低血圧の眠り姫
大きな扉は鉄でできていた。錆びて歪み、崩れ落ちそうになりながらも入り口を守っている。
ハボックがぐいと押すと、扉は鈍い音をたてて傾いて、やがて派手な音を振りまきながら倒れた。その奥は庭園。
草も木も好きなように伸び、池は干上がって石畳はひび割れている。彫刻があちこちに崩れて散っていた。が、それでもそこが昔はとても美しい庭だったことがわかる。
ホークアイはさっさと庭を横切り、朽ちて崩れたドアをまたいで城の中へと消えた。
「待ってください、中尉!危ないですから!」
慌ててハボックがあとを追って走り、そのあとを残りが追った。中へ入ると広間があって、朽ち果てたテーブルの残骸があちこちに山を作っていた。そこを抜けて奥へ続く廊下に出ると、広い階段が上へと続いている。ハボックはきょろきょろとあたりを見回し、後ろから来たロイに困った顔を向けた。
「見失いましたー……」
「まったく。だからおまえはいつもふられっぱなしなんだ」
「カンケーないスよ」
文句を言うハボックを無視して、ロイは階段の上を見た。薄暗いその先はよく見えない。伝承通りならすでに何百年も経っているはずの建物だが、登っていって大丈夫なのか。
「大佐!」
階段の下から奥へ伸びる廊下からホークアイの声がした。
「中尉!ご無事でしたか」
ハボックが言うと、ホークアイは頷いた。
「下は今ひととおり見ましたが、どこも崩れていてなにも残っていません」
「中尉、それは……?」
ロイがホークアイの手にあるものを見つめて聞いた。ホークアイは古びてぼろぼろになった鞘におさまった剣を持っていた。柄に細かな細工がしてある。
「奥の部屋にありました。なにかの儀式にでも使ったんでしょうか」
ホークアイは手にした剣を見つめた。どこかで見たことがあるような気がする。
「他にはなにも残っていなかったので持ってきてみたんですが」
「そうか。持っていてくれ。あとで調べよう」
ロイは階段の上を見上げた。
「上がるぞ。誰か懐中電灯を」
「はい」
用意のいいフュリーがポケットから小さな懐中電灯を出した。それをハボックが受け取って、照らしながら階段に足をかける。
ゆっくりと、全員が上へと上って行った。
長い階段を上がりきり、全員が知らず詰めていた息をついた。窓が少なく小さいためにほとんど光が入らない廊下は暗い。過去には廊下を飾っていただろうなにかの破片があちこちに散らばっていて、足元はかなり危険だった。
庭の池に噴水が降り注ぎ、刈られた芝の上で王さまやお妃さまが優雅にお茶を飲んでいた時代。その頃はきっと栄華を極めていたと思われる城内は、今は暗くて朽ち果てている。幽霊屋敷のほうがまだいい、とブレダは蜘蛛の巣をはらいながら文句を呟いた。
奥へ伸びる廊下の両側にときどき現れる部屋は、どれも木製のドアが崩れていて中の家具も朽ちていた。大きな部屋は王の居室だったのだろうか。細長い窓から差し込む光に、崩れかけたベッドを覆う布切れに施された刺繍のあとが見えた。
「大佐、ドアが」
突き当たりを照らしたハボックが息を飲んで囁いた。
他はみな朽ちたというのに、そこだけしっかりとした木の扉はドアノブも健在で、回せばかちゃりと音がする。
ぎい、と軋みながら開くドアから、ロイはそっと中を覗いた。そこは誰かの個人の部屋だったらしい。机と書棚、奥にベッド。どう見てもまったく普通に見えるのはなぜだろう、とロイは訝しんだ。城の他の部屋も物も、すべて過ぎた年月に風化し崩れているのに。
その部屋だけは、時の流れから取り残されている。壁紙もカーテンも、ベッドのリネンまでが色褪せることなくそこに当たり前のように存在していた。
ぞろぞろと室内に入って、なんとなくみんなほっとした顔を見合わせた。それまで沼地や廃墟を歩き回ったせいで、人が住んでいるかのようなこの部屋に家に帰ったような錯覚に陥る。ハボックは早速小さなソファに座り、灰皿ないスかね、ときょろきょろし始めた。
そのとき、部屋の奥の暖炉のあたりからいきなり声が響いてきた。
「いらっしゃい、待ってたわ」
全員ぎょっとして武器を持ち直し、声がしたほうを見た。
誰もいない、と思ったのは一瞬で、すぐに暖炉の前にぼんやりと黒い人影が滲むように姿を現した。
「ぎゃー!出たー!」
フュリーが慌ててロイの後ろに隠れた。
「ちょっと!せっかく美女が出てきたってのに、なによそのリアクションは!」
不機嫌な顔で睨んでくるのは、黒いドレスに身を包んだ魔法使いラストだった。
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