昨日を探そう





夕食がすんで食器が下げられると、あとは完全に二人きりだ。アルフォンスも部下達もとっくに帰っていた。介護の必要がないのだから当然なのだが、エドワードは居たたまれない。
アルフォンスとかいう奴、弟だと言うわりにはあっさり帰りやがって。頭の中でぶつぶつ言いながら隣を見ると、窓を眺める黒髪の男が見える。横顔もカッコいい、と思ってからエドワードは慌てて下を向いた。買ってきてもらった雑誌を適当にめくるが、なにが書いてあるのかなんてまったくわからない。意識を全部隣に持っていかれて、エドワードは困り果てていた。

ロイは窓の外を眺めるふりをして、そこに映る隣のベッドを見つめた。なにか雑誌を読んでいるその横顔も可愛くて美しい。
見舞いに来ていた男は弟だと言っていた。それを聞いて心底ほっとした自分に気づいて、もうダメだと思った。一目惚れ。なにもかも隣に持っていかれた。男だろうがなんだろうが関係ない。勇気を出して告白するべきか。だがもしもすでに決まった誰かがいたらどうしよう。これだけ可愛い子なら、もう虫がついていたっておかしくない。
自分の部下だとか言っていたあのやたら背が高い男。やけに隣と親しげだったが、まさかあいつじゃないだろうな。違うとは思うが、もしそうだったらケツに火つけて屋上から突き落とさねばなるまい。

エドワードはそっとまた隣を見た。これだけカッコいいんだからモテるんだろう。もう結婚とかしてるかもしれない。部下という人しかお見舞いに来てなかったけど、奥さんか恋人はまた明日来るのかも。
それとも部下の一人にきれいな人がいたからあの人だろうか。
そうだとしたら勝ち目はない。エドワードは小さくため息をついた。きれいな顔で優しく笑うあの人には自分も好意を持ったくらいだ。この人だって好きにならないはずはない。

小さなため息が聞こえて、ロイは長身の部下に対する物騒な想像をやめて窓ガラスに映るエドワードに意識を戻した。
なぜだか悲しそうな顔をしている。どうしたんだろう。どこか痛いんだろうか。それとも恋人が来なくて寂しいんだろうか。
自分ならあんな顔はさせない。寂しいと思う暇なんか与えない。大事にするのに。


消灯ですよ、と看護師が微笑んで明かりを消して行った。エドワードは雑誌を脇に置いた。ベッドには小さな明かりがあるが、点けてまで読むような記事もないし第一頭にまったく入らない。諦めてそのまま布団に潜り込んだ。
ロイはそれを見て、ベッドから出て窓のカーテンを閉めた。眠るなら街の明かりはうるさいだろうと思ったのだが、閉めてみてから気がついた。ドアは閉まっているし、他には誰もいない。カーテンまで閉めたらまるで密室だ。
急に心臓が駆け足で鳴り始め、ロイは慌ててまたカーテンを開けた。だがやはり開ければ遠慮なくネオンが輝いて眠りを妨げる。
閉めるとどきどきするし、開けたら邪魔だし。
「あの、どうかしたんですか?」
エドワードが布団から顔を出した。
「え?いや、別に」
ロイがごまかすように笑いながら振り向くと、目に入るのは乱れた金髪と少し眠そうなぼんやりした金瞳。

その姿は、まるで。

焦って視線を引き剥がして窓に向き直り、ロイはカーテンを意味なく開け閉めした。
「いやぁ、カーテンレールがね!なんだか調子悪くて!」
妙に歯切れよくそう言ってカーテンを引っ張ると、ビリッと音がした。カーテンはフックがついた部分が破れ、そこからまったく動かなくなった。
「……ほんとに調子悪そうですね」
「………ええ」
半分閉まって半分開いたカーテンをそのままに、ロイはそっとベッドに戻った。


翌日は朝から検査があり、昼過ぎに出る結果を待って退院、と看護師が言った。
「退院……」
エドワードはちらっと隣を見た。ロイはエドワードが貸した雑誌を読んでいる。その横顔に、中途半端に開いたカーテンの向こうから日差しが当たっていた。眩しくないんだろうか。
この人には誰か待っている人がいるに違いない。エドワードは下を向いた。きっと庭付きの可愛い家にきれいな奥さんとか恋人とかが待っていて、そこへ帰れば自分のことなんて忘れてしまうんだろう。そう思うと寂しいが、仕方ない。エドワードは時計を見た。弟とやらが迎えに来るのは昼過ぎだ。もうちょっと寝よう、と思って布団に入った。

ロイはページをめくっていたが、目はなにも映していなかった。意識はすべて隣に向いている。
昼過ぎには退院。そしたらこの子はどこに帰るんだろう。自分がどこに帰るのかもよく知らないが、自分より隣の子のほうが気にかかる。遠くへ帰るんだろうか。二度と会えないかもしれない。きっとこの子はすぐに自分を忘れてしまうだろう。それは耐えられない。できれば一緒にいたい。退院してからもずっと。
隣は時計を見てから布団に入ってしまった。迎えが来るまで暇なんだろう。自分も昨日の部下とやらが昼には迎えに来るはずだ。軍服を着た部下に敬礼されるということは自分はある程度高い地位にあるはず。だったら帰りたくないなどとゴネるわけにもいかない。
どうしよう。今を逃せば、もうこの子には手が届かない。



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