サンタクロースと鋼の錬金術師
「エドワードくん!どうしたの?」
声が出ない私の代わりに、中尉が驚いた声をあげた。駆けてきた鋼のは、照れくさそうな顔をした。
「ここ、旅してたときたまに寄ってたんだよ。牧師のじいちゃんには飯食わせてもらったりしたしさ、お礼がわりに毎年プレゼント持って来てんだ」
「そうなの。ついでに私たちのところにも寄ってくれたらいいのに」
「エドワードくん、アルフォンスくんは?」
フュリーがきょろきょろとあたりを見回した。
「いるよ。中でプレゼント配るの手伝ってる」
「あら、それはありがとう」
中尉は笑ってフュリーを見た。
「私たちも行かなきゃ」
「そうですね」
アルフォンスと仲のよかったフュリーは半ば走るようにして教会に入って行った。中尉も微笑んでそれについて行く。
残された私は、鋼のと二人きりになって戸惑った。会えたら言おうと思っていた言葉はすべてどこかに消えてしまい、なにを言えばいいのかわからなくなってしまっている。
「……元気そうだな」
陳腐な言葉が口から滑り出た。
「まーね。あんたは暇そうだな」
鋼のはにやりと笑った。
「イブに部下とこんなとこ来るなんて、よっぽど予定がねぇんだな」
「仕方ないだろう、仕事なんだから」
肩を竦めてみせて、改めて鋼のを見つめた。強い眼差しも長い髪も、そのままだ。ついでに身長もそのままのようだ。黒い服と赤いコートだった頃とは違い、落ち着いた色のジャケットを着ていた。
「………寒くないか」
「別に。中、暑いくらいなんだよ」
ちょうどいいと笑う彼を、コートを広げて引き寄せた。
「風邪を引くだろう」
「……………大丈夫、だよ」
鋼のが初めて私の家に泊まったのは、彼がまだ旅を始めてそんなに経っていなかった頃だった。
特になにも言わず、約束もないままそれは続いた。半年に一度とか、そんな頻度ではあったが。
彼がどう思っていたのか知らないが、滅多にない逢瀬のために他のすべてを捨てたくらいには私は本気だった。いつか旅が終わったら、傍にずっといてほしい。口に出せば重荷になるだろう言葉を胸にしまって、彼の旅が終わるのを待っていた。
だが、旅が終わったとたんに彼は消えた。銀時計は返還され、故郷からも離れ、彼と彼の弟の行方はわからなくなった。
それから、ずっと。
待ち続けていたのだ。
もう一度この手に抱いて、そして二度と離さないと決めて。
「……鋼の、」
「行こうぜ大佐。じいちゃんが待ってる」
鋼のはするりとコートから抜け出て、教会のドアに向かって走り出した。
きみがここまで来ておいて司令部に来なかったのは、私に会いたくなかったからか。
なかったことにしたいからなのか。
聞きたくてたまらないのに、怖くて口に出せない。
私はいつから、こんな臆病になったのだろうか。
教会の中は暖かかった。中尉とフュリーはすでに奥へ行ったらしく、姿が見えなかった。ブレダは子供たちにもみくちゃにされて笑っていて、ハボックも一人を肩車してもう一人を背中に登らせていた。プレゼントの袋は空になって隅に放り出されている。その傍に飾られたツリーの質素な飾りつけの中に鋼のが作ったと思われるオーナメントが混ざっていて思わず笑みが零れた。
「お久しぶりです、准将」
アルフォンスが来て微笑んだ。
「あれ、わかりました?兄さんが作ったの」
「わかるさ。クリスマスツリーにドクロを飾るのは世界で鋼のだけだからね」
そういえば彼はどこだ。見回すと、気づいたアルフォンスが奥を指差した。
「牧師さんと一緒に食事の用意をしています。いつもは近所の方がボランティアで来てくださるらしいんですが、クリスマスは無理だそうで。毎年お手伝いするんですよ」
では牧師もそちらか。私は頷いた。子供たちも夕食を楽しみにしているだろうし、仕事の話はそのあとでいいだろう。
「お兄ちゃん!」
女の子が走ってきて、嬉しそうにアルフォンスに小さな包みを見せた。
「さっき、サンタさんにもらったの」
「よかったね」
アルフォンスが微笑むと、女の子はにっこり笑った。
「やっぱりサンタさん怖くなかった!エドが言ったの嘘だったのね」
「嘘?」
私は意味がわからなくてアルフォンスを見た。鋼のが嘘を子供に教えるとは思えないのだが。
アルフォンスは苦笑して女の子の頭を撫で、いろんなサンタがいるんだよと苦しい言い訳をした。
「みんないい子だったから、ここには優しいサンタさんが来てくれたんだよ」
女の子はまだ5つにも満たないくらいか。アルフォンスの言葉に納得したように頷いて、ブレダのほうへと駆けていった。ブレダは帽子も髭も子供たちに奪われて、追い剥ぎにあったサンタ状態になっている。
それを見ながら、アルフォンスがため息をついた。
「兄さん、サンタについて子供たちに話すときにちょっと脚色しちゃって」
「脚色……?」
クリスマスイブの真夜中、サンタが家々を回って子供たちのところへやって来る。鍵のかかった窓やドアなんかサンタにかかれば一発だ。そして家の中をうろつきまわり、子供を見つけると包丁や鉈をふりかざして、
『見つけたぞコラァァァ!』
そして見つかってしまった子供たちは逃げまわるが、どこに隠れてもサンタにはすぐにわかってしまう。絶体絶命。そのとき、どこからともなく鋼の錬金術師が現れて、
『待てサンタ!オレが相手だ!』
そしてサンタと鋼の錬金術師の死闘が始まる………
「………なんだそれは」
「兄さんが作ったクリスマスのお話です」
「………………なるほど」
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