知らない世界の、知らないきみと
◇◇◇◇
「き、休憩、を…………」
「仕方ねぇなぁ。ちょっと座って休んでろよ」
ぐったりした私に、ヒューズが肩を竦める。鋼のが側に来て、心配そうに覗き込んできた。
「大丈夫?オレの車に戻って座ってなよ」
「あ、………ありがとう、すぐ戻るから……」
ぎしぎしいう体を無理やり動かして、大型トラックからずり落ちて小型トラックの助手席に這い登る。座って一息ついてから大型の方を見ると、ヒューズと鋼のが木の板から荷台の中に荷物を運び込んでいるのが見えた。
「12枚って聞いてたが、あとから少し増えたらしい。8枚分はパレットで積んで、あとはバラそう」
意味がさっぱりわからないんだが、それは何語なんだ。
「オレの車に3枚くらいなら載るよ?」
「いや。バラせば積めるんだし、大丈夫。それにこれ3枚も積んじゃ、おまえの車じゃ過積載だ」
「あー……途中関所あるね。営業してるかな?」
「わかんねぇから用心だ。おまえの車はここに置いといて、皆で行こうぜ。そしたらおろすのも早いだろ」
「わかった」
なにがわかったんだ鋼の。私には二人の話は理解不能で、疑問を口にする余裕もないんだが。
そうして始まった積み込みは、最初は楽だった。鋼のが木の板に乗った荷物をよく伸びるビニールみたいなものでぐるぐると巻き、ヒューズがフォークリフトという機械でその木の板を荷台に載せる。次に持ってきた板で先に載せた板を押すようにして突っ込んでいけば、奥へと荷物が移動していく。
「ダメだ、もう動かねぇ」
重さに負けたリフトが板を押し込めなくなったらしい。鋼のが身軽に建物の中へと走っていき、なにか長い機械を引いて戻ってくる。
「これ?ハンドリフトっていうんだ。フォークリフトが入れないとこでパレット動かすのに便利なんだよ」
そうなのか、と頷いてみせるが、言われた内容はさっぱりわからない。
鋼のが引っ張ってきたハンドリフトなるものを、ヒューズがフォークリフトで荷台に載せる。鋼のは素早く荷台に登り、ハンドリフトで板を器用に奥へ詰めて並べていく。
感心して見ているうちに、8枚の板がきれいに奥から並んで積み込まれた。
「よし、あとはバラすぞ。ロイ、荷台にあがってくれ」
いきなり呼ばれて、慌てて荷台に登る。鋼のからハンドリフトをフォークリフトで受け取ったヒューズがそれを脇へ置き、ビニールを巻いてない残りの板から1枚を運んでくる。その間に鋼のはステンレスと鉄でできた柱のような形の棒を、左右の壁に引っ掛けて固定した。そしてベニヤ板を持ってきて、それへ立て掛ける。
「ラッシングバーっていうんだ。こうやって、バラ積みした荷物が崩れないようにするんだよ」
相変わらずなにを言ってるのかわからないが、せっかく鋼のが私のために説明してくれているんだからと、なんとか平静を装って頷いた。
支度ができたところへヒューズが登ってきて、あとはひたすら箱を運んで積み上げる作業。1枚終わればまた次、という調子で、果てしない作業は終わりが見えない。
そして私はギブアップ。
動きまわる二人を眺めて、さっき買ったペットボトルの蓋を開ける。知らないメーカーの見たことのないラベルが貼られているが、中身は普通の水だった。他にもいくつか買ってきているが、どれにも全然知らない名前がついている。けれど中身はというと、コーラもコーヒーも私がいた世界に存在するものだった。
市場の中を見回してみる。
今まで市場の視察などしたことがなかったが、私のいた街の市場も多分似たようなものだろう。建物は青果棟で、奥には果物や野菜が入った箱がいくつも並んで積み上げられている。
「違うのは、錬金術か……」
飲み干したペットボトルを見て、自分の手を見る。両手を合わせると、青い光が溢れた。
ボールの形になったペットボトルをぽんぽん投げて遊びながら、考えた。
私のいた世界は、錬金術で発展してきたようなものだ。対してこちらは、その錬金術の使い方を誰も知らない。別の方法、つまり科学で発展してきた世界。
時間軸が同じであるなら、この二つの世界の違いはなんなんだろう。私の世界にはなかった色んなものが、こちらにはある。車ひとつにしてもそうだ。たくさんの装置、たくさんのスイッチ。安全と快適さを追及した装備が、この狭い車内に溢れかえっている。
錬金術、というのはなんなんだろう。私は今まで、それが正しく世界を守り導くものとしてひたすら研究していたが、それは本当に正しいことだったのか。錬金術が邪魔をしなければ、私の世界もこんなふうにあらゆるものがそこら中にある豊かな世界になっていたんじゃないか。
考え込んでいると、鋼のが来た。
「終わったよ!」
「え。もう?」
焦ってもう一度大型を見ると、すでに荷台のドアは閉められていた。ヒューズが板を片付けて、リフトでどこかへ運んで行くのが見える。
「すまん、考えごとをしていて……」
「いいよ。慣れないとしんどいもんね、この仕事」
首を振ってから、鋼のが苦笑する。
「オレも偉そうに言ってるけど、慣れたのなんて最近なんだ。最初はほんと、すぐふらふらになって大変だった」
「そうなのか?」
全然そんなふうには見えなかった。ていうか水を得た魚みたいな動きだった。私の鋼のがテログループのアジトに殴り込みもとい潜入するときと同じような感じで。
「………あれ?それなに?ボールみたいなの」
私が手にしていたペットボトルのボールに目をとめた鋼のが、興味津々といった様子で見つめてくる。
「あげるよ。ペットボトルの再利用だ」
渡してやると、歓声で応えてくれた。
大型トラックに乗り込み、鋼のが椅子の後ろに隠れる。覗くと、そこは狭いベッドのようになっていた。毛布や枕があり、鋼のが持ち込んだお菓子の入った袋が置かれている。
「休憩するときとか、帰れないときにここで寝るんだよ。結構快適なんだ」
この車はこちらの私がいつも乗っている車らしいから、鋼のも乗り慣れているんだろう。
だが。
慣れた様子で横になる鋼のを見て、また胸の中がもやもやする。根っこの部分は同じなんだ、私がここでこの子になにをしてたか、自分のことのようにわかってしまう。
「出発すんぞ。ロイ、ベルト締めろ」
「わかった」
意識を前に向け、言われた通りにシートベルトを締める。
トラックは市場を出て街を出て、私の知らないどこか違う街を目指して走り出した。
「意外と乗り心地がいいんだな」
感心する私に、ヒューズが頷く。
「フルエアサスだからな、揺れが少ないんだ」
フルエアサスとは、いったい。
「エドはどうしてる?」
静かになった後ろを気にするヒューズに、ちらりと見てからまた前を向く。
「眠ったようだよ」
「そっか。明け方から仕事してるからな、疲れたんだろ」
頷いたヒューズが、前方を顎で指した。
「ほら、あれが関所だ。エドに荷物積ませなくてよかったぜ」
そちらを見ると、広くなった路肩に小さな小屋のような建物があって、青い制服に白いヘルメットを被った数人が赤い棒を持って立っている。
「建物の前に、鉄板敷いたみたいな場所があるだろ?あれは秤で、あれで車の重さを見るんだよ」
通りすぎながら建物の窓から中を見ると、大きな目盛りのついた柱時計くらいのサイズの秤が見える。
「さっき言った、過積載というやつか」
「そう。怪しいな、と思うトラックを引っ張りこんで、あれで計って荷物どんだけ積んでるか見るんだ。最大積載量以上積んでる、ってバレたら、荷を減らすまではもう走らせてもらえねぇ。罰金も来るし、会社にも監査が入る」
「厳しいんだな」
「まぁよ、仕方ねぇよ。積載オーバーすりゃブレーキも効きにくくなるし、車が重すぎて動きも悪くなる。安全面を考えたらオレたちだってやりたくねぇさ。けど、どうしようもねぇときのほうが多くてさ」
肩を竦めて話すヒューズの顔は、あのときと同じだ。戦場で、殺戮と破壊を繰り返していたとき。
『オレだって嫌だけどよ。仕方ねぇや』
諦めたような、力ない笑顔。あのときはそれでも、あいつは銃を握っていた。未来を私に賭けよう、と言って。
「そこまでして走るのは、こちらの世界の私のためか?」
聞くと、ヒューズは苦笑した。首を振りかけ、そして頷く。
「そうだな。一番は女房と子供のためだ。けど、………ロイが、会社を今よりもっと大きくして、どこよりも働きやすい、いい会社を作りたいって言ったときは………」
できることがあるなら、なんでもしよう。
そう、思ったんだ。
照れ臭そうに小さな声で言うヒューズに、頷いた。
こちらの私には、鋼のがいてこいつがいる。
だったらきっと、どんな無茶な夢でも、叶えてしまうに違いない。
「………なぁ、ロイ」
しばらく考えていた様子のヒューズが、ちらりと私を見た。
「もしかしておまえの世界じゃ、オレは居ないのか?」
「……………」
事務所を出るときに、言われた言葉を思い出した。答えることができずに目を逸らしたから、気づいたんだろう。
「…………死んだよ。もう何年も前だ」
「それは………病気かなんかで?」
「いや、殉職だ。撃たれて死んだ」
「…………こっちのオレなら、事故とかかな……?」
「え?いや、」
ヒューズの考えていることがわかって、私は首を振った。
「あっちで死んでいるからといって、こちらのおまえも死ぬとは限らない。実際、鋼のの両親はあっちではとうに亡くなってるのに、こっちでは元気に暮らしている。大丈夫だ」
「そうか」
ほっとした顔で、ヒューズはスピードをあげた。広い大きな道の行く手には山がそびえていてトンネルが見える。
「ちょっと不安になっちまってさ。ほら、オレがいなくなると女房が困るから」
「大丈夫だ、なんとかなるもんだ」
「冷てぇな、おまえ」
安心したのか、ヒューズの笑い声が明るくなった。
「そういやエドが持ってたボール、おまえが作ったんだって?」
「ああ、まぁ。試しにやったら、できたから」
「錬金術ってやつか。すげぇな、魔法使いみたいだ」
それがあればなんでもできるんだろ?
そう聞かれて、戸惑う。
私から見ればこの世界のほうが、なんでもあるしなんでもできるような気がするんだが。