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結婚するって本当ですか



その14・話し合いは浴槽で➃



さて、どうすればいいかな。ロイはバスルームを見回した。昨夜使ったきりの浴室は、乾いているが冷えきっている。明かりがついていないため、余計に寒く感じた。
「……鋼の、とりあえずシャワーでも浴びようか」
「シャワー?」
「私は汗を嫌というほどかいたし、きみもずっとここにいたなら冷えてしまっただろう。暖まってから場所を移そう」
「………………」
エドワードはロイを睨んだ。話はまだ終わってないと言いたそうなその顔に苦笑する。
「鋼の。私にとって、その話題は議論するに値しない。話し合う必要はないよ」
「なんで!だって…」
「私の子供が、なんて言ってくる女なんて存在しない。もしいたら、それは詐欺師だ」
言い切ってみせれば、エドワードの眉が寄った。
「嘘をついて人を騙すのは罪だろう?遠慮なく警察にでも突き出してやれ」
「…………そんなん言って、大丈夫なわけ?ほんとにもし来たら……」
「来ないよ」
ロイは自分を見つめてくる金色を抱きしめた。
「私はきみに夢中なんだ。結婚する前より愛してる。よそで遊ぶ暇があるならきみと遊ぶよ」
「遊ぶって」
「そうだな、例えば」
ロイはエドワードの耳に唇を寄せた。
「オトナの遊び、とか?」
エドワードの瞳が真ん丸になって、頬が真っ赤に染まった。ロイはくすくす笑いながら、熱くなった頬にキスをした。涙の味が口に広がった。
「誤魔化すなっつーの」
唇を尖らせて顔を背けるエドワードにまた笑って、ロイは妻の背中に回していた手を服の下に滑りこませた。長い時間浴槽にいたエドワードの体はすっかり冷えきっている。
素肌に触れられて身を捩るエドワードを抱きしめたまま、ロイはその服を脱がせようと片手を器用に動かした。
「誤魔化しじゃないよ。私にとってはそれだけの、とるに足らない話題ということだ」
「だからって。なにやってんだよ、こんなとこで」
焦ったエドワードの声が胸元で響く。
「おや、知らなかったかい?バスルームと夫婦の寝室では服は脱ぐものなんだよ」
「……………出る!離せ!」
「嫌だね。このままじゃお互い風邪をひくだろう」
「あ、アルがもし帰ってきたら………!」

「ボクが、なに?」

いきなりバスルームのドアが開き、もうひとつの金色が顔を出した。

「おや、アルフォンス。泊まりじゃなかったのかい?」
抱きこまれたまま驚いて呆然とするエドワードから目を移して、ロイは平然と笑った。アルフォンスもにっこりと笑う。義兄が気配に聡いことくらいわかっていた、という笑顔。
「はい。忘れものがあって、取りに帰ったとこなんです。そしたらお風呂で声がするし、明かりはついてないし、ボクどうしようかと気を使っちゃった」
「き、気を使うって……」
なにに、と聞く兄を無視して、アルフォンスはロイを見た。
「義兄さん、冷蔵庫にゴハン入れてますから温めて食べてくださいね」
「ああ、ありがとう」
「それと、いつまでもそんなとこいると本当に風邪をひきますよ。お湯入れて、あったまってください」
「わかった」

「なんで二人ともそんなに普通に会話してんだよ!」

エドワードはロイの手を振りほどいて立ち上がった。髪はめちゃくちゃ、服は乱れきって半分脱ぎかけ。その姿にアルフォンスが肩を竦めてみせた。
「まだ結婚して半年だしさ。いろんなプレイを楽しみたい気持ちはわかるから、あえて触れないようにしてあげてたのに。兄さんたら、ボクの優しさがわかんないのかな」
「ぷ、ぷれいって………」
「じゃ、ボク戻るから。皆待ってるし」
アルフォンスは笑顔でロイを見た。
「じゃあ義兄さん、また明日」
「飲み会かい?あまり飲み過ぎないようにな」
「はい。義兄さんも頑張って」
「な、なにを頑張るの」
アルフォンスが言った言葉で、エドワードの顔がさらに赤くなる。どうやらそっち方面にしか頭がいっていないらしい。
だが、ロイには正確に伝わった。忘れ物というのは嘘で、多分街中で必死に走るエドワードか自分を見かけて心配して帰ってきたんだろうとロイは見当をつけていた。泣き声も会話も聞いていたはずなのに、アルフォンスは信頼しきった瞳で自分を見つめてくる。
「頑張るよ。お兄さんは任せてくれ」
微笑んで頷くと、アルフォンスはほっとしたように笑った。

ぱたぱたと足音が遠くなり、やがて玄関ドアが閉まる音がした。
しんとした家の中で、エドワードは突っ立ったまま呆然とドアを見つめている。
「鋼の、ほら手をあげて」
後ろに立ったロイが服に手をかけた。
「な、なに」
「脱ぐんだよ。シャワー」
「一人で浴びる」
「許可できんな」
エドワードの抗議を無視して、ロイはさっさと残りの服を剥ぎ取った。手早く自分も脱いで、熱いシャワーを勢いよく降らせる。その雨の中で、エドワードは顔どころか全身真っ赤になって必死でロイから目を逸らして壁を向いていた。

抱き寄せれば素肌が触れる。そこからじわりと溶け出す暖かいなにかが体の奥に染み込んで熱を灯す。

こうすることだけが全てじゃないことくらいロイにもわかっていた。触れ合わなくても伝わる愛情もある。傍にいなくてすら伝わる気持ちも確かにある。けれど、まだ自分たちはその境地に達していない。エドワードには、伝わらないものが多すぎる。
だったらこうして、何度でも触れよう。
何度でも愛を囁いて、何度でも抱いて。

いつか、この子の瞳から不安がなくなる日まで。

たくさんの方法で、たくさんの愛を伝えよう。

とりあえずはここから。

「愛してるよ」

言えば腕の中の体が少しだけ動いた。


「……………オレも」




小さなその声はシャワーの音に紛れたが、ロイの耳にはしっかり届いた。








END,
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