結婚するって本当ですか
その15・あけましておめでとう
窓の外をぼんやり見つめて座り込んでいる兄に、ごはんは食べないのかと聞いてみた。
んー、とかいう返事らしきものを喉の奥で唸って、でもそこから動かない。
「窓の傍は冷えるよ。風邪ひいちゃうよ」
「んぁー」
兄は人間をやめたのだろうか。さっきから唸り声しか出さない。
夜になって降り始めた雪は本格的になっていて、外は真っ白だ。街の明かりが滲んだように浮かんでいる。
ご馳走を並べて、ボクも頬杖をついて椅子に座っている。お腹は空いてるけど、誰もまだ食べないのに一人で先に手をつける気にはならない。せっかく頑張って作った料理がどんどん冷めてしまっていくのを眺めるのは空しいものがある。
「兄さーん……」
「先に食えよ」
「やだよ、大晦日に一人でごはんとか」
「気にすんな」
「なるよ」
ようやくしゃべったと思ったらこれだ。振り向きもしないで、窓に張りついたまんま。
時計は深夜に近づいていく。もうすぐ新しい年が明ける。
大学の友達から誘われたパーティを断ってよかったと思いながら、窓に近寄って兄の背中に毛布をかけた。ちょっとだけこっちを見上げて小さく礼を言う兄に苦笑して隣に座る。外はもう積もり始めていた。
「きれいだねぇ」
夜中だけれど、もうすぐ新年だからだろう。あちこちの家にまだ明かりがついている。さすがに出歩いている人はいないようだが、よく見えない。
闇と雪のコントラストが、ひどく美しく見えた。
同時に冷えてくる体に違和感を覚える。去年の今頃はまだ鋼鉄の体をしていて、寒さはまったく感じなかった。傍に来る人が冷えないようにと距離を置くのが癖になっているようで、わずかに兄から離れて座った隙間に冷たい空気が滑り込んでくる。
「おまえも風邪ひくぞ」
兄がこそりと身動きして、暖かい体をくっつけてきた。毛布の端をあげてみせるから、そこに身を寄せて一緒に被る。
暖かい。
「よく降るねぇ」
「明日の朝積もってたら、雪合戦やろうぜ」
「兄さん石とか混ぜるからなー」
「あれはたまたまで!おまえもほら、固かったから…」
「あとから板金するの大変だったんだよね。微妙なカーブとか、なかなかうまく直せなくて」
兄の投げた雪弾で鎧がへこんだことがある。
ごわん、と空洞に轟音が響いて、ボクは痛みなんか感じないのにまわりの人がすっ飛んできて怪我はないかと心配してくれた。兄も心配そうな顔で何度も謝ってくれた。
へこんだことよりも、そんな皆の反応にびっくりして。
そして、嬉しかった。
司令部の中庭での雪合戦で、一緒にいたのはいつものメンバーで。皆、ボクの体のことを知っていたはずなのに。
『大丈夫!?』
青い顔をしたフュリー曹長とホークアイ中尉が駆けてきて。
『怪我はねぇか?』
ブレダ少尉とハボック少尉がへこんだ場所を撫でてくれて。
『なんともなくてよかった』
ファルマン少尉が微笑んで。
車が一台、音もなく家の前に止まった。
兄が毛布をはね除けて玄関に駆け出していく。
ほどなく、
「おかえり」
「ただいま」
照れ臭そうな兄の声と、それに答える優しい声。
『血印は無事か?』
雪合戦を眺めていて石が当たった音で驚いて立ち上がって、そう聞いた人。
錬金術師らしい心配の仕方に、思わず笑った。
「ただいま、アルフォンス。なんだ、まだ食べてなかったのか?」
雪で濡れたコートを脱ぎながら、兄の夫が入ってきた。
「はい。てか兄さんが、准将が一緒じゃなきゃ食べないって」
「言ってねぇもん!」
真っ赤な顔で怒鳴る兄を見て、義兄は笑ってその頬にキスをした。
「ボク、温めてきますね」
立ち上がると、兄も急いでキッチンに走った。兄が手伝うと必ずなにか壊すかひっくり返すかするから困るんだけど。
毛布をソファに投げたボクに、義兄は微笑んだ。
「寒くないか?風邪をひくぞ」
「大丈夫です」
ただ厳しい人だと思っていたこの人が本当はとても優しいのだと気づいたのはいつだっただろう。
兄を見初めてくれて、結婚したいと言ってくれて、ボクはこの人の家族になれた。
あのときは、いるかどうかも知らない神様にとても感謝したっけ。
この人なら兄を幸せにしてくれる。
この人なら。
そう思った自分の判断は間違ってなかったと、こんなときに思ったりする。
時計がちょうど0時を指した。
「あけましておめでとうございまーす!」
「今年もよろしくー!」
元気よく言うボクたちに、義兄は照れたように笑った。
「こちらこそ、よろしく」
大晦日の深夜まで働いていた義兄にせめてもの癒しを。
ボクは食事が終わると同時に、引き留める声も聞かずにさっさと部屋に入ってベッドに潜り込んだ。
あとは兄と二人きりで、好きなようにやってください。
新年、あけましておめでとう。
END,