誰が為の願い
明日は3月20日。祝日。春分の日。
悠仁の誕生日。
数時間前に悠仁が友人の伏黒と釘崎と話していたのを聞いて知った。
今まではそんな余裕も無かったため特に話題にも上がらないでいたのだが、脹相は弟の誕生日を把握していなかったことにショックを受けた。
教えてもらえなかったのも少し寂しいぞ……悠仁……!
とはいえ、幸いにも誕生日まではまだ猶予はある。しかも今日は任務も休みで一日フリーだ。
明日は自分が任務があるし、他の友人から祝われるため食事も他所で済ませるだろう。
ならば今日中に悠仁の誕生日を祝った方がいい。そうと決まればやることは一つ。
「全力で悠仁の誕生日の準備を遂行する!」
***
渋谷での騒動の果てに平和を取り戻した。あくまでも表面上は。
あの一件以来非呪術師たちにも呪霊の存在が知れ渡り、しばらく世間ではアレコレと騒ぎ立てられていた。
当然ながら呪術界隈のことも知れわたり、呪術師たちも騒動の原因として槍玉にあげられることもあった。
呪術高専のことも話に上がることはあったが、高専側が学生たちに関する情報は徹底して情報を漏らさないようにしていたため他よりかは騒がれていなかったが。
そもそも事の発端である羂索の子供とされる虎杖悠仁や、特級呪物呪胎九相図で半呪霊の脹相が高専に保護されていることを考えると情報を漏らすわけにはいかなかったのだろう。
日本中を混乱に陥れた元凶の子だ、と知れ渡ればどうなるか想像に難くない。
宿儺を倒し騒動を治めたとして悠仁の秘匿死刑は取りやめとなり、脹相も活躍を加味され条件付きで死刑や再封印は取りやめとなった。
しかし巻き込まれた一般人からはそんなものは関係ないだろう。
それに悠仁は宿儺に乗っ取られた際に多くの人間が死んだ。今でもその時のことを悔やんでいるし、自分が殺したと考えている。
あれは宿儺がやったことで悠仁は関係ないと脹相は考えているが、悠仁は自分が宿儺を抑えられなかったことが原因だから、と己の罪として抱えていた。
脹相は脹相で五条悟を獄門経に封じる際に一般人を巻き込み殺し、信念もなく殺したことを悔いていた。
なんであれ二人は巻き込まれた側からすれば加害者になってしまうのだ。
そのため悠仁と脹相は騒動が収まるまでの間は高専の敷地内で隠れるように過ごしていた。
表立って何かをすることは逆に迷惑になると心得ていたためお互い決定に対して何も言うことはなかったが、何もしないのは流石に申し訳がないので伊地知や補佐監督の手伝いをして過ごしていた。
最近やっと騒動が落ち着きを見せ始めたことで、悠仁は呪術師の活動を再開し脹相も条件付きで活動を行うこととなったのだ。
ここで話は冒頭に戻る。
脹相は高専敷地内であればある程度は自由に行動をすることができるが、敷地外に出る場合は監視役と行動を行うほか定期報告が義務付けられている。
普段であれば悠仁が監視役として共に行動をするが、今回はその悠仁の誕生日の準備を行うため本人を呼ぶわけにはいかない。
「よろしく頼む、伏黒」
「なるほど、それで俺ですか」
今回の監視役として呼んだのは伏黒恵だった。
「急ですまないな。流石に今回は悠仁を連れて行くわけにはいかないから」
「まあ、誕生日の準備ですもんね」
他愛もない会話をしながら街へ出る。
ちなみに今はいつもの服装ではなく一般的な私服姿だ。
伏黒は今どきの若者という風で、脹相は悠仁が私服の一つでもないと不便だろうとプレゼントしてくれた白ニットに黒のスキニー、そこに薄手のコートを羽織っている。
顔の痣はマスクで隠し、普段の特徴的な髪形も現在は解いてハーフアップにされている。
「それで、何を買うんですか?」
「そうだな……」
脹相は誕生日に何をするかは知らなかったため、器の知識から情報を引き出していた。
「何かプレゼントは買うとして、誕生日にはケーキも必要だろう。それと今日は任務があるから腹を空かせて帰ってくるだろうから、そうだな、肉料理なんかもあった方がいいか?」
「ならまずはプレゼントから買って、最後にケーキのほうがいいですね。買うものは決まっているんですか?」
その質問にはた、と脹相は歩みを止めた。
「脹相さん?」
「……俺は、ダメなお兄ちゃんだ……」
伏黒が振り向くと、ずううんと暗雲を垂れこめたようにうつむいていた。
「どうしたんですか……」
「……プレゼントを用意しなければとは考えていたのだが」
「はい」
「悠仁が欲しいものを、知らない……」
誕生日とはプレゼントを贈るもの、ケーキやオードブルを食べるものと器の知識から得て行動したが、肝心の何をプレゼントするかまでは考えていなかった。
「脹相さんがあげたい物をあげたらいいんじゃないんですか」
「欲しくもない物を貰っても困るだろう……。うぅ……弟の欲しいものも把握できていないなんてお兄ちゃん失格だ」
「(普通そんなに把握していないのでは……)」
伏黒はそう思ったが脹相はもはや半泣きである。
人通りが少ない場所とはいえ、半泣きの長身の男は目立ち伏黒の背後にチクチクと視線が刺さる。
「……じゃあプレゼントは後にして、メインの肉の方先に買いましょう。買い物の途中でいいものが見つかるかもしれませんし」
「すまない……」
さっさとこの場を離れたかった伏黒は脹相の手を引いて通りを後にした。
当然ながら脹相は料理の経験は無いため材料を買って作る、というのは最初に除外した。
本音を言うとケーキや料理を自作したい気持ちはあったが、今回は時間が無いため不出来なものを食べさせるわけにはいかないと出来合いの商品で準備することにした。
メインの肉はケ〇タッキーのボックスがいいのではと言われたため購入した。
他には器の知識で祝い事と言えばエビフライやハンバーグ、というものがあったためエビフライを購入。
スープも必要だろうと温めるだけのコーンスープと、肉料理だけではバランスが悪いとサラダも購入した。
「……足りるだろうか?」
「いや十分ですって。これ以上あるとケーキ食べられなくなりますよ」
それもそうか、と脹相は頷き「次はケーキですかね」という伏黒の後に続いた。
「随分と種類が多いな」
「この辺りでは一番種類が豊富だと釘崎が言っていましたよ」
「ふむ……」
うろ、うろとしばらくケーキに視線を彷徨わせていたが何かを見つけたのか、視線が固定されていた。
「決まりましたか?」
「ああ、一応最初から決めてはいたんだ」
そういってケースの端、しかし一番上の段に置かれていたものを指さした。
「ホールケーキ?」
「ああ。誕生日ではこのケーキを食べるものなのだろう?」
「まあ、子供のころは多いとは思いますけど。別にそれでないといけないって決まりはないですよ。それがいいんですか?」
「ああ。……だが、流石に大きすぎるだろうか」
脹相が見ていたのは5号と書かれているもので、確かに2人で食べるには大きすぎるものだった。
「二人で食べるのは難しそうですね。これより小さいものはないんですかね」
「聞いてみるか。……すまない、このホールケーキは2人用のものはあるだろうか?」
ガラスケース越しに脹相が店員に話しかけると、今までの会話を聞いていたのかにこりと笑って、
「お二人様用もございますよ。3号か4号がよろしいかと……こちらが見本になります」
見本を取り出して見せてくれた。
「ありがとう。なら、この3号のものを1つ」
「かしこまりました!ろうそくもお付けしてよろしいですか?」
「ああ、頼む」
会計を済ませ店を出たところでほっと息をついた。
「あとはプレゼントだけですが……」
伏黒はそう言って脹相を見たが、眉を寄せて首を振った。
「すまない……何も思いつかなかった」
「そうですか……」
伏黒もどうしたものか、と頭を悩ませながら二人で街を歩く。
脹相は少し焦りながら何かいいものはないかと見回すと視界に色が掠めた。
ふいに足を止め視線をやると、それは花屋の軒先に出されていたピンクのカーネーションだった。
「何かいいものありました?」
「……ああ、いや。これが目に入ってな」
「花ですか。……もし脹相さんが嫌じゃないなら花束をプレゼントしたらいいんじゃないですか?」
「花束をか?」
「はい。昔、姉貴が誕生日に花束買ってくれたのを思い出したので。いいんじゃないかと」
「だが、花のことはよく知らないから何を買えばいいのか……」
そう話をしていると店から店主と思わしきおばあさんが声をかけてきた。
「あらあら、いらっしゃい。うちでも花束を作るサービスはやっているから相談して下さればいいもの作るわよ」
そういうと二人の手を引て店の中に入る。
「娘と二人で店をやっているのだけれど、娘は配達に行っていてね。今は私しかいないけど花束を作るのは得意よ」
うふふとかわいらしく笑った。
「そうなのか。なら頼もう、誕生日に送る花束なのだが」
「任せて頂戴。何か希望はあるかしら?」
脹相は花を見渡しながら、春の色を纏う末弟に思いをはせた。
「……ピンク、の花がいい」
「ピンクね。今の時期ならこのカーネーションとかが綺麗よ」
「なら、それを」
「他はどうしましょうか」
「そう、だな。花はあまり詳しくないのだが……」
「そうねぇ、この花束をあげるのはどなた?」
おばあさんは少し考えて脹相へ訪ねた。
「弟だ」
「弟さんね。そういえば、あなたたちご兄弟?何兄弟なのかしら」
「いえ、この人の弟の友人です。今回は買い物の付き添いで」
「ああ、それと俺は10人兄弟だ。それは末の弟にプレゼントするものだ」
以前から並ぶと悠仁と脹相よりも、伏黒との方が兄弟に見えると言われていたがやっぱりそう見えるのかと思いながら否定する。
「あら、ごめんなさい。それにしても10人兄弟は凄いわね。あなたは弟さんのこと大切に思っているのね」
「ああ。大切だ。この世で一番大切な子だ。……幸せになって欲しい、愛しい弟」
唯一生き残った弟、とほとんど吐息のように溢す。
最後の言葉は隣の伏黒には聞こえていたようで視線を寄こされたが、ガラスケースの中の花を見ていたおばあさんには聞こえていなかったようで、
「弟さんが大好きなのねぇ」
と微笑ましそうに返された。
「なら、そうねぇ。花言葉とかで選ぶのもいいかもしれないわね」
「花言葉?」
「ええ。花言葉はご存じ?」
「いや……すまないが、知らない」
「花言葉は、花一つ一つにつけられているのよ。外国で花に思いを託して恋人に送ることが起源だったかしら、ロマンチックよねぇ。例えばこれ、花束を作るときに定番のカスミソウとかは「幸福」という意味があるわね」
「幸福、か」
「もちろん、意味が一つだけじゃないものもあるのだけれど。このピンクのカーネーションなんかは「感謝」や「気品」「温かい心」「美しいしぐさ」とかがあるのよ」
「そうなのか。……なら幸福の意味の花を」
「それならこれとかがいいかしら」
「それから……」
脹相は末弟を思い浮かべながら、それから、と呟く。
「……相手の幸せを望むような、花言葉のものがあれば」
「ふふ、本当に弟思いのいいお兄ちゃんなのねぇ。任せて頂戴、きっといいものを作って見せるわ」
出来上がった小ぶりの花束は、ピンクのカーネーションとピンクのバラを中心にオレンジ色の花などを組み合わせブライダルベールを周りに添えられていた。
「おお、綺麗ですね」
「ラッピングとリボンはこちらで花に合わせて決めさせてもらったけど、よかったかしら?」
「十分だ。……ありがとう」
「どういたしまして。機会があれば今度は弟さんも一緒に来てちょうだい」
「ああ」
脹相は大切そうに花束を抱えると微笑んだ。
「それじゃあ、俺はこれで」
「今日は助かった」
「いえ。虎杖、喜んでくれるといいですね」
「ああ」
寮に戻ると伏黒とは別れた。
昼過ぎに街へ出かけたが、気が付けばもう夕方だった。数分前に悠仁から任務が終わったとラインが入っていたため間もなく帰ってくるだろう。
脹相は悠仁の部屋に入るとケーキを冷蔵庫に入れ、テーブルへ料理を並べる。
チキンにエビフライ、サラダを並べてコーンスープは鍋に入れて温めればすぐに食べれるように。
コーンスープの温め方が書かれている説明書とにらめっこをしながら、慣れない手つきで沸騰させないように気を付けながら温めた。
皿を出して一息をつくとちょうど外から足音が聞こえ、扉の開く音がした。
「ただいま~」
「お帰り悠仁、お疲れ様」
「脹相!ただいま!……ってどうしたのこれ、めっちゃ豪華じゃん」
「明日は悠仁の誕生日だと話していただろう?一日早くてすまないが、お兄ちゃんからのサプライズだ!」
でもお兄ちゃんに教えてくれなかったのは寂しかったぞ、と少ししょぼんとした。
「聞いてたん?てか、誕生日は聞かれんかったし、正直忘れてたのもあったし……ごめんて」
「色々あったんだうっかり忘れてしまうのも無理はない。……汚れたままでは気持ち悪いだろう。先に風呂に入ってくるといい」
「ん、そーする。腹減ってるしすぐ戻るから!」
その宣言通りバタバタと風呂へ向かったかと思えば20分ほどで戻ってきた。
「早かったな、ちゃんと温まってきたか?髪の毛も乾かさないと風邪をひくぞ」
「温まったし、ほとんど乾いてるから大丈夫だって。それより腹減った!」
「そう慌てなくても料理は逃げたりしないぞ」
そわそわとしながら席に着く悠仁を見て笑いながら温めたコーンスープを置いた。
「ね、食べていい?」
「いいぞ。本当は何か作ってやりたかったんだが、出来合いのものばかりですまない……」
「いいって。こうしてお祝いしてくれるだけでも十分!んじゃ、いただきます!脹相も食べよ」
「ああ。……いただきます」
それから今日の任務はどうだった、とか、買い物は誰と行ったのかといった他愛もない話をしながら料理に舌鼓を打った。
それなりの量があったが男二人かつ片方は食べ盛りだ。あっという間に食べ終えてしまった。
「は~旨かった!」
「それはよかった。……ちなみにまだ腹に空きはあるか?」
「ん?まあそれなりに」
「ならこれも食べられるな」
そう言って冷蔵庫からケーキを取り出した。
少し小さめのホールケーキで、プレートにはお誕生日おめでとうの文字。
「ホールケーキ……」
「誕生日といえばコレなのだろう?器の知識にあった。流石にろうそくを悠仁の年の数だけ刺すのはやめた方がいいと伏黒に止められたから、6本しかないが……」
そう言いながらケーキにろうそくを刺し火をつける。
「さあ、できた」
そう言って脹相は「ハッピーバースデートゥーユー」と歌を歌い出した。
「ハッピーバースデーディア悠仁、ハッピーバースデートゥーユー。よし!悠仁、ろうそくの灯を消していいぞ!……悠仁?」
悠仁はぼう、とホールケーキと脹相を見ていた。
「悠仁?……すまない、もしかしてケーキは嫌いだったか?もしそうなら無理に食べなくていいぞ。これはお兄ちゃんが食べるから」
誕生日と言えばと安易にホールケーキを買ってきてしまったが、そういえば悠仁がケーキを好きかどうかは確認をしていなかった。
「すまない、サプライズすることに浮かれていた。ちゃんと確認すればよかったな」
不安になってケーキを下げようとすると、はっとして慌てて悠仁が止めた。
「あ、いや!違う、ごめん!嫌いじゃない!」
「だが……」
「本当、嫌いじゃないんよ。ありがとう。……ただちょっと考え事というか、思い出してたというか」
悠仁はぽつぽつと話し始めた。
「俺、物心着いたときからじーちゃんと二人暮らしだったからさ、誕生日もこうして豪華にってのが無くて。いつものじーちゃんが作ってくれたご飯に、精々ケーキ食べるって感じでさ。
ケーキもじーちゃんは甘いのがそんなに好きじゃないからカットされてるやつで俺の分しかなくて。ホールケーキにちょっと憧れてたんだ」
ゆらゆらと炎が揺れる。
「あとさ……あと…………、俺が、誕生日祝われていいのかなって」
「悠仁……」
「俺のせいで死んだ人もたくさんいるのに……、俺が祝われる資格なんてあるのかな」
「……」
「皆は俺のせいじゃないって言うけどさ、でもやっぱり俺はそう思えない。……思うつもりもないんだけど」
「……悠仁」
脹相は悠仁の隣に移動すると花束を渡した。
突然のことに困惑しながらっも悠仁は受け取った。
「どうしたの、これ」
「俺からの誕生日プレゼントだ。……本当は悠仁の欲しい物をあげたかったんだが、思いつかなくてな」
「……あんがと」
「……悠仁、お前は自分が祝われる資格がないと思っているようだが、俺はそうは思わん」
「……」
「俺もあれは宿儺の仕業で悠仁のせいではないと思っている。だが、悠仁がそれで納得できないということも分かっているし、罪を背負って生きていく覚悟もあることを知っている。
だが、だからと言って悠仁が幸せになってはいけないなんて思わない」
悠仁の手の中にある花を指で撫でる。
「悠仁は、花言葉は知っているか?」
「や、知らん」
「……花屋の店主が教えてくれたのだが、花言葉は花に思いを託して恋人に送る風習が元になっているらしい」
「へぇ、ラブレターみたいなもん?」
「そうだな。…………俺の思いはこの花束だ」
「脹相の?どんな意味?」
「……意味は、恥ずかしいから秘密だ」
脹相は悠仁の顔に残る傷あとを撫で、眩しいものを見るように目を細めた。
「悠仁、確かにお前の周りで不幸なことはたくさん起こった。でもな、忘れないでくれ。お前がいてくれたから助かった命もあるんだ」
お前がいてくれたから、兄でいさせてくれたから。こうして自分はここにいられるのだ。
「お前がいてくれたから、俺は俺でいられるんだ」
世を呪う呪物ではなく、復讐に生きる呪いでもなく。ただ一人の兄として。
「だから悠仁、誕生日おめでとう。生まれてきてくれて、ありがとう」
「……ん」
脹相はぐずり、と鼻をすする音は聞こえないふりをして俯いた頭を優しくなでていた。、
「来年も、再来年も……また誕生日を祝わおうな」
そうしたらまたあの花屋に花束を頼もう。
いつまでも、いつまでも、この思いは花束に託してお前の未来を願いたい。
悠仁の誕生日。
数時間前に悠仁が友人の伏黒と釘崎と話していたのを聞いて知った。
今まではそんな余裕も無かったため特に話題にも上がらないでいたのだが、脹相は弟の誕生日を把握していなかったことにショックを受けた。
教えてもらえなかったのも少し寂しいぞ……悠仁……!
とはいえ、幸いにも誕生日まではまだ猶予はある。しかも今日は任務も休みで一日フリーだ。
明日は自分が任務があるし、他の友人から祝われるため食事も他所で済ませるだろう。
ならば今日中に悠仁の誕生日を祝った方がいい。そうと決まればやることは一つ。
「全力で悠仁の誕生日の準備を遂行する!」
***
渋谷での騒動の果てに平和を取り戻した。あくまでも表面上は。
あの一件以来非呪術師たちにも呪霊の存在が知れ渡り、しばらく世間ではアレコレと騒ぎ立てられていた。
当然ながら呪術界隈のことも知れわたり、呪術師たちも騒動の原因として槍玉にあげられることもあった。
呪術高専のことも話に上がることはあったが、高専側が学生たちに関する情報は徹底して情報を漏らさないようにしていたため他よりかは騒がれていなかったが。
そもそも事の発端である羂索の子供とされる虎杖悠仁や、特級呪物呪胎九相図で半呪霊の脹相が高専に保護されていることを考えると情報を漏らすわけにはいかなかったのだろう。
日本中を混乱に陥れた元凶の子だ、と知れ渡ればどうなるか想像に難くない。
宿儺を倒し騒動を治めたとして悠仁の秘匿死刑は取りやめとなり、脹相も活躍を加味され条件付きで死刑や再封印は取りやめとなった。
しかし巻き込まれた一般人からはそんなものは関係ないだろう。
それに悠仁は宿儺に乗っ取られた際に多くの人間が死んだ。今でもその時のことを悔やんでいるし、自分が殺したと考えている。
あれは宿儺がやったことで悠仁は関係ないと脹相は考えているが、悠仁は自分が宿儺を抑えられなかったことが原因だから、と己の罪として抱えていた。
脹相は脹相で五条悟を獄門経に封じる際に一般人を巻き込み殺し、信念もなく殺したことを悔いていた。
なんであれ二人は巻き込まれた側からすれば加害者になってしまうのだ。
そのため悠仁と脹相は騒動が収まるまでの間は高専の敷地内で隠れるように過ごしていた。
表立って何かをすることは逆に迷惑になると心得ていたためお互い決定に対して何も言うことはなかったが、何もしないのは流石に申し訳がないので伊地知や補佐監督の手伝いをして過ごしていた。
最近やっと騒動が落ち着きを見せ始めたことで、悠仁は呪術師の活動を再開し脹相も条件付きで活動を行うこととなったのだ。
ここで話は冒頭に戻る。
脹相は高専敷地内であればある程度は自由に行動をすることができるが、敷地外に出る場合は監視役と行動を行うほか定期報告が義務付けられている。
普段であれば悠仁が監視役として共に行動をするが、今回はその悠仁の誕生日の準備を行うため本人を呼ぶわけにはいかない。
「よろしく頼む、伏黒」
「なるほど、それで俺ですか」
今回の監視役として呼んだのは伏黒恵だった。
「急ですまないな。流石に今回は悠仁を連れて行くわけにはいかないから」
「まあ、誕生日の準備ですもんね」
他愛もない会話をしながら街へ出る。
ちなみに今はいつもの服装ではなく一般的な私服姿だ。
伏黒は今どきの若者という風で、脹相は悠仁が私服の一つでもないと不便だろうとプレゼントしてくれた白ニットに黒のスキニー、そこに薄手のコートを羽織っている。
顔の痣はマスクで隠し、普段の特徴的な髪形も現在は解いてハーフアップにされている。
「それで、何を買うんですか?」
「そうだな……」
脹相は誕生日に何をするかは知らなかったため、器の知識から情報を引き出していた。
「何かプレゼントは買うとして、誕生日にはケーキも必要だろう。それと今日は任務があるから腹を空かせて帰ってくるだろうから、そうだな、肉料理なんかもあった方がいいか?」
「ならまずはプレゼントから買って、最後にケーキのほうがいいですね。買うものは決まっているんですか?」
その質問にはた、と脹相は歩みを止めた。
「脹相さん?」
「……俺は、ダメなお兄ちゃんだ……」
伏黒が振り向くと、ずううんと暗雲を垂れこめたようにうつむいていた。
「どうしたんですか……」
「……プレゼントを用意しなければとは考えていたのだが」
「はい」
「悠仁が欲しいものを、知らない……」
誕生日とはプレゼントを贈るもの、ケーキやオードブルを食べるものと器の知識から得て行動したが、肝心の何をプレゼントするかまでは考えていなかった。
「脹相さんがあげたい物をあげたらいいんじゃないんですか」
「欲しくもない物を貰っても困るだろう……。うぅ……弟の欲しいものも把握できていないなんてお兄ちゃん失格だ」
「(普通そんなに把握していないのでは……)」
伏黒はそう思ったが脹相はもはや半泣きである。
人通りが少ない場所とはいえ、半泣きの長身の男は目立ち伏黒の背後にチクチクと視線が刺さる。
「……じゃあプレゼントは後にして、メインの肉の方先に買いましょう。買い物の途中でいいものが見つかるかもしれませんし」
「すまない……」
さっさとこの場を離れたかった伏黒は脹相の手を引いて通りを後にした。
当然ながら脹相は料理の経験は無いため材料を買って作る、というのは最初に除外した。
本音を言うとケーキや料理を自作したい気持ちはあったが、今回は時間が無いため不出来なものを食べさせるわけにはいかないと出来合いの商品で準備することにした。
メインの肉はケ〇タッキーのボックスがいいのではと言われたため購入した。
他には器の知識で祝い事と言えばエビフライやハンバーグ、というものがあったためエビフライを購入。
スープも必要だろうと温めるだけのコーンスープと、肉料理だけではバランスが悪いとサラダも購入した。
「……足りるだろうか?」
「いや十分ですって。これ以上あるとケーキ食べられなくなりますよ」
それもそうか、と脹相は頷き「次はケーキですかね」という伏黒の後に続いた。
「随分と種類が多いな」
「この辺りでは一番種類が豊富だと釘崎が言っていましたよ」
「ふむ……」
うろ、うろとしばらくケーキに視線を彷徨わせていたが何かを見つけたのか、視線が固定されていた。
「決まりましたか?」
「ああ、一応最初から決めてはいたんだ」
そういってケースの端、しかし一番上の段に置かれていたものを指さした。
「ホールケーキ?」
「ああ。誕生日ではこのケーキを食べるものなのだろう?」
「まあ、子供のころは多いとは思いますけど。別にそれでないといけないって決まりはないですよ。それがいいんですか?」
「ああ。……だが、流石に大きすぎるだろうか」
脹相が見ていたのは5号と書かれているもので、確かに2人で食べるには大きすぎるものだった。
「二人で食べるのは難しそうですね。これより小さいものはないんですかね」
「聞いてみるか。……すまない、このホールケーキは2人用のものはあるだろうか?」
ガラスケース越しに脹相が店員に話しかけると、今までの会話を聞いていたのかにこりと笑って、
「お二人様用もございますよ。3号か4号がよろしいかと……こちらが見本になります」
見本を取り出して見せてくれた。
「ありがとう。なら、この3号のものを1つ」
「かしこまりました!ろうそくもお付けしてよろしいですか?」
「ああ、頼む」
会計を済ませ店を出たところでほっと息をついた。
「あとはプレゼントだけですが……」
伏黒はそう言って脹相を見たが、眉を寄せて首を振った。
「すまない……何も思いつかなかった」
「そうですか……」
伏黒もどうしたものか、と頭を悩ませながら二人で街を歩く。
脹相は少し焦りながら何かいいものはないかと見回すと視界に色が掠めた。
ふいに足を止め視線をやると、それは花屋の軒先に出されていたピンクのカーネーションだった。
「何かいいものありました?」
「……ああ、いや。これが目に入ってな」
「花ですか。……もし脹相さんが嫌じゃないなら花束をプレゼントしたらいいんじゃないですか?」
「花束をか?」
「はい。昔、姉貴が誕生日に花束買ってくれたのを思い出したので。いいんじゃないかと」
「だが、花のことはよく知らないから何を買えばいいのか……」
そう話をしていると店から店主と思わしきおばあさんが声をかけてきた。
「あらあら、いらっしゃい。うちでも花束を作るサービスはやっているから相談して下さればいいもの作るわよ」
そういうと二人の手を引て店の中に入る。
「娘と二人で店をやっているのだけれど、娘は配達に行っていてね。今は私しかいないけど花束を作るのは得意よ」
うふふとかわいらしく笑った。
「そうなのか。なら頼もう、誕生日に送る花束なのだが」
「任せて頂戴。何か希望はあるかしら?」
脹相は花を見渡しながら、春の色を纏う末弟に思いをはせた。
「……ピンク、の花がいい」
「ピンクね。今の時期ならこのカーネーションとかが綺麗よ」
「なら、それを」
「他はどうしましょうか」
「そう、だな。花はあまり詳しくないのだが……」
「そうねぇ、この花束をあげるのはどなた?」
おばあさんは少し考えて脹相へ訪ねた。
「弟だ」
「弟さんね。そういえば、あなたたちご兄弟?何兄弟なのかしら」
「いえ、この人の弟の友人です。今回は買い物の付き添いで」
「ああ、それと俺は10人兄弟だ。それは末の弟にプレゼントするものだ」
以前から並ぶと悠仁と脹相よりも、伏黒との方が兄弟に見えると言われていたがやっぱりそう見えるのかと思いながら否定する。
「あら、ごめんなさい。それにしても10人兄弟は凄いわね。あなたは弟さんのこと大切に思っているのね」
「ああ。大切だ。この世で一番大切な子だ。……幸せになって欲しい、愛しい弟」
唯一生き残った弟、とほとんど吐息のように溢す。
最後の言葉は隣の伏黒には聞こえていたようで視線を寄こされたが、ガラスケースの中の花を見ていたおばあさんには聞こえていなかったようで、
「弟さんが大好きなのねぇ」
と微笑ましそうに返された。
「なら、そうねぇ。花言葉とかで選ぶのもいいかもしれないわね」
「花言葉?」
「ええ。花言葉はご存じ?」
「いや……すまないが、知らない」
「花言葉は、花一つ一つにつけられているのよ。外国で花に思いを託して恋人に送ることが起源だったかしら、ロマンチックよねぇ。例えばこれ、花束を作るときに定番のカスミソウとかは「幸福」という意味があるわね」
「幸福、か」
「もちろん、意味が一つだけじゃないものもあるのだけれど。このピンクのカーネーションなんかは「感謝」や「気品」「温かい心」「美しいしぐさ」とかがあるのよ」
「そうなのか。……なら幸福の意味の花を」
「それならこれとかがいいかしら」
「それから……」
脹相は末弟を思い浮かべながら、それから、と呟く。
「……相手の幸せを望むような、花言葉のものがあれば」
「ふふ、本当に弟思いのいいお兄ちゃんなのねぇ。任せて頂戴、きっといいものを作って見せるわ」
出来上がった小ぶりの花束は、ピンクのカーネーションとピンクのバラを中心にオレンジ色の花などを組み合わせブライダルベールを周りに添えられていた。
「おお、綺麗ですね」
「ラッピングとリボンはこちらで花に合わせて決めさせてもらったけど、よかったかしら?」
「十分だ。……ありがとう」
「どういたしまして。機会があれば今度は弟さんも一緒に来てちょうだい」
「ああ」
脹相は大切そうに花束を抱えると微笑んだ。
「それじゃあ、俺はこれで」
「今日は助かった」
「いえ。虎杖、喜んでくれるといいですね」
「ああ」
寮に戻ると伏黒とは別れた。
昼過ぎに街へ出かけたが、気が付けばもう夕方だった。数分前に悠仁から任務が終わったとラインが入っていたため間もなく帰ってくるだろう。
脹相は悠仁の部屋に入るとケーキを冷蔵庫に入れ、テーブルへ料理を並べる。
チキンにエビフライ、サラダを並べてコーンスープは鍋に入れて温めればすぐに食べれるように。
コーンスープの温め方が書かれている説明書とにらめっこをしながら、慣れない手つきで沸騰させないように気を付けながら温めた。
皿を出して一息をつくとちょうど外から足音が聞こえ、扉の開く音がした。
「ただいま~」
「お帰り悠仁、お疲れ様」
「脹相!ただいま!……ってどうしたのこれ、めっちゃ豪華じゃん」
「明日は悠仁の誕生日だと話していただろう?一日早くてすまないが、お兄ちゃんからのサプライズだ!」
でもお兄ちゃんに教えてくれなかったのは寂しかったぞ、と少ししょぼんとした。
「聞いてたん?てか、誕生日は聞かれんかったし、正直忘れてたのもあったし……ごめんて」
「色々あったんだうっかり忘れてしまうのも無理はない。……汚れたままでは気持ち悪いだろう。先に風呂に入ってくるといい」
「ん、そーする。腹減ってるしすぐ戻るから!」
その宣言通りバタバタと風呂へ向かったかと思えば20分ほどで戻ってきた。
「早かったな、ちゃんと温まってきたか?髪の毛も乾かさないと風邪をひくぞ」
「温まったし、ほとんど乾いてるから大丈夫だって。それより腹減った!」
「そう慌てなくても料理は逃げたりしないぞ」
そわそわとしながら席に着く悠仁を見て笑いながら温めたコーンスープを置いた。
「ね、食べていい?」
「いいぞ。本当は何か作ってやりたかったんだが、出来合いのものばかりですまない……」
「いいって。こうしてお祝いしてくれるだけでも十分!んじゃ、いただきます!脹相も食べよ」
「ああ。……いただきます」
それから今日の任務はどうだった、とか、買い物は誰と行ったのかといった他愛もない話をしながら料理に舌鼓を打った。
それなりの量があったが男二人かつ片方は食べ盛りだ。あっという間に食べ終えてしまった。
「は~旨かった!」
「それはよかった。……ちなみにまだ腹に空きはあるか?」
「ん?まあそれなりに」
「ならこれも食べられるな」
そう言って冷蔵庫からケーキを取り出した。
少し小さめのホールケーキで、プレートにはお誕生日おめでとうの文字。
「ホールケーキ……」
「誕生日といえばコレなのだろう?器の知識にあった。流石にろうそくを悠仁の年の数だけ刺すのはやめた方がいいと伏黒に止められたから、6本しかないが……」
そう言いながらケーキにろうそくを刺し火をつける。
「さあ、できた」
そう言って脹相は「ハッピーバースデートゥーユー」と歌を歌い出した。
「ハッピーバースデーディア悠仁、ハッピーバースデートゥーユー。よし!悠仁、ろうそくの灯を消していいぞ!……悠仁?」
悠仁はぼう、とホールケーキと脹相を見ていた。
「悠仁?……すまない、もしかしてケーキは嫌いだったか?もしそうなら無理に食べなくていいぞ。これはお兄ちゃんが食べるから」
誕生日と言えばと安易にホールケーキを買ってきてしまったが、そういえば悠仁がケーキを好きかどうかは確認をしていなかった。
「すまない、サプライズすることに浮かれていた。ちゃんと確認すればよかったな」
不安になってケーキを下げようとすると、はっとして慌てて悠仁が止めた。
「あ、いや!違う、ごめん!嫌いじゃない!」
「だが……」
「本当、嫌いじゃないんよ。ありがとう。……ただちょっと考え事というか、思い出してたというか」
悠仁はぽつぽつと話し始めた。
「俺、物心着いたときからじーちゃんと二人暮らしだったからさ、誕生日もこうして豪華にってのが無くて。いつものじーちゃんが作ってくれたご飯に、精々ケーキ食べるって感じでさ。
ケーキもじーちゃんは甘いのがそんなに好きじゃないからカットされてるやつで俺の分しかなくて。ホールケーキにちょっと憧れてたんだ」
ゆらゆらと炎が揺れる。
「あとさ……あと…………、俺が、誕生日祝われていいのかなって」
「悠仁……」
「俺のせいで死んだ人もたくさんいるのに……、俺が祝われる資格なんてあるのかな」
「……」
「皆は俺のせいじゃないって言うけどさ、でもやっぱり俺はそう思えない。……思うつもりもないんだけど」
「……悠仁」
脹相は悠仁の隣に移動すると花束を渡した。
突然のことに困惑しながらっも悠仁は受け取った。
「どうしたの、これ」
「俺からの誕生日プレゼントだ。……本当は悠仁の欲しい物をあげたかったんだが、思いつかなくてな」
「……あんがと」
「……悠仁、お前は自分が祝われる資格がないと思っているようだが、俺はそうは思わん」
「……」
「俺もあれは宿儺の仕業で悠仁のせいではないと思っている。だが、悠仁がそれで納得できないということも分かっているし、罪を背負って生きていく覚悟もあることを知っている。
だが、だからと言って悠仁が幸せになってはいけないなんて思わない」
悠仁の手の中にある花を指で撫でる。
「悠仁は、花言葉は知っているか?」
「や、知らん」
「……花屋の店主が教えてくれたのだが、花言葉は花に思いを託して恋人に送る風習が元になっているらしい」
「へぇ、ラブレターみたいなもん?」
「そうだな。…………俺の思いはこの花束だ」
「脹相の?どんな意味?」
「……意味は、恥ずかしいから秘密だ」
脹相は悠仁の顔に残る傷あとを撫で、眩しいものを見るように目を細めた。
「悠仁、確かにお前の周りで不幸なことはたくさん起こった。でもな、忘れないでくれ。お前がいてくれたから助かった命もあるんだ」
お前がいてくれたから、兄でいさせてくれたから。こうして自分はここにいられるのだ。
「お前がいてくれたから、俺は俺でいられるんだ」
世を呪う呪物ではなく、復讐に生きる呪いでもなく。ただ一人の兄として。
「だから悠仁、誕生日おめでとう。生まれてきてくれて、ありがとう」
「……ん」
脹相はぐずり、と鼻をすする音は聞こえないふりをして俯いた頭を優しくなでていた。、
「来年も、再来年も……また誕生日を祝わおうな」
そうしたらまたあの花屋に花束を頼もう。
いつまでも、いつまでも、この思いは花束に託してお前の未来を願いたい。