白雪姫は林檎アレルギー






森の木々の間から朝日がきらめいて照らす中、ガラスの棺がその光を反射して輝いていた。
中にはエドワードが安置され、きれいな花がそのまわりを飾っている。
仕事を終えたアルフォンス達は、棺のまわりに集まって思い思いに故人に別れを告げていた。

小さな泣き声とさよならを呟く声が深い森に静かにこだまする。小鳥達さえ遠慮して、黙ってその光景を見つめていた。



そのとき、がさがさと茂みを分けて誰かがこちらに来る足音がした。一人ではなく、数人いるようだ。アルフォンス達は葬儀を中止してそっちに顔を向けた。

やがて話し声が聞こえ始め、すぐそばの茂みからがさっと男が出てきた。

「…………………」
「…………………」

男はまわりを見て棺を見て、それからアルフォンス達と見つめ合った。すぐに後ろを振り向き、
「王子、ここは通行止めです」
「なぜだ」
後ろのほうから答える声がして、すぐに別の男が顔を出した。

「……葬式やってます」

「………そのようだな」

あとから来た男は後ろを振り返り、ちょっとそこで待っていろと怒鳴ってから茂みを抜け出して棺に歩み寄った。
最初の男が慌ててあとを追って出てきた。どうやら王子と呼ばれた男の付き人か家来らしい。
「王子、道草は止めてさっさと帰りましょうよ」
王子はそれを無視して、尊大な態度で珍しそうにアルフォンス達を見回した。

「私は隣国の王子、ロイ・マスタングだ。こんなところで葬式とは珍しいが、おまえ達は何者だ?」
アルフォンス達は戸惑って顔を見合わせ、1号が前へ進み出てロイに向き合った。
「はじめまして王子様、ボク達はこの森に住む妖精です」
「……妖精……?」
胡散臭げなロイの目つきに平然と笑い、1号は棺をちらりと見た。
「ボク達と一緒にいた白雪姫が死んでしまったので、今別れを惜しんでいたところです。ごらんの通り取り込み中ですので、もし道に迷われた等のご用がおありでしたらのちほどまたおいでくださいますようお願い申し上げます」
なにかの営業のように口上を述べる1号から、ロイは棺の中へと視線を移した。
そこに花に囲まれて眠っているのは、今までロイが見たどんな女性より美しい人物。

ロイは息をするのも忘れて、眠るエドワードを見つめた。輝く金髪も真っ白な頬も、なにもかもが美しい。

やばい。死体にひとめ惚れだ。

ロイは棺に近寄り、エドワードを覗きこんだ。
死んでいるとは思えない。
そう思って手を伸ばすと、触れたエドワードの手は冷えてはいるが温かさが残っている。よくよく見れば、胸がわずかに上下していた。
その胸が平らなことに気づいて男かと落胆したロイは、がっかりしながら顔をあげた。
「おまえ達、こいつはまだ生きているぞ」
「えっ!ほんとですか?」
動揺するアルフォンス達を無視して、ロイはまたエドワードを見つめた。
やっぱり美しい。目を開けたらきっと可愛い。

どうしようか。なんだか、だんだん男でもいいって気になってきた。

ロイは迷いに迷って、やがて決心して棺に身を乗り出して。

エドワードの桜色をした唇に、触れるだけのキスをした。

その感触に、エドワードは一気に覚醒した。

くわっと目を見開き、すぐ間近で自分を見つめる知らない男をじろっと睨み、無言のまま両手の拳を固める。

ロイは動かない。いきなり開いたエドワードの瞳の金色に衝撃を受けて、体が金縛りになったようだった。
きれいだとか美しいだとか、そんな次元ではない。
なんだこの生きものは。あっちにわらわらいる同じ顔をした連中よりよほど妖精らしいじゃないか。
男でも構わないんじゃないかとか、そんなふうに思っていた中途半端な気持ちは吹き飛んでいた。

「なにしやがる、ど変態!」

エドワードの怒声とともに顎にダブルパンチをくらい、ロイはさっき出てきた茂みの奥へと空を飛んだ。
「ああっ、王子!」
慌てて家来がそちらへ走るが、ロイは自力で茂みから飛び出してきて棺のそばへ戻った。
棺のまわりではアルフォンス達がエドワードを囲んで生き返った!とかはしゃいで笑っている。エドワードは起き上がって小人達を睨みつけた。
「あんなぁ、オレは寝るって言っただろ!だから葬式はするなと言ったはずだぞ!なんだこのカンオケは!」
「あ、それ特注です」
2号が笑顔で言った。
「白雪姫のために、森の魔女に頼んで作ってもらいました。そのうち必要になったらまた使ってください」
「そう簡単に必要になってたまるかよ!」
怒鳴って立ち上がったエドワードを、そばにいたロイが手を差し出して棺から出した。怪訝な顔になるエドワードの前に跪いたロイは、痛みでうまく動かない顎のわりには冗舌に自己紹介を始めた。
「私は隣国の王子、ロイと申します。白雪姫、あなたをぜひとも私の妻に迎えたい」
「熱でもあんの?アンタ」
「とりあえずそのへんの人目につかないあたりで、ゆっくりとお話ができればと思いますがどうでしょう」
伺いをたてながらもロイはさっさとエドワードの手を引いて他の者達から離れようとする。なんて強引なんだとエドワードが焦ってまわりを見回すが、アルフォンス達は結婚だー白雪姫おめでとうーと浮かれ騒いでいるしロイの家来達は大木の下に座りこんで一服しながらおしゃべりをしている。
誰も助けてくれそうになかった。




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