昨日を探そう
「あの、エドワードさん」
緊張のあまり裏返った声でロイが言ったのは、あと少しで昼食が来るという時間だった。
迷っていても時間は過ぎる。とにかく当たって砕けてみなくては。ロイは決意の瞳で隣を見た。
「は、はい?」
隣が気になって眠れるはずもなくぼんやりしていたエドワードは、それを聞いて跳ね起きた。
寝起きにしては真ん丸に見開かれた瞳に一瞬驚いたロイは、それでも真面目な顔でエドワードを見つめた。
「あの…お住まいはどちらですか」
「え…わかりません」
「私もなんですが」
「はぁ」
エドワードは戸惑ってロイを見つめ返した。こんなにも真剣な瞳を向けられて、どうしていいかわからない。
廊下を病室に向かって軍人二人と金髪の少年が歩いていた。ナースステーションの奥にかかった時計を覗きこみ、ちょっと早く来すぎたなぁと長身の軍人がぼやく。
「喫茶室か食堂くらいあるでしょ。とりあえず病室に顔を出して、それからゆっくり待ちましょう」
ホークアイが言うとアルフォンスが頷いた。
「結果はお昼過ぎでしたよね。兄さん達もそろそろごはんじゃないかなぁ」
廊下には料理の匂いが漂っている。
「入院生活って、楽しみは飯だけだもんな」
ハボックが笑った。
そのうち三人は病室の前に着いた。
三人ともが笑顔のまま立っている。誰もドアを開けようとはしない。
「開けなさいよ」
「いやぁ、中尉からどうぞ」
「じゃアルフォンスくん」
「ははは。嫌です」
病室の中にいるはずの二人が昨日やっていたお見合いを思い出せば、どうにも入りづらいというか入りたくないというか。
結局、そっとドアを数センチ開いて、またしても三人揃って部屋の中を覗きこんだ。
「では、あの…エドワードさんには、誰かお付き合いしてる人がいるんでしょうか」
相変わらず真剣な顔で質問するロイに、エドワードの心臓はどきどきしっ放しだ。
ロイは自分の頬が赤くなっているのを意識したが、この際それは無視することにした。
「えーと…わからないですが、多分いないんじゃないかと…」
「そうですか」
ロイはほっとして、ベッドを降りてエドワードに近づいた。
布団から出ていたエドワードの手をそっと握り、ロイはひたすら金色の瞳を見つめる。
「あの、もしよければ…私と、お付き合いしていただけませんか」
「え!ええ?オレと?」
エドワードは慌てたが、同時に嬉しくて心臓が飛び上がった。もう病院中に響いてるんじゃないかってくらいにどきどきとうるさい。
「あなたのことは昔から知っているような気がしてならないんです。きっとずっとあなたが好きだったに違いない」
「あ…オレも…あなたのことは知ってたような気がする」
エドワードは赤くなった頬を隠すように俯いた。握られた手が熱くて火傷しそうだ。
「えと…よろしく、お願い…します……」
ロイは返事ができなかった。夢じゃないのか。こんなに可愛い子がこんなにも真っ赤になって自分の告白を受け入れてくれてる。
嬉しさで呆然としていて、はっと気づくと目の前の可愛い金色が不安そうに自分を見ていた。ロイは慌ててがくがくと頷いた。
「こっ、こちらこそ!あの、エドワード…て呼んでもいいでしょうか」
「はい…」
微笑んで頷くエドワードを、ロイは夢中で抱きしめた。
「わお」
「予想外の展開だわ」
「てか兄さんキモい」
三人はドアを離れ、そのまま歩き出した。声をかけて邪魔をするのも躊躇われるので、ひとまず食堂に避難だ。
「まぁ二人とも別に恋人がいるわけじゃないし、いいんじゃねぇですか?」
「そうだけど。二人とも記憶がないんだから、そこは慎重になってほしかったわ。もしいたらどうするつもりよ」
「てかキモいです。記憶ないとみんなああなるのかな。ボク気をつけよう」
食堂は空いていた。三人は食券を買って椅子に座り、同時にため息をつく。
「とりあえず、あっちはあっちで丸く収まったってことでいいんじゃないスか」
ハボックは早速灰皿を引き寄せた。
「しっかし、見てるほうが恥ずかしいっつうか。オレ、ケツが痒くなりましたよ」
「私は背中が痒かったわ」
セルフサービスの水を3つテーブルに置いてホークアイがぼやいた。
「ボクは首んとこが」
アルフォンスが言い、三人はそれぞれの場所をがりがりと掻きむしった。
「では、あの…エドワード」
照れ臭そうに呼ぶロイに、エドワードは小さな声で返事を返した。真っ赤な顔で抱き合ったままで、もうすぐ看護師が昼食を持ってくるはずなんて二人とも頭から消え去っている。
「退院したら、うちに来ませんか」
「ロイさんち?」
「はい。できれば、一緒に暮らしたいなと」
「…………え」
なにもかもすっ飛ばしたプロポーズに、少しだけ躊躇ってからエドワードは頷いた。
「ありがとう」
今こんなに好きなのだからきっと前から親しくしていたに違いないとエドワードは思った。もしかしたら付き合っていたのかも。だったら、性急に思えるプロポーズも当たり前みたいに感じる。
快く承諾してくれたエドワードに、ロイの心は天高く舞い上がった。一目見たときから惹かれっぱなしなのだ。きっと以前から付き合っていた恋人だったに違いない。だったらプロポーズも同居も自然な流れなんだ。
この人はきっと、運命が連れてきた。
そう思いながら、二人は食事が来るまでお互いを抱きしめていた。
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