M気質のシンデレラ
いつもと変わらない日々が戻ってきて、オレは毎日忙しく働いていた。継母も姉達も舞踏会のことはあまり話題にしない。あそこに集まった貴族の娘達を見て、身の程ってのを知ったのかもしれない。同じ貴族でも、身分が高くて金持ちの家の娘はやっぱりそれなりにきれいに着飾っていたし、なにより器量が違っていた。時々ため息をつく姉達にちょっぴり同情しながら、オレは取り込んだ洗濯物にアイロンをかけたりしていた。
「ねぇ、そういえばあの舞踏会の夜ねぇ」
上の姉がいきなりオレのほうを見て言った。
「あんたと同じ色の瞳の子が来てたのよ」
オレは顔色をまったく変えずに、あーそうなの?と答えた。その話題が出たときのことは頭の中でシュミレーション済みだ。
「きれいなドレスだったわー。髪飾りもとても素敵でね」
どうやら姉達は服や髪しかちゃんと見てなかったらしい。ほっとして服をたたみ、アイロンを置いた。次は夕食の支度だ。じゃがいもを剥かなくちゃ。
「その子、王子様に特に気に入られたらしいのよ。途中でなんだか慌てて帰っちゃったから、王子様ったらがっかりしててね」
「そうなんだ。なんか用事があったんじゃねぇの?」
「そうかもしれないけどね。でもなにも言わずに帰るなんてあんまりじゃない?王子様はその子を探すために、国中にお触れを出してるのよ。金色の瞳の子を見たら、男でもいいからお城に知らせるようにって」
がたん。
オレはアイロンを足の上に落とした。
「なにやってんのよ、バカじゃないの?」
声も出せずに悶絶するオレに、姉は呆れた声を出した。
「とにかくね、知らせた人には褒美が出るのよ。あんた、誰か金瞳の女の子知らない?親戚とか」
その色は珍しいから、そうはいないでしょうと姉が続けて言っていたが、オレの耳にはろくに届いていなかった。
探してる?しかも報酬までつけて?
まるでお尋ね者だ。オレはそんなに大層な犯罪を犯してしまったんだろうか。
かぼちゃはオレじゃない。そこははっきり弁明しないと。
痛む足にふらつきながら、オレは台所へと歩いた。が、途中で足を止めた。
金瞳なんて自分以外は知らない。世界中探せば他にもいるだろうが、このあたりではオレだけだと思う。
で、王子の出したお触れでは男でもいいから知らせろということで。
だったら、もしかしたらすでに誰かオレのことを知らせてしまったかもしれない。
呪われた瞳をほじくり出したくなったが、そんなことは後回しだ。クローゼットに隠してあるガラスの靴はオレがあのとき城にいた証拠になる。だって片方はあそこに置いて来たんだから。
慌てて靴を引っ張りだして勝手口から外に出た。夕暮れを過ぎたからか、人影はなかった。
とりあえずコレをどうにかしなくては。捨てるのは危険だ。埋めて隠すか。
だが、土を掘るために手近な木の下にオレが蹲ったとき。
後ろから、聞き覚えのある声が降ってきた。
「やぁシンデレラ。その靴をどうするつもりなのかな?」
恐る恐る振り向くと、そこにはあの変態がお供を連れて立っていた。
「なにしに来たんだよ」
「きみを迎えにだよ」
「なんで?」
「言ったじゃないか。花嫁になってくれって」
捕まえに来たんじゃないのか。少しほっとして、オレは靴を握り締めたまま、にこにこ笑う王子のすかしたツラを睨みつけた。
「そんなん知らねぇな。オレは男だから嫁になんか行けねぇもん」
「おや、忘れたのかい」
王子はにやりと笑って、オレに素早く近づいた。
「私は忘れないよ。きみはほんとに素晴らしかった。可愛くてきれいで、それに素敵な声で鳴くし」
耳を塞ぎたい。でも、そのために上げたオレの手は簡単に王子に掴まれてしまった。
「きみじゃなきゃダメなんだ。来てくれるね、シンデレラ」
オレはどう言おうかと視線を彷徨わせた。男だから嫁にはなれないなんて、今から王様になるコイツには言っても意味がない。男でも嫁になれるように決まりを変えることができるんだから。
けど。
オレは新しい服なんて買ってもらってないから、破れたところや擦り切れたところを自分で繕った服を着ている。今握られてる手だって、家事ですっかり荒れてるんだ。そんなんでお城になんて行けるわけがない。
「あのな、王子様。あんたとオレとは身分が違うんだ。あんたはもっといいところのお嬢様か他の国のお姫様を嫁にもらって、この国を継がなきゃいけねぇの。気紛れもいい加減にして、脳ミソ冷やしてしっかり考えてくれよ」
オレは間違ってないだろ?これでも真剣に、バカにもわかるように答えたつもりだったんだ。
なのに王子はそれを聞いて、頷くどころかにっこり笑って傍にいたお供を振り向いた。
「ほら。素晴らしい子だろ?妃にするに相応しいとは思わないか」
お供の美人なお姉さんは、オレを見てから王子に向かって頷いた。
「そうですね。王子にしては信じられないくらい良い子を見つけたと思います」
王子にしてはって何。
言われた王子は満足そうに何度も頷いて、無表情のお姉さんに馬車をまわせとか言っている。けなされたことに気づかないのか慣れているのか。
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