白雪姫は林檎アレルギー
「………なにをりんごにお入れになりましたか」
珍しく少し焦ったような声でホークアイが聞いた。鏡の中では、床に倒れたエドワードをアルフォンス達が慌ててベッドへ運んでいる。
「プロテイン。あと栄養ドリンクをいくつか混ぜて注入した。それと筋肉増強の魔法」
有名な魔術師アームストロングの作った魔法だから完璧だよとイズミが言う。
「王子がお倒れになったというのに、ずいぶん落ち着いてらっしゃいますのね」
ホークアイはエドワードを案じているらしい。珍しいことだとイズミはちょっと笑った。
「大丈夫だよ、私の息子だからね。死ぬことはない。が、アレルギーがあるなんて知らなかったねぇ」
今度はもっとよく調べてからにしなくちゃ、とイズミは頷きながら部屋を出ようと鏡に背を向けた。
「では、小人族が大きくなったのは……」
ホークアイが重ねて聞いた。鏡には一人前の大人のサイズになったアルフォンス達がエドワードのまわりで泣いていた。
「妖精はよくわからんね。魔法が違う方向に効いたんじゃないかと思うが」
イズミは振り向いて、死んでもいないのに枕元に花を飾られて唸っている息子を見た。ったく、なんで男のくせにあんなに花が似合うんだろう。
「それにしても、人が食って背が伸びたからって自分もと思うあたり、単純な息子だねぇ」
「……まぁ、素直と言えば言えなくもないですわね」
呆れたイズミの声にホークアイが同意する。鏡の中のエドワードは、まだ死んでないから葬式はいらないと必死に文句を言っていた。
ほんの僅か気絶して、目が覚めてみたらベッドに寝かされて周囲が花だらけになっている。胸で手を組まされているのに気づいて慌てて離した。なんなんだこいつら。オレはまだ死んでねぇぞ。
エドワードは涙に濡れたアルフォンス7号を手招きし、寄ってきたその頭をグーで殴った。
「いた!なにするんですか!」
「そりゃこっちのセリフだ!なんだこりゃ、葬式の準備かよ!」
まだ痛む胃を押さえて文句を言うと、1号が涙を拭きながらまた花を持って来た。
「だって、人間は脆いから。なんでもないことですぐ死んじゃうじゃないですか」
「花は止めろっつの!いくらなんでもりんご食ったくらいで死ぬわけねぇだろ!」
「だって、ねぇ」
1号は隣の3号を見た。
「こないだ見た人間は、崖からちょっと100メートル落ちたくらいで死んじゃったもんね」
「そうそう。その前のは熊にシバかれたくらいで死んじゃったし」
「普通死ぬよそれ!崖や熊とりんごを一緒にすんなよ!」
ツッコミを入れるのもひと苦労だ。エドワードは枕に頭をぼすんと埋めて息をついた。うーん、胃が焼けるみたいに痛い。あ、視界が霞んできた。
「ちょっと、いーかおまえら」
エドワードは苦しげな声でまわりのアルフォンス達に言った。
「オレは寝る。いいか、眠るだけだからな。頼むから火葬はするなよ。埋めるのもナシだ。目ぇ覚めてあの世にいたら、あとから絶対仕返ししに来るからな」
ようやくそれだけ言って、エドワードは目を閉じた。たちまち意識が混濁し、吸い込まれるように眠りにつく。それを見守るアルフォンス達は、不安そうに顔を見合わせた。
小人族は人間とは違う。妖精だから寿命も長いし、人間ほど脆い体もしていない。
なので、エドワードの様子はよくわからないのだ。人間はすぐに死んでしまうという先入観があるため、いくら死んでないと言われても不安になる。
青白い顔で眉を寄せて、ぴくりともせずに静かに眠るエドワードは、アルフォンス達にとっては今まで見てきた人間達の死体とあまり変わらないように見えた。
「………どうする?1号」
「うーん。どうしよう」
「だって死んでるみたいに見えるよ」
「死んだならちゃんとお葬式をしてあげなくちゃ!」
「でも、火葬も土葬も嫌って言ってたねぇ」
「だったら、きれいな棺を作ってあげようよ。お花たくさん入れてさ」
「そうだね。遺言は尊重してあげないとね」
いつの間にかエドワードの警告は遺言にされて、小人達はわいわいと相談を始めた。森の妖精は森に住む番人だ。迷い込んで命を落とした不幸な人間達を今までたくさん見つけて、葬式をして埋葬してやってきた。これは小人族達の仕事だった。はるか昔から、そうやって森を守りきれいにしてきたのだ。
迷い込んで一緒に暮らすようになったエドワードはアルフォンス達にとって家族のようになっていた。なら、今までの人間達とは違った待遇で葬式をしてあげよう。
仕事の責任と義務に燃え、アルフォンス達は夜通し会議を続けた。
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