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低血圧の眠り姫




ラストはロイを見てにっこりと笑い、上品に頭を下げた。
「初めまして。私は魔法使いのラストと申します。あなたが王子様ね?」
「お、王子……?」
狼狽えるロイを無視して、ホークアイが前へ出た。
「この部屋はいったい…」
どうなっているのか、と聞こうとしたホークアイに、ラストは親しげな微笑みを向けた。
「久しぶりね、リザ。どうやら王子様を連れてきてくれたようね」
「……………は?」
「あなたは忘れていると思うけど、ここはあなたの主人が眠る部屋よ。王子様が来るまで、私が魔法で守ってたの」

ラストが振り向いてベッドを見て、そこを覆うカバーをちょっとだけ捲った。

そこには、金色の髪の美しい少年が眠っていた。

「主人……その子が?」
ホークアイは驚いて見つめた。だが、なんとなく覚えがある。手にした剣に見覚えがあるように。それ以上に、その少年を見ているとひどく悲しくなった。泣きたくなるほど悲しくて淋しい。その感情にも覚えがあるような気がする。

「この子は魔女の呪いで、もう何百年も眠っているの。目覚めさせることができるのは王子様のキスだけよ」
ラストはロイを見た。言葉も出ないロイは自分を指差し、頷くラストを見て今度は部下達を見回した。
部下達は黙っている。というかなにも言えない。ラストの話は理解不能で、全員金縛りにあったように動けないままだった。思考はとうに途切れている。口をぽかんと開けて、ただ言葉を発する者の顔を見つめるだけだ。
「……いや、私は王子とかそんなんじゃないし…」
往生際悪く呟くロイを、ラストは苛立ったように睨んだ。
「しのごの言ってないで、さっさとしてよね!私もいつまでも魔力保たないんだから」
「しかし……」
ロイは戸惑いながらベッドを見た。あどけない顔で眠るホークアイの主人とやらは、正直今まで見たことがないくらい可愛かった。
が、どう見ても子供だ。そして自分は30手前。いいのか。よくないだろ。でも可愛い。しかし。

「じれったいわね!」
ラストがカバーをがばっと取った。パジャマで眠る少年の全身が顕になる。
それを見てロイはまた驚いた。

「……男か……?」

「そうよ。エドワード王子、眠ったときは16歳だったわ。ちょっと、リザ!こいつなんとかしてよ!王子が目覚めなきゃ、あんたもなにがなんだかわかんないでしょ?」

言われてホークアイは頷いた。この子が目覚めて自分を見たら、きっとわかる。この覚えのある感情の理由が。

「大佐、さぁ早く。やっちゃってください」
「ち、中尉!?しかしだな、私にはそういう趣味は……」
「うるさいわね。減るもんじゃなし、さっさとしなさいよ」
「そうですよ。キスなんか今までに何千回もしたことあるでしょうに、なにを今さら躊躇うことがありますか」
「…だが、えーとあのぅ……」
ラストとホークアイから急かされて、ロイは助けを求めてまた部下達を見回した。部下達は話が理解不能なところから手の届くところまで降りてきたので、今はニヤニヤと上司を眺めている。
「大佐、オレらなら気にしないでください」
「そうそう。廊下にでも出てますから。ほら、行こうぜみんな」
困り果てた上司を見ながら、ブレダが他を促してドアから出て行った。ホークアイもそれについて出て行き、ドアを閉める間際にロイを睨んだ。
「ちゃっちゃと済ませてくださいね」
そして、ぱたんとドアが閉じた。
「気がきく部下じゃないの。じゃ、あたしもいったん消えるわ。早くしてね、城が保たないから」
「保たないって、どう…………!」
ロイが聞き返そうと顔を向けたときには、ラストの姿は消えていた。

「くそ、どうしろというんだ。私は男とキスなんかする趣味はないぞ」
ロイはぶつぶつ言いながらベッドに近寄った。

近くで見ると、やはり可愛い。睫毛も長くて金色だ。体は小さくて華奢だし、これで男だなんて嘘だ。
うん、そう思うことにしよう。

ロイはそっと顔を近づけて、唇に触れるだけのキスをした。

…………悪くないかも。

ドアを見たが、まだ開く気配はない。
ラストもまだ現れない。

なら、もう一回。

今度は少し長くキスをした。なんだか甘い。それにすごく柔らかい。

では、もうちょっと。

角度を変えてまた触れて、今度は舌を入れてみた。

頭が痺れるような感覚。触れた唇から溶けていきそうな。
そんなことは初めてで、ロイはつい夢中になった。



「むご」

くぐもった声が聞こえて、ロイは慌てて少年から離れてドアを見た。
開いてない。

不思議に思いながら少年に目を戻すと、さっきまで閉じていた瞳が半分開いていた。

金色。瞳までが。

ロイは思わず見惚れたが、その隙を少年は見逃さなかった。

「なにすんだ、変態!」

少年の怒声とロイが壁に吹っ飛ぶ音は、暗い廊下で待つ部下達にも聞こえた。



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