温泉に行こう
准将と一緒に観光は、意外と楽しかった。錬金術しか知らないオレと違って博識な准将は、古い建物の由来や昔の持ち主について色んな講釈をしてくれたし、きれいな景色や珍しい物には素直に感動してくれた。会話はテンポがよくて飽きないし、悪態や嫌味の応酬も笑いながらだと楽しい。
いちいち肩に回される手や「なによりきみが一番きれいだ」とかの寒いセリフさえなければ、とても楽しい観光だった。
ホテルに戻る頃には夕食の時間で、広間にバイキングの食事が用意されていた。酔っぱらいたちはほとんどがずっと部屋で酔っぱらっていたらしく、そこでも存分に酔っぱらっていた。ハボック少尉がアルを捕まえてさあ食えと皿に料理を山盛りにしていたし、ブレダ少尉は部下と早食い競争をしていて、ファルマン少尉とフュリー曹長は二人でちびちび飲みながら明日の観光の予定を相談していた。ホークアイ中尉はロス少尉他の女性軍人たちと酒を飲んでいて、いつもよりずっと明るくて楽しそうだ。他の皆もそれぞれ食べながら騒いでいる。
なのに、なぜオレはまたこいつと一緒なんだろう。
「鋼の。もっとたくさん食べないと」
にこにこしながらオレの皿に料理をガン盛りする准将を睨んで、オレはそんなに食えねぇと文句を言ってみた。
「なにを言う。きみはまだ成長期なんだから、栄養をとらなくては」
いや普段そこまで質素じゃないから。どんな生活してると思ってんだあんた。それでも成長期という言葉につられて、オレはもそもそ食い始めた。
「准将ー!飲まないんスかー?」
ハボック少尉がビールジョッキを持って准将の肩に手を回した。頬が赤くなってはいるが、足元はしっかりしてる。かなり強いらしい。バスに乗ってるときから飲み続けているはずなのに。
「あとで少し飲もうと思ってるが、今は」
准将がやんわり断ると、ハボック少尉はオレにジョッキを突きつけてきた。
「大将!こういうときは飲まなきゃ男じゃねぇぞ!ほら、一気にいけ!」
いや無理だから。未成年に飲ますなよ軍人のくせに。
でも少尉は引かない。ほれほれと突きつけられるジョッキにはビールが満杯で零れそうだ。
酔っぱらいは無駄に頑固で根性がある。仕方なく受け取って、ちょっとだけ口をつけた。
激ニガ。
「いらねぇ」
ジョッキを返すオレに、ガキだなぁと少尉が笑った。
「仕方ねぇな、オレが飲むか」
少尉はオレが返したジョッキを掴んで飲もうとしたが、その手をがっしり掴まえて准将がジョッキをもぎ取って中身を一気に全部飲んだ。
「ほら、返すぞ」
口元を袖でぐいっと拭いて、准将は少尉にジョッキを突っ返した。一気飲みしたくせに顔色も変わってない。なんだ、結構飲めるんじゃん。オレが目を丸くして見ていると、少尉がジョッキと准将を交互に眺めてからなるほどと頷いた。
「間接でもダメですか」
「当たり前だ。誰にもやらんぞ」
にやける少尉に准将が不機嫌な顔で言う。なんのことだ。間接てなんだ。関節かな?どっか節々が痛むんだろうか。まぁ准将も年だしな。
そんなことを考えているうちに少尉は誰かに呼ばれてどこかへ消えた。
「鋼の、部屋はどこだ?」
オレの皿が空になる頃、准将が聞いてきた。
「えーと、確か3階の……」
荷物を置きに行ったのはどの部屋だっけ。記憶を探りながら答える。部屋はアルと一緒のはずだ。
「そうか。じゃ、荷物を取りに行こうか」
准将は立ち上がった。
「なに、変更?部屋替わるの?」
「……まぁ、そんなもんだ」
「じゃあアルにも言わねぇと」
オレが弟を探すために回りを見回そうとするのを、准将が止めた。
「アルフォンスはいいんだ。きみだけだ」
「えー?なんだよそれ」
文句を言いながらもオレも立ち上がった。ついてきた、と言うか連れて来られた身分だからあまり言えない。オレは広間を出て、准将と一緒にエレベーターに向かった。
二人きりでエレベーターに閉じ込められると、なんだか急に不思議な気分になった。朝からずっとこいつと一緒なんて初めてだ。皆、アルまでがこっちに来ない。一緒にバスに揺られ、一緒に観光して回って一緒に飯食って。なんか不思議。こんだけたくさん話をしたのも、もしかしたら初めてかもしれない。
「どうした。ぼーっとして、疲れたのか?」
准将が気遣うような目でオレを見た。
「いや………別に」
そのとき、唐突にオレは気づいた。ずっとオレから准将が離れなかった理由。他の誰も邪魔をしに来なかった理由。
「…………あんた、嫌われてるんだな………」
「………は?」
なんのことだと驚く准将に、オレは優しく頷いた。いいんだよ、准将。上司が嫌われるのはまぁ仕方ないことなんだから。うん、気を落とさずにこれからも頑張れよ。オレだけはあんたの味方になってやるから。
そんな気持ちをこめて暖かい目で見るオレを見て、准将は微妙に複雑な顔をした。
「熱でもあるのか?」
失礼な。オレがせっかく博愛精神でもって優しくあんたを庇ってあげようとしているのに。
オレは部屋から荷物を持ち出して、こっちだと先を歩く准将についてまたエレベーターに乗った。