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温泉に行こう







部屋に戻ってふらふらの准将を支えてベッドに行き、寝かせてからまわりを見る。今さら気づいたが、ベッドはひとつしかなかった。
「あの、准将。オレどこで寝るの」
まさかと思いながら聞くと、准将は体をずらした。キングサイズのベッドは広くて、そんなことをしなくても充分空きがあるのだが。
「ほら、ここ」
鼻にティッシュを詰めた准将が微妙な声で隣をぽんぽん叩く。いやいやいやいやいやいや!あり得ねぇだろ、それは!
「あっちのソファがいい」
指差したリビングでは、いない間に置かれた冷えたワインがオレたちを待っている。と言ってもオレは飲まないから准将のためのものだが。グラスがふたつあるのはサービスだろうか。
「せっかく広いんだから、ここでいいじゃないか。寝心地いいぞ」
うちもこんなの買おうかな、なんて呟く准将に、オレは眉を寄せた。
今日はこいつはおかしすぎる。だいたいいつもおかしかったけど、今日は最高レベルだ。変態度MAX。なにを考えているのか、わからないことには気持ち悪くて落ち着かない。
まぁわかっても気持ち悪いことには変わりはないと思うけど。
ようやく鼻栓を抜いて起き上がる准将に、オレは疑問をぶつけた。

「なに考えてんだ、あんた」
「なにって?」
准将はドアを開け放したままリビングに出て、ワインのラベルを見た。
「旅行を楽しもうとしてるだけだよ。きみも飲むか?なかなかいいワインだよ」
「いらねぇ」
あんたは楽しいか知らねぇが、オレは楽しくねぇ。男ふたりがスィートのベッドで花に囲まれて寝るなんて、キモい通り越してる。なんのイジメだコレ。オレがなにをしたってんだ。
「明日はどこに行く?時間があるんだし、ちょっと足を伸ばしてみないか。車でも借りるか?」
のんびり言いながらワインを飲む准将に、オレは諦めてベッドに潜って布団を頭からかぶった。

明日もこいつと一緒って。
なんの呪いなんだ。オレはそんなに神様に嫌われてるのか。

しばらく不貞腐れていたら、准将がベッドに入ってきた。広いのになぜか体を寄せてくる。あっち行けよ、すね毛があたるんだよ。

でも暖かい。オレが逃げるのをやめてベッドの端でじっとしていたら、准将に引き寄せられて中央に戻された。
「隅で寝てちゃ、落ちるよ」
妙に優しい声に鳥肌が立ったけど、体温で暖まったシーツは気持ちよかった。
なんでまだ腕がオレの体に絡まってんだろう。そう考えながらうとうとしてたら、なんか柔らかいものが頬に当たった。
ちゅ、と音がして離れていくそれは、もしかしたら。
目を開けると目の前に准将の顔があった。
いつのまにか明かりを消した部屋の中は、月明かりに満ちている。その中で見上げる准将の黒い瞳は、やけに現実感がなかった。夢かな、とか思ってじっと見つめていたら、准将はふいと目を逸らした。
まだ見ていたかったのに。オレは手をあげて、准将の頬に触れた。こっち見てよ、とか言ったような気がする。だって、夢だと思ったから。
准将は驚いたようにオレを見て、それから赤くなった。
それから。

鼻血だらけの布団とシーツをどうにかしてもらうためにホテルの従業員さんを呼び、准将の鼻にまたティッシュを詰め込んだ。貧血を起こしたらしい准将の青い顔を見て、夢じゃなかったのかと実感したら恥ずかしくなった。

あの瞳に、見つめられていたいなんて。
オレのどこからそんな気がわいてくるのか、自分で自分を問い詰めたい。

きれいになったベッドにまた入って、准将はまたオレにくっついた。
オレは真っ赤になった顔を隠すために背中を向けて寝た。もう2度とこいつの顔なんか見れないと思った。









翌日は快晴。
准将はあんまり眠れなかったみたいで、なんだかひどく眠そうに起き上がってぼんやりしていた。
「おはよ、准将!朝飯行かねぇの?」
「………ああ、おはよう鋼の」
一応笑ったらしい顔で言って、准将はため息をついた。子供は朝から元気だなとか言ってる。
「年寄りは朝は強いと思ってたけどな。てかあんた血出しすぎだよ。今日はここで休んどくか?」
「いや!行くぞ!車を予約するから少し待ちなさい!」
准将は電話で車を頼んで、ベッドから出て服を着替えた。なんだかふらふらしてる。大丈夫なのか。
ホテルの喫茶店で朝食を食べて外へ出た。みんなはまだ寝ているらしい。アルも寝てるのか、見かけなかった。
車の鍵をドアボーイさんから受け取った准将が、ドアを開けて乗れと促す。結局やっぱりこいつと一緒なのか。オレはなんだか悟りを開いたような諦めきった気持ちで助手席に乗った。

走り出した車の中でどこへ行くのかと尋ねると、准将はダッシュボードを開けてみろと言った。中には地図が入っていた。
「牧場があって、景色がいいらしいんだ。そっちへ行ってみようかと」
准将はきょろきょろしながら道を選んで山へと進路を取った。田舎の道は他に車がいなくて、農地や草原が広がる町の外に出たら信号も見当たらない。オレは機嫌が悪いのも忘れて窓を開けて外の空気を吸い込んだ。旅をしていたときはこんなふうに景色を楽しむ余裕はなかったし、観光気分であちこち見て歩く暇もなかった。たまにはこんなのも悪くない。
「あ、牛!ほら准将、牛!」
指差すオレに准将が笑った。リゼンブールに似た風景に、オレも笑った。風が気持ちよくて、そのとき初めて来てよかったと思った。



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