昨日を探そう
「………一緒に?」
エドワードの頭の中に、なにかが閃いた。ロイの真剣な眼差しは嘘や冗談を言っているものではなく、本当に自分と一緒にいたいと思ってくれているのがわかる。前にも確かにそう言われた。ついこの間。そのとき自分は、素直に頷いたはず。頷いて、そして。
「………ありがとう。オレも、あんたと一緒にいたい」
そう、そう言った。
ようやくエドワードの頭の中に、全てが蘇った。
「……思い出した…」
「……私もだ…」
ロイはエドワードの腕を引いた。
エドワードの小さな体は、そのまますっぽりとロイの胸に収まった。
「どうして忘れてしまったのかな。こんな大事なことを」
「…飛んでた記憶が戻ってくるときって、そんなもんだとかお医者さん言ってたじゃん。記憶がない間のことを覚えているほうが稀だって」
「そうだな。思い出せたのは幸運だったのかもしれないな」
「うん」
口から勝手に飛び出ていた悪態も皮肉もどこかに行ってしまった。
ロイもエドワードもお互いを抱きしめて、しばらく黙っていた。
言葉なんかいらない。
この人がいれば、他にはもうなんにもいらない。
「ずっと好きだったんだ」
ぽつりと呟くようなロイの告白に、エドワードは黙って頷いた。
「すまないね。つい、素直になれなくて」
子供みたいだなと笑う低い声が心地いい。
エドワードは俯いたまま小さな声で言った。
「オレも、ずっとあんたのこと好きだったよ」
その声は天使の福音のようだ。ロイはこれ以上ない幸せに声も出せず、返事の代わりにエドワードの唇に優しいキスをした。
夕食がすんでお風呂からあがれば、あとは寝るだけ。
広いベッドに二人で並んで座ったのはいいが、エドワードはそれからどうしていいのかわからない。
思い出したのだから、昨夜ここでロイとなにをしたかはわかる。だが記憶にあるだけで実感がないから、まるきり初めてのような気持ちでロイを見た。
そしてすぐに目を逸らす。見るんじゃなかった。ロイの目は優しくて、心臓が壊れそうなほどうるさく鼓動している。
それをごまかそうと話題を探すと、病院でずっと呆然としていたロイを思い出した。
「なぁ、病院でさぁ」
「ん?」
今からベッドに入るというのに律儀にパジャマを着こんだ恋人に、脱がせてほしいんだろうなと勝手な解釈をしたロイは、唐突な問いに伸ばした手をとめた。
「あの、なんで大佐ずっとぼーっとしてたのかなって」
てっきり自分と同棲していることにショックを受けてるのかと思ってた、と言うエドワードに、ロイは慌てて首を振った。
「そうじゃない。朝きみがここにいるのに気づいたときは驚いたけど嬉しかったんだよ」
「でも、なんかすごく動揺してたってゆーか…」
「あれはね」
ロイは笑顔でエドワードのパジャマのボタンを外す作業を再開した。
「きみを抱いたはずなのに、それを全然覚えてなかったからショックだったんだ」
「…………は?」
一瞬目を真ん丸にした恋人が、次の瞬間その目をきつく細めたことにロイは気づかない。
「だって、きみの初めてだったのに。表情も声も感触も覚えてないなんて、勿体ないじゃないか」
「…………………」
「思い出しはしたが、実感としてはまだだから。今からゆっくり思い出させてもらおうかなと」
「…………エロオヤジ」
「…………」
エドワードの肌にいまだ残る赤い痕に奪われていた視線を上げると、真っ赤になった顔がロイの目に入った。
「人が真面目に不安になってんのに、なに考えてんだエロ変態くそ大佐!」
可愛い、と思う間もなく、その唇からは散弾銃のような言葉が次々とロイを撃つ。
「そんなだからハゲるんだよ中年オヤジ!」
「なんだと万年チビ!私はまだ中年じゃない!」
「似たようなもんだろ!片足突っ込んでるオッサンのくせにってゆーかチビチビ言うなアホ!」
「チビをチビって言ってなにが悪いんだ豆粒チビ!きみこそ二言目にはオヤジだのオッサンだの言うが、そのオヤジを好きになったのはどこのどいつだアホ!」
「誰がてめぇなんか!豆粒言うな生え際進行形ハゲ!つか先に好きっつったのてめぇだろショタコンオヤジ!」
「ショタコン上等!今すぐ襲うぞミジンコチビ!ああでもベッドですぐに見失いそうだな小さすぎて!顕微鏡でも買ってくるかな!」
「誰が顕微鏡でなきゃ見えないって?てめぇこそ開き直る暇があったら植毛行って増やして来い!」
またやってしまった、なんて反省する余裕もない。頭の中は、どう言えば言い負かすことができるかということだけ。
言い争いは真夜中を過ぎてロイが強引にエドワードの唇を塞ぐまで延々と続いた。
結局自分達は、こんな状態のほうが自然なのかもしれない。
抱き合いながらベッドに転がって、そんなふうに思って。
二人はお互いを見て、くすくす笑いながらもう一度キスをしてゆっくりと目を閉じた。
END,