昨日を探そう





わけがわからないままリビングに移動したロイは、あとからついてきたエドワードが当然のようにクッションに座ったのを見てほっとした。
「それはきみのものだったのか」
「え?」
エドワードは不思議そうな顔でクッションを見た。
「オレんじゃねぇだろ?大佐のだろ」
「私はそんなものを買った覚えはないぞ」
「えー?でもオレ知らねぇし…」
でも本当は家具屋や雑貨屋の店先で見るたびいいなぁと思っていた。いつか旅が終わってどこかに落ち着いたら、そしたらでっかいクッション買ってリビングに置くんだ。そんなふうに思っていたことを思い出してエドワードは戸惑った。

ロイは時計を見て、慌てて電話に手を伸ばした。とっくに出勤時間を過ぎている。言い訳を考えながら司令部のダイヤルをまわすと、副官の冷静な声が聞こえた。
「中尉か。すまん、ちょっと寝坊して…」
『大佐は今日は病院に行く日なのでお休みですが』
「病院?」
『ええ、エドワードくんと二人で。………昨日そう言ったと思いますが?』
「鋼のと?なんで病院なんか…」
まさかなにか病気なのか。この不思議な状況は病気のせいなのか?思わず振り向くと、エドワードも不安そうな顔でこちらを見ていた。
『記憶が戻ったんですか?』
驚いたようなホークアイの声にロイもまた驚いた。
「き、記憶?なんのことだ?」
『すぐにそちらに行きます』
言うなり電話を切られ、ロイは呆然と受話器を置いた。
「大佐、中尉はなんて?」
「………鋼の、どうやら私達は記憶喪失だったらしい………」
「……………は?」

なんで、と聞き返したところで返事は来ないに決まってる。

「………………」

「………………」

「………朝飯でも食うか?」
「…………うん」

二人はのろのろとキッチンに向かった。












「というわけで、昨日までお二人とも記憶が飛んでしまっていたんです」
ホークアイは説明をおえてコーヒーカップを口許に持っていった。隣でハボックが頷き、その隣ではアルフォンスが珍しそうにきょろきょろしている。
「階段から落ちたのは思い出したよ。頭を打ったのか」
「けど、そんくらいで記憶がなくなるなんて信じらんねぇな」
ロイとエドワードは並んで三人の向かいのソファに座り、記憶がなくなる直前を思い出していた。
「信じられなくても、実際そうだったんだから仕方ないじゃん」
アルフォンスは部屋を見回しながら言った。兄が欲しがっていた大きなクッション。兄が好きな色で大佐とお揃いのスリッパ。幸せな新婚家庭にお邪魔しているようでなんだかくすぐったくなる。
「記憶戻ったんならもう通院しなくていいかもしれないし、とにかく病院行って頭を診てもらってきなよ」
「やな言い方だな」
エドワードが眉を寄せるのに構わず、ホークアイが身を乗り出した。
「大佐、数日とはいえエドワードくんと同棲なさっていたわけですから。責任はお取りになるんですよね?」
「せ、責任?」
怯んで言葉に詰まるロイに、ホークアイは真剣な目を向けた。
「一緒に暮らす、とはっきりおっしゃったのは大佐でしょう」
「ダメっスよ大佐、大将が好きだってしっかり言ってたじゃないスか」
「わ、私がか?」
「そう、あんたが!付き合ってくださいって、大将に言ってんの聞きました」
ハボックが珍しく真剣な顔で言うのを聞いて、ロイは戸惑い顔でエドワードを見た。
「兄さんもよろしくお願いしますって返事してたよ。大佐んちで暮らすって言ったのも兄さんだし」
横からアルフォンスが言うと、エドワードも戸惑ってロイを見た。
「とにかく今日はお休みですから、病院行ってから今後の相談をしてください」
ホークアイはコーヒーを飲み干して立ち上がった。来週は自分ちの番なのに、今アルフォンスくんが帰ってしまうのは困るわ。そう呟くと、隣で立ち上がったハボックも頷いた。まだ部屋は半分くらいしか片付いてないのに、今嫁さん(仮)を帰らせるわけにはいかない。
アルフォンスも苦笑しながら立ち上がった。ロイと一緒に暮らしたいと言った兄はとても幸せそうだった。きっと前から好きだったのに意地っ張りだから言えなかっただけなんだろう。ロイも同様なら一緒にいるのが二人にとって一番いいはず。
「じゃ、ボクまだ掃除があるし帰るね。またあとで連絡するよ」
「アル!おまえ冷たくねぇ?兄を見捨てる気かよ!」
エドワードから抗議の声があがるが無視。意地を張るのに自分をダシに使われるのはまっぴらだ。アルフォンスはホークアイとハボックを急かしてさっさと部屋を出て行った。



「……………」
「……………」
二人きりに戻ると沈黙が耳に痛い。
ロイはしばらく考えて、それから寝室へ向かった。
「着替えて来よう。病院に行って、あとはそれからだ」
「……うん」
二人はのろのろと着替えてのろのろと外に出て、ふらふらと歩き始めた。
自然にロイのほうへと差し出されたエドワードの手を、これまた自然にロイが握り返す。それから二人ともはっと気づいて慌てて手を離した。

手を繋がずに歩くことが寂しい。
どちらもそう思ったが、口には出さなかった。


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