低血圧の眠り姫




「遺蹟には昔研究されていたという魔法に関するなにかが残されているのではないかというのが上層部の考えです」
冷静な声でホークアイが言った。この中ではただ一人の女性だが、この状況でもいつもの無表情を保っている。ストレスも男より多いはずなのに文句ひとつ言わない彼女を見て、全員が黙るほかなかった。
「……魔法だなどと、またずいぶんと夢物語だな。お伽噺じゃないのか」
ロイが憮然とした顔で言ったが、ホークアイは首を振る。
「魔法というものが存在したのは確かなようです。が、それがどういうものかはわかりません。今で言う科学のようなものなのか、それとも」
ホークアイがちらりと視線だけをロイに向けた。
「大佐達が使う錬金術なのか。そこらへんを調査しろ、というのが大総統のご意見かと」
「なるほどな」
ロイは森の奥を見た。
「古代の錬金術なら興味はある。利用できれば武器にもなるかもしれん」
頷いて立ち上がるロイに、フュリーがそういえばと声をあげた。
「城にははるか昔から眠り続けるお姫さまがいるとか。そういう言い伝えを聞いたことがありますよ」
自分はこの近くの町の出身なんで、と言う部下に、ロイはにやりと笑ってみせた。
「眠る美女か。それが魔法だか錬金術だかのことなのかもしれんな。どっちでもいいが、姫が待っていると言うなら迎えに行かねばならんだろう」
女性を待たせるのは失礼だからな。そう笑う上司に部下達は苦笑いして、手にしている道具を持ち直した。
いつもの上司のいつもの冗談。それがなんだか気分を高揚させる。
疲れが少し飛んだ気がして、また目の前に生い茂る草や木を凪ぎ払いながら小さな部隊はさらに奥へと進んで行った。

ホークアイは一番最後を歩きながら森の奥を見つめた。迎えに行かねば、という上司の言葉にどきりとしたのはなぜなんだろう。そんなことを考えていると、木々の向こうにふと陽炎のように大きな城が揺らめいて見えた気がした。

「大佐、右方向になにかあります」
ホークアイの言葉にロイは振り向いた。訝しげな顔は一瞬で、すぐにまた前を向いて先頭を歩くハボックとブレダに右だと声をかける。
「鷹の目がなにかを見つけたらしいぞ」
二人の少尉はそれを聞いて黙って方向を変えた。大佐はアテにならないが、中尉は違う。なにかがあるなら、早くたどり着きたかった。






やがて一行は、茨でできた壁に突き当たった。はるか木々を越えて空へ向かって絡み合っているトゲだらけの雑草はどう見ても不自然だ。
「なにかあるんでしょうね、この中に」
ブレダが期待をこめて言った。だが、いくら力をこめて振り回しても斧は茨を撫でるばかりでまったく歯が立たない。
「仕方ないな、そこをどけ」
ロイが前に進み出て、白に赤で紋章を書いた手袋をはめた。
「ちょ、火事になったらどうすんですか。オレ達逃げ場ないスよ」
慌てたハボックが抗議をすると、ロイは地面に木の枝でなにかを描き始めた。
「空気から水を錬成して消せばいいだろう。ではみんな、下がってろ」
上司の命令に全員が数歩下がる。同時にロイが手袋をした指先を強くこすり合わせた。
軽い音がして火花が散る。たちまち茨は炎に包まれた。

火柱が天を焦がすのを呆然と眺めていたホークアイは、燃えて落ちる茨の隙間から石垣を見つけた。
「大佐!奥に石垣が!」
指差して叫ぶホークアイに、ロイが先ほど描いた錬成陣に手を触れる。すぐにシャワーのような水が降り注ぎ、炎は小さくなってやがて消えた。
煙もおさまった視界に、黒く煤けた石垣がぼんやり現れた。
「これが城か?どこかに入り口はないか」
ロイの言葉に部下が散り、焦げた茨を切り払う音が響く。やがて離れたところからファルマンの興奮した声が響いた。

「ありました!扉です!」

ロイとホークアイが同時にそっちへ走り出した。


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