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結婚するって本当ですか



その14・話し合いは浴槽で➁




走って走って、見つけることができないままロイは自宅に帰ってきた。
真っ暗な家に、そういえばアルフォンスは大学の友人の家に泊まると言っていたのを思い出す。頼りになる義弟が留守なら、やはり自力で探すしかない。ロイはため息をついて玄関の鍵を開けた。
走り回ったために汗で濡れてしまったシャツを脱ぎ、洗濯機に投げ入れてからふと周囲を見回した。
誰かの気配がする。
それは、必死で探していた愛しい妻のもの。
ロイはきょろきょろと見回して、それからバスルームのすりガラスのドアを見た。その向こうは真っ暗。だが、確かに気配はそこだ。
ロイはドアをそっと開けた。
脱衣室から差し込む明かりに、空っぽの浴槽の中で金色が反射して光っていた。

「………鋼の」

やっと見つけた。

ロイは力が抜けていくのを感じて思わずドアにすがった。家出するとか言うから外を探したのに、こんなところに隠れていたとは。

「鋼の、探したよ」
「うるせぇ」
間髪入れずに返ってくる声は震えていた。浴槽に近づいて覗きこむと、ふいと横を向くエドワードの頬が涙に濡れている。
「鋼の、すまない」
ロイの言葉に、エドワードの瞳からまた涙が零れた。
「ほんとにすまない。その、つい……」
浮気を疑ったことは反省している。それをどう言おうかとロイが言葉を切ったとき、エドワードは浴槽の壁を見つめたまま眉をぎゅっと寄せた。
「……謝るってことは、認めるんだな」
「ああ、悪かったよ。もうしないから」
ロイはエドワードの涙を拭おうと手を伸ばしたが、触れる前に弾かれた。
「触んな」
「鋼の…」
「あんたなんか知らねぇ」
同じ言葉を言われて、ロイはため息をついた。プライドの高い子だから、疑われたのが我慢できなかったんだろうとは思うが。
なにも知らないで、いきなりあんな場面を見たら誰でも疑ってしまうんじゃないか。
「鋼の、話を聞いてくれ」
ロイが懇願するように言うと、エドワードは俯いて膝を抱く手に力をこめた。
「話ならもう聞いた」
「……え?」
「あの人に聞いた。だからもういい」
あの人というのは、あの赤毛の女性のことだろうか。ロイは考えたが、さっぱりわからない。
「なんの話だ?」
仕方なく素直に聞いたのに、エドワードはますます膝を強く抱いてそこに顔を埋めてしまった。
「……なに言ってんだ。さっき謝ってたじゃねぇか」
「あれは」
「認めたから謝ったんだろ。もういいよ」
疑ったことは認めたが、どうも様子が違う気がする。ロイはエドワードの肩に手をかけて優しく揺すった。
「鋼の、もっとよくわかるように話してくれないか」
「触んなっつったろ」
呟くように言うエドワードは、もう手を払い退ける気力もないらしい。ロイはなるべく優しい声をと心がけて口を開いたが、どうしても焦りが出てしまうのを抑えられなかった。こんなエドワードは初めてだ。怒ったら怒鳴るか暴れるかしかない彼が、こんなに静かにただ泣いているなんて。
「話すことなんてない。あんたは認めたんだし、だったら別れなきゃ。明日にでもアルが帰ったらすぐ出て行くから、だからそれまでオレのことはほっといてくれ」
「鋼の」
ロイは泣きたくなった。
「確かに、疑ったのは悪かった。きみは浮気なんてするような子じゃないのに。でも、そんなことひとつで別れなきゃならないのか?」
愛してるんだ、鋼の。私を捨てないでくれ。
ロイがそう言うと、エドワードは顔をあげて夫を見た。涙で腫れた目で睨むエドワードの少しでも傍に行きたくて、ロイも浴槽の中に入って正面から向き合った。エドワードの座る浴槽の中はひどく冷たくて寒かった。

「なに言ってんだ、大佐。オレじゃないよ、あんたがオレを捨てるんだろ?」
「………は?」
向き合った早々言われた言葉に、ロイは目を見開いた。
「あの人、赤ちゃんができたって。だったら、あんたは責任とらなきゃ。オレと別れて、あの人とちゃんと結婚しなきゃいけねぇだろ」
それが当たり前じゃねぇか、と言うエドワードに、ロイは目眩を起こして浴槽に頭をぶつけた。

なんてこった。

彼女はいったい、どんな言い方で話をしたんだ。
ロイは痛む頭を押さえてエドワードを見た。エドワードは悲しそうな、それでも決意の瞳で見つめてくる。

どう言えば、誤解が解けるのだろうか。

ロイは浴槽のふちに頭を預けたまま途方に暮れた。



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