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結婚するって本当ですか


その14・話し合いは浴槽で



意外に早い時間に職場を出ることができて、ロイは上機嫌で街を歩いていた。結婚してからこっち早く帰りたい一心で職務をこなしているせいか、美人な副官がなんだか優しくなった気がする。まだ外が明るいうちに帰宅させてもらえるなんて、明日は嵐ではなかろうか。
司令官の立場にあるロイが下士官であるホークアイに帰宅の許可をもらうということはよく考えればおかしなことではあるのだが、昔からそうだったためロイの中に疑問はない。たまにどちらが上官だかわからなくなるときがあるが、ロイは深くは考えないことにしていた。美人が無表情で怒るときほど怖いものはないからだ。
他にはまだ誰も手が空かないため送迎の車もなく徒歩での帰宅になったが、ロイはそれでも上機嫌だった。たまには悪くない。一歩ずつ家に近づくたびに、そこで待つ新妻にも近づくことになるのだから。
浮き立つ気持ちを抑えつつケーキでも買って帰ってやろうかと商店街を見回すロイの目に、一軒の喫茶店が止まった。
道路に面したガラスのドアから出てくるのは、今想っていた可愛い妻。
嬉しくなってそちらへ近づこうとして、ロイの足が止まった。
妻に続いて出てきたのは、赤い髪をした女性だった。

普通なら女友達とお茶を楽しんでいたのだろうと笑ってすませるところだが、ロイの場合は些か事情が違った。所謂同性婚で、妻はれっきとした男性。つまりこれは立派に浮気を疑う場面になる。

立ち止まって見つめる向こうで、エドワードもロイに気づいた。怯えたように目を見開く自分の妻に、ロイは眉を寄せて足早に近づいた。
「鋼の、」
これはどういうことだ。そう問おうとしたロイに、赤毛の女性が微笑んだ。
「マスタングさん!」
「はい?」
驚いて見るロイに、女性はにっこりと笑った。
「お久しぶりです。お会いしたかったわ」
……誰だっけ?
一瞬考えて、それから思い出したロイは笑顔を作った。
「ああ、お久しぶりです。お元気そうで」
俯いていたエドワードは、黙ったまま歩き出そうとした。慌ててロイがその腕を掴まえたが、すぐに振りほどかれて睨まれる。
「鋼の」
「うるせぇ!」
エドワードは駆け出した。
「待て、鋼の!どうしたんだ!」
焦ったロイの声に、エドワードは走りながら振り向いた。
「あんたなんか、もう知らねぇ!家出してやる!」
「な…………」
言われた言葉にロイが呆然としている間に、エドワードは見えなくなった。

家出。ということは離婚?

そんな。結婚してまだ半年しか経ってないのに。

「……あの、マスタングさん?」
後ろから遠慮がちに声をかけられて、ロイは我に返った。振り向くと赤毛の女性は困惑した顔でエドワードが消えた方向を見つめている。
「私……もしかして、おとりこみなところにお邪魔したのかしら」
「いやその」
うまく言い繕う言葉が思いつかなくて、ロイは誤魔化すように微笑んだ。
「結婚式以来ですね。今日はまた、どうして…」
「私達の結婚式のときには、参列してくださってありがとうございました」
女性は笑った。その顔がぎこちないのは、他人の痴話喧嘩に居合わせてしまった気まずさからくるのだろう。
「マスタングさんのご結婚は、主人から色々聞いておりますの。奥様は有名な方ですし、私もお顔くらいは存じておりまして。お見かけして、つい声をかけてしまって」
「そうでしたか」
女性の夫を思い出しながらロイは頷いた。昔の部下だった男に、知り合いの友人だったこの女性を紹介したのは自分だ。あっという間に結婚したのには驚いたが、結婚式はこじんまりしていて暖かくて幸せそうだった。
「あいつは元気ですか?同じ司令部にいても、部署が違うとなかなか顔を合わせる機会がなくて」
「それは仕方ありませんわ。マスタングさん、偉くなられたもの。お忙しいのでしょう?主人からたまにお噂を聞きますけど」
女性の笑顔は夫を想ってだろう、穏やかで優しかった。
「ああ、そういえば。さっき奥様にも言ったんですが」
女性は自分のお腹にちょっと触れて笑った。
「赤ちゃんができましたの」
「そうですか。ようやく」
ロイも笑顔になった。結婚はずいぶん前だったが、子供がなかなかできないと以前聞いた。
「本当に、ようやくですわ。私ったら嬉しくて、色んな人に言いふらして歩いてますのよ」
頬を染めて言う女性は、もう母親の顔をしていた。ロイは祝福の言葉を言い、生まれたら知らせてくださいと言って女性と別れた。

にこにこしながら歩き去る女性を見送ってから、ロイはエドワードが消えた方向へと走り出した。

なんでエドワードが逃げ出したのかがわからない。
一瞬でも浮気を疑ってしまった自分に気づいたのだろうか。

掴まえなくては。
謝らなくては。

ロイは周囲が暗くなるまで、街の中を走り続けた。



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