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本日はお日柄もよく



「鋼の」

突然そう呼ばれて、驚いて振り向いた。

目の前に、同じように驚いた顔のかつての上司が立っていた。



場所はセントラル。確かにいてもおかしくはない。ここはこいつの街だから。

革命の混乱の中でアルの体を取り戻したオレは、そのまま姿をくらました。こいつはそのあと、昇進につぐ昇進でいまや将軍様だ。大総統の側近を勤め、次期大総統という噂もある。

そんなお偉い奴が護衛も連れずに街中をうろついていて大丈夫なのかと思うが、私服でいるところをみると休みなのだろう。デートにでも行くのか、花束を持っている。

「久しぶりだな、鋼の。いつこっちに?」
相変わらずの食えない笑顔で、元上司はオレの肩に手を置いて言った。
まるで数年会わなかったことが嘘みたいな、昔通りの馴々しい仕草にちょっと笑った。
「旅の途中なんだ。近くに来たから寄ってみただけ。ずいぶん変わったよな、街。昔行ったレストランにまた行こうと思ったのに、なくなっちまってんだもん。びっくりした」
「また旅をしてるのか?今度はなんのためだ?」
元上司はちょっと眉根を寄せてオレを見た。
「別に。昔は駆け足で通り過ぎてばっかりだったから、のんびり見て歩きたかっただけ」
オレは肩を竦めた。アルは医者になるため勉強してるし、ウィンリィはそれにつきっきりだ。そこになんとなく居場所がなくて、だからふらふらと旅をしているだけなんだ。そう言うと、元上司は笑ってオレの肩をぽんぽん叩いた。
「なるほど、それは確かに居づらいな」
「だろ?まぁほら、世界は広いから。どっかにオレの居場所が他にあるんじゃないかと思うしね」
冗談ぽく言って笑うと、元上司は今度はちょっと考える顔になった。
「………レストランがなくなっていたと言ったな。食事はすんでないのか?」
「あ?うん、どこにしようかなって思ってたとこでさ」
いきなり変わった話題に驚きながら頷くと、元上司はそれではとオレの肩を押して歩き出した。
「私が奢ろう。なにが食べたい?」
「え、でもあんたデートじゃないの?花、萎れちまうぜ」
元上司はちらりと手にした花束を見た。
「ああ、大丈夫だ。多少萎れても受け取ってくれるさ」
「んなわけあるかよ。さっさと行けよ!」
「せっかくきみと会えたんだ。積もる話をしようじゃないか」
ははは、と笑う元上司の変わらない強引さに、仕方ねぇなと呟いてそっぽを向いた。

変わらなすぎる声や顔や態度が、なんだか懐かしくて嬉しかった。






「鋼の、きみももう年頃だが。恋人はいないのか」

レストランで山盛りのパスタをフォークにひたすら巻きつけていたら、元上司は意外なことを言い出した。
「さっき言った『居場所』というのは、そういう意味じゃないのか?」
「違うよ。つか旅ばっかりなのに、そんなんできるわけねぇじゃん」
上司はふむ、と考える素振りをして、それからにやりと笑った。

直感した。嫌な笑顔。
昔からこいつは、なにかオレが嫌がることを思いつくとこんな顔で笑った。

「よし、じゃあ私が紹介しよう」
「はぁ?」
「とびきりを紹介するよ。ぜひ付き合いたまえ。うん、きみももうひとつ場所に落ち着いて将来を考えてもいい年だからな」
オレは慌てて立ち上がった。が、まわりの視線が集まったことに気づいてまた座った。忙しいな、と笑う上司に思い切りきつい目線をくれて、できる限り低い声で余計な世話だと唸った。
だが、昔から厚顔なこいつに効き目はない。

「見合いの席を設けるから、夜にまたここに来なさい。楽しみにしてるよ、鋼の」
上司は立ち上がって伝票を取ると、花束を抱えてにこやかに手を振って店を出て行った。

変わってない。変わらなさすぎる。
強引で勝手な上司に、オレはため息をついた。



見合いなんていらない。
あんたの紹介なんか特にごめんだ。どんな美人でも嫌だ。

だって、オレはほんのガキの頃から、ずっとあんたが好きだったんだから。


言うに言えなくて黙ったまま離れてしまって、忘れかけていた気持ち。
また顔を見て声を聞いたら、やっぱりまだ残っていたんだとまた思い知って。

それなのに、デートの相手のために花束を抱えた姿でオレに恋人を紹介するとか言われたオレってどうなの。


言葉にするより雄弁に振られた格好になったのに、それでも夜またここに来ればあんたに会えるんだとか頭の隅で考えてるオレはバカだ。




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