本日はお日柄もよく
夕食どきになって、また同じ店のドアを開けた。
キョロキョロしていたら、ウェイターさんが近づいてきてこちらへどうぞと奥へ案内された。
扉の向こうの個室には、元上司とその部下が豪華なディナーを前にオレを待っていた。
「久しぶりね、エドワードくん。すこし背が伸びたわね」
にっこり笑って言うホークアイ中尉(今の階級は知らない)に、オレも笑顔になった。
相変わらずきれいで優しい。オレはこの人が大好きだった。今もこの無能上司の部下でいるなんて気の毒だし才能の無駄だと思った。毎日さぞかし苦労をしてるに違いない。
「待ってたぞ、鋼の。さぁ、冷めないうちに食べようじゃないか」
無能はアホ面で笑いながらフォークを握った。オレは座ってまわりを見回したけど、狭い個室にはオレ達3人しかいなかった。
「なぁ大佐、誰か紹介するとか言ってなかった?」
今は大佐じゃない無能は、昔の階級で呼ばれても気にしないらしい。まずはメシだ、腹が減っただろうとさっさと先に食いながら言った。
オレは落ち着かない気分で、それでも腹は減ってるので食事を始めた。誰かの足音がドアの向こうから聞こえるたびに振り向いてしまって、ろくに味なんかわかりゃしない。ただ黙々と平らげて、元上司がなにか言うのを待ち続けた。
食事がすんでコーヒーが出て、そこで中尉がさて、と咳払いをした。
オレは中尉を見た。そういや何故この人がここにいるんだろう。お見合いっていうと確か仲人とやらが夫婦で仕切って知らない同士の当人達を会わせたり話を繋げたりするとか聞いた。では中尉は無能上司と二人で仲人役をするために来たんだろうか。
中尉はおもむろに口を開いた。ではとりあえず紹介から始めましょうか。
やはり仕切るつもりらしい。けど、相手がまだ来てないのに。
オレがそれを言おうと口を開くと、遮るように無能が手をあげた。
「では私からかな。名前はロイ・マスタング、前途有望な職業軍人。国家資格を持つ錬金術師でもある。はい、では次はきみだ」
…………?
なにそれ。
「どうした。見合いはまず自己紹介からだろう。名前からだ、ほら」
早く、と急かす上司は楽しそうだ。オレを見つめる目が笑っている。
「あのな。予行演習か?ガキじゃねぇんだから自己紹介くらい練習しなくてもできるっつの!」
怒鳴ると中尉が手をあげてオレを見た。
「エドワードくん、お見合いの席で相手を怒鳴るなんて失礼よ」
………なに言ってんの中尉まで。
「相手って、まだ誰も来てないじゃんか」
「来てるじゃない。あなたの前に」
オレは前を向いた。
向かいの席にはにやにや笑う上司だけ。
「………誰もいませんが」
「鋼の、私は透明人間か?」
上司は笑いをひっこめて、今度は苦い顔をした。
「だって、見合い相手なんて………」
「だから私だ。お買い得物件だぞ?なにしろ次期大総統だからな」
威張って見せる無能はいつもの3倍くらい無能に見えた。
「で、鋼の。定番だが趣味は?私は休日にとことん寝るのが趣味だが、気が合うと嬉しいのだがね」
なに言ってんの?だってアンタ、今日は昼前から花束持ってお出かけしてたじゃんか。恋人がいるんじゃないの?
「あれは墓参りだ。奴の命日が近いからな」
そういえば、家族自慢が好きだった眼鏡にヒゲの中佐のお墓はあの近くだった。
「恋人はいないぞ。好きな人はいるが、突然姿をくらましてしまってな。今日偶然会えたから、また消える前にと今必死で口説く方法を考えているところだ」
でも。だって、そんなはずない。大佐はオレの気持ちに微塵も気づいてなかったはずだ。
オレは男だ。大佐は女好きなんだ。そんなはずない。
「私も今日突然相談されてね。あなたを捕まえたいから協力してくれって」
中尉が優しい顔で笑った。
「この先半年休みはいらないし仕事も溜めないからって必死に言われたわ。だから来たの。本気だってわかったから」
…………そんなはず、ない。大佐がオレを好きだなんて。
「いや、それが自分でも信じられなかったんだが」
上司はちょっと照れたように目を逸らした。
「きみを初めて見たときからね、その………どうやら一目惚れだったようなんだ」
気づくのが遅くて、言えないで迷っているうちにきみがいなくなってしまったから、と上司は言った。
オレは俯いた。
それからようやく呟くように言った声は、情けなくも震えていた。
「……エドワード・エルリック、趣味は読書と旅行……でも、」
用事のない日はとことん寝るのが好きです。
顔をあげられないオレに、無能な上司は返事のかわりに額にキスをしてくれた。
END.