昨日を探そう
二人が診察を受けたあとに医者に呼ばれた身内三人は、退院の許可をもらって病室へ行った。
ドアを開けると、すっかり支度がすんだロイとエドワードが笑顔で待っていた。
ロイは軍服。エドワードはいつもの黒ずくめに赤いコート。病院に来たときに着ていたままの姿の二人は、一見すれば普段とまったく変わらないが。
三人はどうしようもない違和感に目眩がした。
にこにこと笑顔で三人を見るロイとエドワードの手は、しっかりがっちり繋がれていた。
「……大佐、退院おめでとうございます。お迎えにあがりました」
最初に立ち直ったのは中尉だった。踵を揃えてきれいに敬礼する。いつものロイならそんな必要はないのだが、今は記憶をなくして別人になっているため、上官に対する態度を崩すわけにはいかなかった。
遅れてハボックも敬礼した。
「お荷物、お持ちします」
「ああ、すまないね。ありがとう。えーと…」
「こちらがホークアイ中尉、自分はハボック少尉、です」
背筋を伸ばしたままハボックが答えた。エドワードの名前はすぐ覚えたのに、なぜ自分達の名前は聞く端から忘れるんだろう。
「ホークアイとハボックか。うん、ありがとう」
ロイはにこやかに言って、アルフォンスを見た。
「きみはエドワードの弟さんだったね」
「あ、はい。アルフォンスです」
兄の豹変についていけずにエドワードを見つめていたアルフォンスが、はっとしてロイを見た。
「えーと、アル?オレってどこに住んでんの?」
ロイの横にいるエドワードがアルフォンスに問いかけた。手はいまだ繋がれたままだ。
「どこって…決まった家はないんだけど」
アルフォンスが言い淀むと、ロイは頷いた。
「それではなおさら都合がいい。アルフォンスくん、エドワードはうちに連れて行くよ」
「え?」
「ロイさんちで一緒に住むことにしたんだ、オレ」
「えええ?」
アルフォンスは呆然と兄を見た。そこまで話が進んでいたなんて。
しかし幸せそうなエドワードに反対とは言えなかった。いつもは意地っ張りで虚勢ばかりの兄が、こんなに素直に笑うなんて初めてかもしれない。弟として、兄が幸せになるのを一緒に喜んであげなくては。
「アル、反対なの?」
「そんなことないよ!」
兄の笑顔が曇ったのを見て、自他共に認めるブラコンのアルフォンスは慌てて首を振った。
「びっくりしただけだよ。おめでとう、兄さん」
「ありがと、アル」
また笑顔になって照れるエドワードに、アルフォンスも覚悟をきめた。こうなったらロイに色々責任取ってもらって、兄のこの笑顔が消えないようにしてもらおう。
アルフォンスはロイに頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「ありがとうアルフォンスくん」
話はついた、とロイは荷物を持ち上げた。ハボックが我に返って慌ててそれへ手を伸ばす。ロイは手をあげて制して、こっちを持ってくれとエドワードのトランクを差し出した。
なんて優しい。いつもの上司とは別人だ。ハボックは感動しながらトランクを受け取った。
エドワードとうまくいったというそれだけで傍若無人唯我独尊の上司が思いやり溢れた穏やかな上司になるなら、自分は応援してもいい。いや、させてください。これからの自分のためにも。
「じゃ、支払いは済ませてますんで。車へどうぞ」
「何から何まで、すまないな。ありがとう」
ロイからそんな言葉をかけられる日が来ようとは。
感動しすぎて言葉も出ないハボックの代わりにホークアイが当然のことですからと冷静に言った。
だが頭の中はポーカーフェイスからは想像ができないくらい激震に揺れている。誰これ。なにこれ。顔だけ同じな別の生き物じゃないの?これ本当に大佐?マジ?
しかしちらりと見ればやはり確かに我が上司だ。上機嫌で廊下を外へと歩きながら手を繋いだ恋人に優しく微笑んだりしている。
以前時々見かけていた、女性と街を歩きながら浮かべていたわざとらしく気障な笑顔とは違う、自然で暖かい眼差し。
うん、これよね。本来人間はこうあるべきなのよ。ホークアイは一人で頷いた。自信過剰で自意識過多な女タラシのロイは嫌いだが、今のロイなら好感が持てる。それがエドワードのおかげというなら、認めてあげてもいい。
三人はそれぞれが心の中で納得しながら、ロイとエドワードをロイが住む官舎に送っていった。