M気質のシンデレラ
オレが皿を空にした頃、固まっていた王子は動きだした。さすが王子だ。ウィンリィより回復が早い。オレがおかわりを取りに行こうと足を踏み出す前に、さっと前に回り込んでオレの前に跪いた。
「これは失礼、シンデレラ。ついあなたの美しさに見とれてしまいました」
口はうまいなコイツ。タラシなのかな。でも生憎男にはそんな言葉は効かない。オレは跪く王子のそばを通過しながらついでみたいに会釈をした。
「みんな王子様がお声をかけてくださるのを待ってますわ。私などより、みんなのところに行ってあげてくださいまし」
毎日女しかいないところで会話を聞いてるんだから、これくらいの言葉はきちんと言える。
言外に「あっち行け」と含ませた台詞に、また王子の顔が引きつった。コイツは女に相手にされないっていう経験がないらしい。さっと立ち上がって、料理へ突進しようとするオレの腕を掴んだ。
「私はあなたとしか踊りたくない」
「私、ダンスは苦手なんです。恥をかかせないでくださいな」
やんわりと腕を引き遠慮がちな小さな声で言ったが、王子はなんだか真剣だ。
「では、ベランダにでも出て少しお話でも」
しつこい。
「申し訳ありませんが………」
笑顔を向けて断りながらふとまわりを見ると、周囲の目がオレに集中していることに気づいて口籠もった。羨望と敵意の視線に晒されて、どうすればいいのかわからなくなる。
王子はそれを素早く察知してにっこり笑い、オレの手を握って歩き出した。
「そうですね、ベランダなどでは落ち着きませんね。ではこちらでゆっくりお話しましょうか」
オレの抗議もまったく聞かずにずんずん奥へ行く王子の笑顔は相変わらず引きつったままだ。すぐに会場を出てしまい、燭台が並んだ廊下を通って絨毯が敷かれた階段をあがり、オレはやたらに立派な部屋に連れ込まれた。
「ここなら邪魔が入らないし、余計な気を使わなくていい」
王子はようやくオレの手を離した。
「きみは私と結婚したいからここへ来たんじゃないのか?なぜ私の誘いを断るんだ」
さっきまでの笑顔を引っ込めて、王子は不機嫌そうに言った。やっぱ王子だ。思いどおりにいかないことが気に入らないらしい。
「結婚なんかする気ないよ。オレ男だもん」
オレはご馳走を盛るはずだった皿を持ったまま肩を竦めて言った。王子の黒い瞳が真ん丸になる。
え、と言ったきり言葉が続かない王子を見てまずかったかなと思ったが、言ってしまったからには仕方ない。オレは開き直って王子を睨んだ。
「魔法使いがいきなり来て、無理やり女装させられて連れて来られたんだよ。招待を受けたのはうちの継母とか姉とかだ。ホールにいるから、誘うんならそっちを誘ってくれ」
「………………」
王子は食い入るようにオレを見つめ、考え込んでいる。
なにを悩む必要があるんだか。花嫁を探してるならさっさとホールに戻れと改めて言うオレを王子はひたすら見つめている。
それから、ようやく口を開いたと思ったら。
「信じられない。証拠を見せろ」
なんなんだ。ウィンリィといいコイツといい、なんでそんなに脱がせたがるんだよ。
「そんなもん、見たらわかるだろ!」
「わからんから言ってるんだ!」
「じゃあ、胸触ってみろよ!こんなぺたんこな胸、女にはありえねぇだろ!」
「触ったくらいで納得できるか!今すぐ全部脱いで見せろ!脱がないなら脱がせるぞ!」
「変態かあんたは!」
逃げ回るオレをしつこく追い回した王子は、部屋の真ん中にある天蓋つきのでっかいベッドにオレを追い詰めた。ウィンリィは諦めてくれたのに、コイツはダメだ。なにを言っても聞いてくれない。
いまだに持ったままだった皿とフォークを投げつけて、オレは自棄になってドレスの裾を掴んだ。
そのまま一気にがばっと頭からひらひらのドレスを脱ぎ捨てる。痩せた体を王子に晒し、腰に手を当てて胸を張ってふんぞり返った格好で、
「ほら、じっくり見やがれ!どこが女に見えるってんだよ!」
と怒鳴った。
正直言えばかなり屈辱だし、泣きたいくらい恥ずかしい。が、生来意地っ張りなオレは精一杯虚勢を張った。とにかく納得してもらえさえすればここから出してもらえるんだ。我慢することには慣れている。
オレは王子の視線に耐えて、まだ履いていたハイヒールをぽいっと脱ぎ捨てた。ガラスのハイヒールは軽い音とともに大理石の床を転がっていった。
王子はしばらくオレを見ていたが、なにも言わずに近づいてきてさっと手を伸ばしてきた。急いで身を捩って避けようとして、オレはバランスを崩してベッドに倒れこんでしまった。
「なにすんだよ!」
「まだ、もう一枚脱いでないだろう」
王子は澄ました顔でオレの上に乗ってきて、オレが身につけていた最後の一枚をはぎ取りにかかった。
冗談じゃねぇ。オレにとっての最後の希望をむしり取られたら、すっぽんぽんになってしまう。