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低血圧の眠り姫



「なにごとですか?」

慌てた部下がドアを開けると、眠っていたはずの少年が部屋の隅で倒れている上司をタコ殴りにしているところだった。
「わ!ちょっと、止めろって!」
まだコレ使うんだからやめて、とハボックが急いで少年を抱き上げた。少年はじろりとハボックを見上げ、あんたら誰だと不機嫌な声を出した。

「オレの部屋に勝手に入ってきて、しかも寝てんのに変態的起こし方しやがって。衛兵はなにやってんだ?」
むくれた顔で文句を言う王子様は、見慣れない連中が自分の部屋にいるのが気にいらないらしい。
が、それに構ってはいられない。ブレダが王子エドワードの前に出て、とりあえず上司を助け起こした。
「衛兵はいねぇよ。この城にはおまえだけだ」
「は?なに言ってんだアンタ」
「寝起きが悪いとは、低血圧か?さっさと目ぇ覚ませ。大事な話があんだよ」
ブレダはロイの頬をぺちぺち叩いて起こしながら言った。ハボックもちょっと眉を寄せて頷く。廊下で待っている間に、ラストからだいたいの話を聞いていたのだ。
目覚めてみたら何百年も経っていて、家族も友人も誰一人いなくなっている。しかも自宅は廃墟だ。そんなことをこの子供に対して口に出すのは勇気が要るが、黙っているわけにもいかなかった。

「エドワードくんだったわね」

その声にエドワードが弾かれたように振り向いた。
「リザ!」
知らない大人ばかりの中にようやく知った顔を見つけて喜んだエドワードだったが、すぐにその表情が曇った。リザはいつものドレスではなく、この変態やその仲間達と同じ見たことのない服を着ている。表情や仕草の違いにも気づき、ますます不審そうにホークアイを見つめたままエドワードは後退った。

「……私は、あなたが知ってる家庭教師のリザじゃないわ。その人は死んで、今は生まれ変わってその変態の部下になってるの」
ホークアイはエドワードの前へ行き、少しかがんで視線を合わせた。
「死んだって……リザが?なんで?だって昨夜………」
戸惑って言うエドワードの瞳に涙が溜まるのを見て、ホークアイは優しく笑った。
「泣かなくていいのよ。彼女は来世でまたあなたと会うことを知っていたから、満足して死んだわ」
「やだ!なんで!だって、昨日約束したんだ!誕生日にはプレゼントをくれるって……!」
エドワードの瞳から溢れた涙が頬を伝うのを見て、ホークアイはポケットからハンカチを出して拭いてやった。それから、手に持っていた剣をエドワードに差し出した。
「………なに、これ」
「リザがあなたにプレゼントするはずだった剣よ」
「………………なんでこんな、ぼろぼろなの」
エドワードは剣を受け取り、鞘から抜いた。鞘はそのまま、朽ちて床に崩れた。
「……それはね。この剣ができてから、何百年も経っているからなの」


全員が息を詰めてエドワードを見つめていた。やっと気がついたロイも、立ち上がってエドワードを見る。
エドワードは呆然と剣を見ていた。

それから唐突に走り出したエドワードは、ドアを乱暴に開けて廊下に出た。暗く瓦礫だらけの廊下に一瞬怯んで、それから駆け出した。ろくに見えない暗がりでつまづきながら走るエドワードを慌ててロイが追う。そのあとを他の連中が追った。

最後に部屋を出たハボックがふと振り向くと、今までいた王子の部屋は城内の他の部屋と同様に朽ち果てていた。







エドワードは王の部屋に走り込んだ。
誰もいない。家具もカーテンも、もはや原型を留めてない。がらんとした部屋に、走ってきたエドワードの荒い息が響いた。

「エドワード」
ロイが追いついてきて、肩に手をかける。が、どう言えばいいのかわからずに黙った。
エドワードはロイをゆっくり振り返り、震える唇をどうにか動かした。

「………みんな、いないの?………なんで……」

ロイは衝動的に、小柄な体を抱き締めた。エドワードは軍服にしがみつき、ロイの胸に顔を押し当てて泣いている。
本物の孤独なんて経験したことがないから、なにを言っても慰めにすらならないだろう。それでも。

「一人じゃないよ、エドワード」

ロイはエドワードの耳に囁いた。

「私がいるよ。ずっと一緒に。だから、一人じゃない」

エドワードは答える代わりに、軍服を握る手に力をこめた。背を撫でる手が優しくて、また涙が零れた。





「大佐!エドワードくん!」

ホークアイの叫ぶような声に二人が顔をあげると、部屋の入り口から部下達が焦った顔で手招きをしていた。

「この城、もう保たないんだそうっスよ!早く出なきゃ!」
「だって、眠る王子様を守るための魔法だったのよ。目覚めたら効力がなくなるわ」
ハボックの言葉に応えるようにラストの声が周囲に響いたが、姿は見えない。
「あたしもとっくにこの世にいないの。王子様のためにどうにか魂だけで頑張ってたんだけど、もう力は残ってないわ。早く城から出て!」

どういう意味かと問うまでもない。つまり城を支えることができなくなったということだ。
全員が必死に走った。長い階段を駈け降りて広間を抜け、崩れたドアを飛び越えて外へ出る。それから鉄の扉を踏み越えて、また木々が生い茂るジャングルに入った。

ロイに抱えられるようにして走るエドワードは、広間を出るときに思わず振り向いた。
優しかった王と妃が、瓦礫の山になった玉座の上で微笑んでいるのを見た気がした。






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