温泉に行こう





「では、今から帰るが。みんないるか?」
ホテルの駐車場に止まったでかいバスの前で、准将が集まってきた軍人たちを見回した。ほとんどが3日間酔っぱらい続けていたんじゃないだろうか。昼を過ぎたばかりという時間なのに足元が怪しい奴ばかりだ。
「バスに乗れ。多少足りなくても知らん。さっさと帰るぞ、明日も仕事だ」
うぁーい、というやる気のない返事が響く。またしても従業員さんが総出でお見送りだったが、その顔にはもう来るなと書いてあるような気がした。だってほんとにそう言いたそうな顔してる。
ぞろぞろとバスに乗り込み、全員が座るとバスガイドさんが人数を確認した。来るときと同じ人だったが、あのときほど化粧に気合いが入ってない。なにかを諦めたらしい。
「では、出発しまーす」
そう言ったきりガイドさんは前を向いて座ってしまった。

オレはまた准将と一緒。飲み物はお菓子はと勧めてくるが、昼飯食ったばっかで入るわけがない。
ちょっと寝る、と言ったら准将は頷いた。少しだけ椅子を倒して背中を預け、窓の外を見る准将の横顔を眺めた。

嘘みたいだ。
こいつがオレに本気だなんて。

オレは目を閉じた。
考えさせてくれなんて言った時点で答えは決まっていたようなもんだ。普通は男が男にプロポーズされたら、即断るだろ。考える余地なんかない。
なのに、オレは迷った。こいつと一緒の3日間が、風呂もベッドも含めて真面目に嫌だと思わなかった。ふたりで観光して歩くのが楽しいと思った。

あの瞳と、ほっぺたにされたキスが、好きだと思った。



「ねーガイドさん!帰ったらデートしようよー!」
酔っぱらいが後ろから怒鳴った。ガイドさんはマイクを掴み、
「地球を守らなきゃならないんで、時間ないです」
ああそうか、自宅はM78星雲だったっけ。

オレはそのまま眠って、ガイドさんが怪獣と戦う夢を見た。目からビームとか出していた。
逃げ惑う人々の中で、オレは准将と手を繋いで走っていた。










「お疲れさまでした」
仲良くなった女性軍人たちとアルにだけにっこりと、その他には無表情に、ガイドさんが挨拶した。オレたちを降ろしたバスはそのまま司令部を出て行った。
「兄さん!どうする、リゼンブール帰る?」
お土産を山ほど持ったアルが来た。3日ぶりだなおまえ。顔忘れるところだったぞ。
「怒らないでよ、だって少尉たちが准将と兄さんの邪魔するなって言うから」
にこにことアルが言い訳する。いや、オレはおまえがこっちを振り向きもせずに美人なおねえさんたちに愛想まいて笑っていたことをこの先一生忘れない。
「オレ、資格返上の手続きしなくちゃ」
「ああ、そうか。忘れてたなぁ」
おまえが忘れてたのはオレの存在そのものだろう。
根に持つオレに明るく笑って、アルは荷物を抱え直した。
「じゃあボク、先に帰るね」
はぁ?
「だってお土産いたんじゃうし。兄さんなんか買ったんならついでに持って帰っとくよ」
言うなりアルはオレの手からお土産の袋を奪い取り、じゃあまた連絡してねと言って歩き出した。
「ちょ、アル……!」
「鋼の」
弟を追おうとしたオレに、後ろから声がかかった。
「手続きは明日だ。今日はうちに泊まりなさい」
命令系な言い方にかちんときて振り向くと、准将は優しく微笑んでこっちを見ていた。

ずるい。

逆らえねぇよ、その顔。

「………晩飯、奢れよ」

赤くなってしまう頬をどうにもできずに睨んでみた。効果なんかあるわけない。

またね、と手を振る軍人さんたちに手を振り返してから、オレはまた准将と並んで一緒に歩き出した。




「三食昼寝つきなら、家政婦やってもいい」

呟いたオレに、准将が笑った。

初めて繋いだ手は、夢の中と同じく暖かかった。






END,
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