鼻をすする音が聞こえ兄弟だったものがいた場所を見ながら抱き寄せる。
顔は見られたくないだろう。
「初めからわかってたけどさ、やっぱ、慣れんね、これ」
「……慣れるものじゃないさ」
「ちょーそー」
「なんだ?」
「今度はちゃんと、兄弟のこと埋葬してやろう」
「……うん」
その場に残ったわずかな塵をかき集め、高専へ戻る。
部屋から見える庭の一角に小高い山と小さな石が置かれている場所に埋める。
これは8人の兄弟たちの墓だ。
ここには壊相と血塗の歯が入っている。
壊相と血塗の死体は家入が再び悪用されないように処理をされたが、歯だけは取っておいてくれたらしい。もともとはサンプルとして保管していたようだが、形見として渡せるのはこれくらいだ、と言ってよこしてくれた。
4番目から9番目の弟たちは悠仁の中にいるが、一個体としてではなくなった。自分の中でも区切りをつけるため、ここにはかつて入っていた瓶が産めてある。
「突然、兄弟が増えたらあいつらもびっくりするんかな」
手を土で汚しながら悠仁が呟く。
「かもしれんが、案外仲良くやれると思うぞ。壊相はちょっと人見知りなところもあるから馴染むまで時間かかるかもしれんが、血塗はあれでいて物怖じしないからな。」
「え、そうなの?以外な事実を聞いてしまったかもしれん」
「ああ。だが俺の弟たちはいい子ばかりだから。仲間はずれにはならないさ」
「なら、向こうでもあの庭でピクニックしてるかな」
「そうかもしれないな」
その日から悠仁と脹相は一か月と少しぶりに、再び一つの部屋で過ごすようになった。
以前と違うことはものが増えたこと。
一つは木製の写真立てに入った、三人で取った写真。
そしてもう一つは小さなバスケットに10個の色違いの匂い袋と少し汚れた匂い袋が、写真立ての隣に飾られている。
彼方の光
或いは星の夢を見た、ほうき星の話
いつまでも存在できるわけではないのと、公にする必要があるものでもないからだ。
【脹相】自身から自分はいつか消えると知らされたのは唐揚げを食べたあの日の夜だった。
呪力を消費しなければ持つがそれでも一か月も持てばいい方だろう、と。
「もとは母の腹で消えるはずだった命だ。それが二度、運命の悪戯で生きながらえただけだ。そこは理解しているし、受け入れている」
「ならさ、いっぱい思い出作ろうよ」
「悠仁?」
「あんたも俺の兄貴、ならさ。俺は一緒に思い出作りたいと思うよ」
「だが、いいのか?俺はあくまでも監視対象で……」
「いいの!……俺らと、一か月しかいらんないんでしょ」
「……」
「脹相がさ、俺のこと守ってくれたとき滅茶苦茶後悔したんだ。あのときもっと話しておけばよかった、一緒にこうしていたらよかったって。そんなことやってる余裕も無ければ、暇もなかったんだけどさ」
悠仁が脹相のことを見て視線を戻す。
「だからさ、一か月しかいられんなら今度は後悔したくないんよ。あの時もっとこうしておけばよかったって思いたくない。ゼロにするのは無理かもしれんけどさ」
【脹相】は困惑したように脹相を見た。
「兄であることを譲る気はない……が、兄弟であることに変りもない。なら一緒に思い出を作ることもやぶさかではないな」
「なんでノリノリなんだお前は……」
ますます訳が分からん、と困惑した顔を見せ笑いがこみ上げてくる。
「何を笑っているんだ」
「いや、面白い顔をしているから……くっ」
「言っておくがお前と同じ顔だからな??」
「ぶっは!」
「悠仁!?」
じとり、と【脹相】が睨みつけている傍らで悠仁も噴き出し、部屋には笑い声が響いていた。
そこから一か月の間、悠仁と脹相と【脹相】は学業や任務の傍らで今までしてこなかったことをやっていた。
例えば遠出をしたり、花見をしたり、海へ行ってみたり、映画を見たり、一緒に兄弟全員のお揃いのものを買ったり。
脹相にも制約があるためなんでもかんでも好きなようにできるというわけではないが、それでも【脹相】ともたくさんの思い出を作っていた。
初めて見るものへの反応はやっぱり二人ともそっくりで。
微笑む姿も、驚く姿も、泣く姿も、そっくりだけどちょっとは違っていて。
あっという間に長いようで短い一か月は過ぎていった。
「はあぁ~、つっかれた」
ドサリとウッドチェアへ座り込む。
「お疲れ様だ、悠仁」
脹相がスポーツドリンクを渡す。
今日は高専が所有している山にピクニックに来ていた。
山の頂上部分は平になっており広場のように整えられていた。
「てっきり普通の山かと思ってんだけど、ちょっとしたハイキングコースと広場みたいになってんだね」
「ああ、元々はそういう目的で使われていた山らしい。だが呪霊が出て廃れてしまって、持ち主が手放したのをそのまま譲り受けたんだとか」
脹相が答える。
「へぇーでもその割には荒れてないね」
「ああ、山の持ち主は手放したがそのハイキング施設を営んでいた夫婦が定期的に手入れをしているらしい。廃れたといっても、完全に客足が途絶えたわけではないから、と伊地知から聞いた」
ゆっくりと後からついてきていた【脹相】が答えた。
「え、そうなん?呪霊は?」
「五条が祓ったらしい」
「……もしかして、ここって五条先生が山吹き飛ばした跡地だったりする?」
悠仁はおそるおそる山にしては綺麗に平らな広場を見ながら言った。
「かもしれんな」
「高専が所有しているというか、買い取って丸く収めたとかなんじゃないか?」
まったくあの男は、と脹相たちはお互いに肩をすくめたりため息を吐いたりした。
「ありそー……。ま、それはいっか。ここでお昼食べよ」
いそいそとレジャーシートを木陰に広げて重箱を取り出す。
この日は朝から三人で弁当を作っていた。
揚げ物は悠仁、少し凝ったものは脹相、おにぎりなどは【脹相】が担当していた。
「うま!脹相このあえ物すげー美味い!こっちのおにぎりもツナマヨ手作り?配分最高!」
「喜んでもらえて何よりだ。悠仁の唐揚げも美味しいぞ」
「ああ、隠し味に胡椒を入れてみたんだ。悠仁のも熱々の出来立ても美味かったが冷めても美味い物を作れるとは、流石だ」
「へへ、でしょ!」
和やかな会話と共に食事を済ませ、そのまましばらくぼうっと木陰から降り注ぐ光を眺めながら寝転がっていた。
「食べた後すぐに寝転がると牛になるんじゃないか?」
「いやでも、風とか温度もいい感じで抗えん……」
「まったく」
脹相は悠仁の頭を膝に乗せ撫でた。
「うー……脹相、それやられるとやばい、眠くなる……」
「だったら起きたらどうだ?」
「それはそれでやだ……」
ぐりぐりと腹に顔を押し付け甘える悠仁を見て【脹相】は笑いを零す。
「相変わらずだな」
「いや、これは……」
「いい、知っている」
脹相がはっとしてしどろもどろに答えようとするのを遮る。
「というか、一か月も一緒にいれば嫌でもわかる。思い返せばあの時のも完全に嫉妬だったんだな」
「そ、そうか……すまない……」
「何を謝るんだ、気にしていない」
「え、なに、脹相って嫉妬すんの?いつ?誰に?」
目をキラキラさせて顔をあげていた。
「ゆ、悠仁!何でもない!何でもないから!」
脹相は顔を真っ赤にして慌てた。嫉妬していたことを知られたくないらしい。
「そうだなぁ。話してやってもいいが……」
「おい!」
「……残念だが、時間切れらしい」
そう言って【脹相】は右手をかざして見せた。
その指先は黒く染まりぽろぽろと崩れ始めていた。
「お前、それ」
「……そうか、もう一か月か」
悠仁は体を起こし、脹相も【脹相】へ向き直る。
「長いようで、短い一か月だったな」
そう話している間もボロボロと体が塵になり崩れていく。
悠仁と脹相は体の芯が冷えるようなあの感覚に襲われ、最期の時が来たのだと否応にも理解した。
「まさか、兄弟とこうして過ごせる日が来るなんて思っても見なかった」
「……俺も、兄貴がまた増えるなんて思わなかった」
悠仁と【脹相】が見つめ合う。
「片割れとも、喧嘩したり買い物をしたり人のように過ごすとはな」
「俺もだ。悠仁とだけでなく、兄弟ともできるとは思わなかったな」
脹相と【脹相】が見つめ合う。
「楽しい日々だった」
「俺も」
「愛しい日々だった」
「ああ」
「悠仁、脹相」
悠仁と脹相と見つめ合う。
「兄弟に、弟に……家族になってくれて、ありがとう」
ふわり、微笑み。
ザアァと大きな風が吹いて【脹相】だったものは空へ舞い、ほんのわずかな塵の山と、お揃いで買った匂い袋だけを残して消えた。
「……逝っちゃった」
「ああ」
ぐし、と悠仁の鼻をすする音が聞こえ兄弟だったものがいた場所を見ながら抱き寄せる。
顔は見られたくないだろう。
「初めからわかってたけどさ、やっぱ、慣れんね、これ」
「……慣れるものじゃないさ」
「ちょーそー」
「なんだ?」
「今度はちゃんと、兄弟のこと埋葬してやろう」
「……うん」
その場に残ったわずかな塵をかき集め、高専へ戻る。
部屋から見える庭の一角に小高い山と小さな石が置かれている場所に埋める。
これは8人の兄弟たちの墓だ。
ここには壊相と血塗の歯が入っている。
壊相と血塗の死体は家入が再び悪用されないように処理をされたが、歯だけは取っておいてくれたらしい。もともとはサンプルとして保管していたようだが、形見として渡せるのはこれくらいだ、と言ってよこしてくれた。
4番目から9番目の弟たちは悠仁の中にいるが、一個体としてではなくなった。自分の中でも区切りをつけるため、ここにはかつて入っていた瓶が産めてある。
「突然、兄弟が増えたらあいつらもびっくりするんかな」
手を土で汚しながら悠仁が呟く。
「かもしれんが、案外仲良くやれると思うぞ。壊相はちょっと人見知りなところもあるから馴染むまで時間かかるかもしれんが、血塗はあれでいて物怖じしないからな。」
「え、そうなの?以外な事実を聞いてしまったかもしれん」
「ああ。だが俺の弟たちはいい子ばかりだから。仲間はずれにはならないさ」
「なら、向こうでもあの庭でピクニックしてるかな」
「そうかもしれないな」
その日から悠仁と脹相は一か月と少しぶりに、再び一つの部屋で過ごすようになった。
以前と違うことはものが増えたこと。
一つは木製の写真立てに入った、三人で取った写真。
そしてもう一つは小さなバスケットに10個の色違いの匂い袋と少し汚れた匂い袋が、写真立ての隣に飾られている。
彼方の光
或いは星の夢を見た、ほうき星の話