昨日を探そう
話がついて、アルフォンスはじゃんけんに勝ったハボックの部屋に連行されることになった。三人は車に戻り、司令部へ向かった。
入れ違いにロイとエドワードが戻ってきた。たくさんの荷物を抱え、二人とも幸せいっぱいな笑顔を満開にしている。部屋のドアを開け、荷物をリビングに置いて、ロイはエドワードに向き直った。
そっと肩に手をかけて引き寄せれば、抵抗もなくエドワードが腕の中に収まる。
ロイの胸に、よくわからない感情が生まれた。
なんと表現していいのかわからない。安堵と歓喜と、そしてこれはどう言えばいいのだろう。長い間求めていたものをようやく手に入れた、達成感に似た気持ち。知らずに浮かんだ涙を隠すためにエドワードを強く抱き締めて、ロイは金色の髪に口付けた。
ロイの背中に戸惑いがちに手をまわして抱きしめ返して、エドワードはほっと息をついた。なにも覚えていないことに不安はあるが、なぜだかロイと一緒なら大丈夫と思えた。この人ならなにがあっても守ってくれる気がする。助け起こして行くべき道を示してくれる。それはきっと記憶をなくす前から自分の中にあるロイに対する絶対の信頼。
「エドワード、きみは料理はできるかい?」
「……わかんない」
「私もだ」
二人は買ってきた食材を眺めた。この家には料理に関する本はない。
「二人で作ろうか」
「うん」
どんなものができたとしても、きっと最高に美味しく感じるだろう。二人は笑顔でキッチンに向かった。
シチュエーションはどんなによくても不味いものは不味いと思い知るのは1時間後。
朝。ロイは目を覚まして、周囲を不思議そうに見た。
なぜ家にいるんだろう。確か司令部で仕事をしていたはずなのに。
ていうか裸なのはなぜだ。
そしてなぜ隣に金髪が見えるんだ。
まさか知らないうちに誰か連れ込んだとか?覚えはないが泥酔するほど呑んだんだろうか。
ロイはそっと毛布をめくってみた。
金髪で小柄な体がこちらに背を向けて丸まって眠っている。やっぱり裸。
きれいな背中のラインに目を奪われそうになって、ロイは慌てて首を振った。女遊びはきっぱりやめたはずなのにと思うと自分が情けなくなる。
きっと、あの子に似ているからだ。ロイは金髪に手を伸ばした。輝くような金髪と金の瞳を持つあの子と、体つきがよく似ている。
だが、似ていてもあの子じゃない。あの子が自分の家でおとなしく寝ているはずがない。
まるで猛獣だからな、とロイはため息をついて起き上がった。
見回してみれば、見覚えのないものが増えていた。洋服らしい紙袋が床にいくつか置いてある。隅にトランクもあった。
まさか押し掛け女房というやつか?冗談じゃない。
ロイはベッドを抜け出して急いで服を着た。洗面所に行くと真新しい歯ブラシがいつも使うコップに自分のものと一緒に入れてあるのを見て眉を寄せた。キッチンでは見慣れないマグカップを見つけるし、リビングに行けば知らないクッションが置かれている。
いつの間にこんなものを持ち込んだんだ。断りもなく勝手なことを。
イライラしてきた気分を無理やり鎮めて、なんと言って追い出せばおとなしく帰ってくれるだろうかと考えた。同棲なんぞするつもりはない。こんなの、万が一にでもあの子に見られたら今以上に嫌われてしまうじゃないか。
いや。
ロイはふと動きを止めた。
寝室の隅に置かれたトランク。
あれはあの子がいつも持っていたものとよく似てなかったか。
そう思って室内をゆっくり見回すと、コート掛けにかかった赤いコートが目に入った。
背中にフラメル。
見間違えようもなく、あの子の背負った紋章。
急いで寝室に戻り、トランクをまじまじと見つめた。あの子が持っているところを何度も見たが、じっくり観察したことがないので自信はない。
が、似てる。
他人のトランクに手を出すのはかなり気が咎めるが、ロイはベッドの様子をちらりと窺ってからそっと開けてみた。
真っ先に目についた手帳を恐る恐る開いて見る。
見慣れたくせ字で埋め尽くされた錬金術に関する雑事。手帳の最後のページに乱暴に書き殴られた、エドワード・エルリックという名前。
手帳を放り出してベッドに駆け寄り、眠っている体を乱暴に揺すった。
「うーん…誰だよ殴るぞコラ…」
呟きながらこちらを向いて嫌々目を開けたのは、どこからどう見ても。
「鋼の………」
首から下のそこら中に赤い痕をつけたエドワードは、その呟くような声で一気に覚醒した。
「た、大佐…?」
記憶を取り戻した二人は、呆然とお互いを見つめた。
なんだこれは。ここはどこで自分はなぜ裸なんだ。なんでこいつが一緒にいるんだ。
エドワードはパニックに陥った。疑問は頭に次々に浮かぶが声にならない。なんで。どうして。
「鋼の、とりあえず服を着たほうが…」
ロイが目を逸らしながらそう言って、そこでようやくエドワードは動けるようになった。慌てて毛布を掴んで被ろうとして、腰から下の言えない場所からの言いようのない痛みに悲鳴をあげる。
「ど、どうした鋼の!大丈夫か?ケガでもしてるのか?」
いつにないロイの焦った声になんでもないと唸るように返して、エドワードはまたベッドに丸まった。
「どこか痛いのか?見せてみなさい」
「絶対嫌だ死ね変態!」
「心配してやってるのに変態はないだろう!さっさと見せろチビ!」
「うるせぇハゲ!あっち行け!」
「ここは私の家だ!どこにいようが私の勝手だぞ」
「なんでオレがあんたんちにいるんだよ!」
「知るかそんなこと!こっちが聞きたい!」
二人はそこで息をついた。
エドワードは毛布から顔を出し、ロイはベッドに座り、お互いを見て。
「……なにがどうなったんだ……?」
「……わかんねぇ………」
ぼんやりと壁にかかったカレンダーを見た。
日めくりのそれは、二人が覚えている日付から1週間が過ぎていた。