低血圧の眠り姫





エドワードと名付けられた王子はすくすくと成長していきました。途中で背は止まりましたが、魔女達の祝福の魔法のとおり、美しく優しく賢い少年になりました。





「エドワード様、次は歴史のお時間ですって言ったでしょう」

ようやく王子を見つけた家庭教師兼お目付け役のリザは、木の上に向かって静かに言った。
「……だって毎日勉強ばっかり、嫌だ」
木の上からは拗ねたような声が降ってくる。リザはため息をついた。
「仕方ないでしょう。あなたは王子なんですから」
「どーだっていいもん、そんなの」
エドワードは太い枝に寝そべって空を見上げながら呟いた。
「オレも魔法を習いたいなー。そしたら空も飛べるんだろ?」
「………魔法は素質が必要ですから」
リザは言葉を切ってにっこり笑った。
「素質があるかどうか見て、それから王さまに習っていいかどうか聞いてみてあげましょう」
「ほんと?」
エドワードは慌てて起き上がり、身軽に地上に飛び降りた。
「絶対だよ!約束だよ!」
「あなたが歴史を真面目にお勉強してくれればですよ」
わかった、と笑うエドワードに、リザも笑った。
眩しい金髪と、強く輝く金色の瞳。本当にこの子は太陽のようだ。
リザはエドワードの手を引き、お勉強の前にお茶にしましょうかと歩き出し、隣を歩く少年に気づかれないようそっと目を伏せた。

エドワードの16歳の誕生日は翌日に迫っていた。



夕食の席で、明日はパーティをしよう、と国王が明るく言い、なんでも買ってあげるわよと妃が言った。エドワードは瞳を輝かせてそばに控えるリザを振り向き、リザからもなにかプレゼントがあるのかと弾む声で聞いた。リザは笑って頷いて、
「そのミルクを残さず飲んだらですけどね」
言われて途端に渋い顔をするエドワードに笑って、冗談ですよと返す。

皆が16年前の呪いを知っていた。そして、嘘になればいいと願っていた。
王さまはパーティの指示を大臣に言いつけ、妃は新調させたエドワードの服を見に行き、リザは自分にあてがわれた部屋でクローゼットに隠したプレゼントの箱を眺めた。
明日が終わっても、変わらずエドワードの笑顔が城にありますように。
誰もがそれを願っていた。


だが、翌朝。

エドワードが目覚めることはなかった。








国は悲しみに満ち、王さまもお妃さまも嘆き苦しみました。
それでも、ベッドですやすや眠る王子さまは目を覚ましませんでした。


それから何年も、何十年もたちました。王子さまは眠ったときのまま、16歳になったばかりの姿のままで眠り続けました。
王さまもお妃さまも悲しみのうちに亡くなりました。
リザにもやがて寿命が来ました。リザは魔女ラストのもとへと出向き、こう言いました。
「いつか王子さまが目覚めたときには、どんな形でもいいからまたおそばについて世話をしたい」
ラストは頷きました。あの日早とちりで呪いをかけたことをずっと後悔していたラストは、リザに魔法の杖を振りました。
いつか、あの金色の瞳がまたこの世を照らすとき。
あなたがそばにいて、それを支えることができますよう。
リザは満足して帰り、それからすぐにこの世を去りました。


やがてたくさんの国々で戦争が起き、たくさんの国が滅びたり生まれたりしました。
何百年も経つうち、王子さまの国もいつか世界から消え去りました。同時に魔法も歴史に埋もれ、魔女達もいなくなりました。
そこにまた新しい国が生まれ、新しい統治者が誕生しました。
それでも、忘れ去られた城の奥の小さな部屋で、王子さまは一人で眠り続けました。








がさがさと茂みをわけ、武装した男が数人現れた。
それぞれが手に鎌や斧を持ち、うんざりした顔で前方を眺めている。彼らの前には深い森が広がるばかりで、生い茂った木々の間からは日の光もろくに届かなかった。足元はぬかるんで、なんだか得体の知れない虫とかがいそうだ。帰りたいなぁ、と一人がため息をついた。

「ほんとにこの奥に遺跡なんかあんのかよ」
タバコをくわえたハボックが言うと、後ろからファルマンがなにかを読むように答えた。
「書物に残る伝承では、この奥にははるか昔ここで栄えた王国の城があったとか」
「伝承、だろ?」
「文句を言うな、ハボック!」
嫌そうに頭をがしがし掻くタバコ好きな部下に司令官の不機嫌な声が飛んだ。
「一番帰りたいのは私だぞ」
「ですがねぇ、大佐」
なおもハボックは文句を続ける。すでに森に入って一週間が過ぎているのだ。劣悪な環境で風呂にも入れず蚊に刺され放題で、ストレスも疲労も限界がきていた。
「だいたいなんなんスか、この任務。遺蹟の調査なんてオレらの仕事じゃないでしょう」
「知るか。上に聞け、そんなこと」
司令官であるロイは、疲れた顔で手近な石に座りこんだ。湿っているし苔も生えているが、いまさらだ。軍服はとっくに湿って泥だらけになっている。



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