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昨日を探そう







ハボックは上司の部屋を目指して歩いていた。時計は昼をとうに過ぎていて、腹の虫がなにかくれと訴えている。さっさと食事に行きたいが、その前に執務室に缶詰めになっている上司に声をかけなくてはならなかった。もう一人の麗しい上司に頼まれたからだ。
「大佐も昼食に連れてってちょうだい。目を離さないでね、逃げるから」
せっかくの憩いの時間に上司と一緒というのもアレだが、美しい上官には逆らえない。バラに刺があるように、彼女には比類なき銃の腕がある。

ため息をつきながら執務室の前に立つと、中はずいぶんと賑やかだった。
何十人が騒いでいるのかと思うほどの声がする。が、よく聞けば声は2種類しかない。
またか。
ハボックは眉を寄せて、嫌そうにドアを開いた。

「だからきみはいつまでたってもチビなんだ!」
「うるせぇ!てめぇこそ最近生え際が怪しいくせに!」
「怪しくてもまだ大丈夫だ!きみのチビは怪しいどころじゃなくあからさまにチビだろう!」
「何度も言うな童顔ハゲ!仮眠室の洗面所に育毛剤隠してんの知ってんだぞ!」
「何度でも言うぞ飯粒チビ!きみこそ靴こっそり上げ底してるだろ!」

うるさい。
ハボックはため息をついた。なんでこうもこの二人は仲が悪いんだ。顔を合わせれば罵りあいの怒鳴りあいで、穏やかに話をしているのを見たことがない。

「二人ともやめましょうよ。昼飯の時間ですよ」
割って入ってそう言えば、ロイとエドワードはお互いを睨んでからふんっと横を向く。
「子供ですかあんたら」
「だって少尉、このくそハゲがさぁ」
「聞いてくれハボック、このくそチビがな」
「はいはい、わかったから」
それぞれ言い分はあるらしく、それを第三者に聞いてもらおうと必死だ。だが相手をしていたら休憩が終わってしまう。ハボックは今入ってきたドアを開けた。
「いい加減にしねぇと食いっぱぐれますよ」
先に出ていくハボックに、渋々二人がついていく。横目で睨みあいながら歩く二人にハボックは肩を竦めた。そんなに嫌いなのに、なんで二人揃ってついて来るんだろう。

歩いていると脇のドアが開き、ホークアイが顔を出した。三人を見て、ちょうどよかったと手招きする。
「なんスか?」
「あのね、さっきのこの書類なんだけど」
ホークアイの持つ紙にハボックが足を止めた。なにか不備が?と聞く間に、ハボックの後ろにいた二人はずんずん先へ行く。
お互いをちらりと睨み、すぐに反対を向いてぼそりとひとこと。
「チビ」
「ハゲ」
そしてまたお互いを見る。なんと言えば言い負かすことができるだろうか。頭の中はそれだけ。
無駄に頭がまわる分、悪口も切り返しも早い。たちまち二人はまた激しい言い争いを再開した。

ギャーギャーと聞こえる喚き声をいつものことと無視して、ハボックとホークアイは書類を見つめて話を続けた。

突然、言い争う声が途切れた。
不審に思って振り向くより早く、叫び声と一緒に響く派手な異音。
慌ててそっちへ走ったハボックが、廊下のすぐ先の階段の下に倒れているロイとエドワードを見つけた。

「キャー!」
絹を裂くようなハボックの悲鳴が司令部に響き渡った。












「言い争いしてて、前見てなかったんでしょうね」
「どっちもバカっていうか」
「まぁでもたいした怪我がなくてよかったわ」

軍病院の一室で、ハボックとホークアイとアルフォンスはほっとしたように笑いあった。
清潔な部屋の中にはベッドが2つ。間にカーテンはあるが、今は開け放たれている。それぞれのベッドに、ロイとエドワードが眠っていた。

階段をまともに落ちたわりには、打ち身程度しか怪我はない。頭を打って脳震盪を起こしているが、検査で異常は見られなかった。目を覚ましてからまた診察があって、それでOKが出れば帰れる。
「無駄に頑丈よねぇ」
「石頭ですよねー」
あははは、と和やかな笑いが響く中、二人が眠るベッドが軽くギシリと音をたてた。
エドワードにはアルフォンスが、ロイには二人の部下が、それぞれベッドに駆け寄って顔を覗きこむ。エドワードもロイも目を開けていて、ぼんやりとした顔で自分を見る人達や病室を見回していた。

「よかった!兄さん、大丈夫?」
「大佐、気分はどうですか?」
「すぐ医者呼びますね」
口々に言う三人をぼーっと眺めて、ベッドに横たわったまま怪我人二人は同時に口を開いた。



「………どちら様ですか?」


「…………は?」


ロイもエドワードも、頭の中が完璧にリセットされていて。

部下のことも弟のことも、自分が誰なのかすら、きれいさっぱり忘れていた。



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