結婚するって本当ですか




その12・いない



二次会という名の拘束がようやく解け、ロイはふらつく足をどうにか動かして店を出た。

自分の結婚を祝いに来たんじゃないのか。なぜみんな邪魔をするんだ。
腕時計は深夜2時を指している。ロイは目の前にいたタクシーを乱暴にがんがん叩いた。
よろめきながらドアをすり抜けて座席に座り、行き先を告げてため息をつく。なぜか隣に乗ってきて椅子の背にもたれかかっているハボックを睨んで、こんな時間まで帰らせてもらえなかった文句を言おうと口を開く。
が、出てくる言葉は自分でも意味不明。答える相手も呂律がまわってなくて、うにゃうにゃもにょもにょと酔っぱらい同士でなにやら言い合う二人に、タクシーの運転手は肩を竦めて走り出した。


自宅に着いて代金を払い、よろよろふらふらと酔っぱらいが二人肩を組んで玄関へと歩く。だるい腕を動かしてノブをまわそうとするが、玄関には鍵がかかっていた。
「あれ?開いてない」
「あはははー。あんま遅いから怒っちゃったんじゃねぇスかぁ?」
そんな、と思って顔をあげると、家にはどこにも明かりがついてなかった。

焦ったロイが手を合わせ、錬金術でドアを破壊して中に入ると、キッチンもリビングも静まりかえって暗かった。冷え冷えとした空気が、人がここにいた形跡がないことを示している。

一気に酔いが引いていく。
なぜ誰もいないんだ。今日自分の妻になったばかりのあの子はどこに行ったんだ。
寝室に行っても無人。バスルームや書斎も同じ。アルフォンスの部屋も見たが、そこにも誰もいない。

本当に、いない。

ロイは階段に座りこんだ。










「うわぁ、なにこれ!」
破壊されたドアに驚いたアルフォンスは、中に入ってまた驚いた。

玄関ホールにはハボックが倒れて眠っている。

その向こうの階段には、ロイが座ってぐすぐす泣いている。

家中に立ち込めるアルコールの匂いに顔をしかめて、アルフォンスは恐る恐る階段に近づいた。
「あのぅ…大佐?どうしたんですか?」
ロイはがばっと顔をあげ、アルフォンスを見て声をあげて泣き出した。
「は、鋼のがいないんだ。どこにもいないんだ。私が、遅くなったから」
「…………はぁ?」
怪訝な顔のアルフォンスに構わず、酔っぱらいは舌足らずに泣いて喚いた。
「私に呆れて出て行ってしまったんだ。愛してるのに。鋼の、どこに行ったんだー!」
「ちょっと落ち着いてください」
アルフォンスはキッチンへ走り、水をグラスについで戻ってきてロイに渡した。
「さ、これ飲んで。深呼吸して。はい吸ってー吐いてー」
ロイはしゃくりあげながら言われた通りに深呼吸する。アルフォンスはため息をついて背を伸ばし、座ったままの義兄を見下ろした。

「大佐、今日は結婚式だったでしょ?今夜は市内のホテルに泊まって明日旅行に行くことになってたじゃないですか」

「……………………あ」

酔っぱらいははっとした顔をして立ち上がった。
涙で頬を濡らしたまま、玄関に横たわるハボックを踏みつけて外へ急ぐ。ハボックは「ぐわ」とひとこと言ったきり、また眠ってしまった。
どんだけ飲んだんだ、と呆れながら、アルフォンスは走り出ようとするロイを捕まえた。
「今タクシー呼びますから!待ってください!」
「でも、早く行かないと鋼のが!」
「兄さんはどこにも行きません!大丈夫だから!」
酔っぱらいの腕を捕まえたまま電話でタクシーを呼び、玄関先に座って通りを眺める。
なんだかなぁ、とアルフォンスはくすっと笑った。
ロイが泣くところは初めて見た。酔ってるせいもあるだろうが、エドワードがいないというそれだけでこんなに泣くとは。
「兄さんは幸せですねぇ」
なにげなくアルフォンスがそう言うと、ロイはさらに涙を溢した。
「鋼のは呆れただろうか。嫌われてないだろうか。もうあんたなんか知らないとか言われたら私はどうしたらいいんだろう」
「言いませんよ。大丈夫だってば」
門の前に到着したタクシーにロイを押し込んで行き先を言って見送って、さて、とアルフォンスは玄関を見た。まずはドアを直して、それからマグロのように横たわっている酔っぱらいをなんとかしなくては。











ホテルに着くと、酔った頭にもなんとか記憶が戻ってきた。部屋のドアをそっと開けて様子を窺うと、中はカーテンの隙間から差し込む月明かりのみ。
ロイはベッドに近づいた。
金色の髪が見える。
体の形に膨らんだ毛布が、呼吸にあわせてわずかに上下していた。

「鋼の」

小さな声で呼ぶと、ぴくりと反応を返したあとでエドワードが毛布から顔を出した。
金色の瞳は半分しか開いてなくて、ぼんやりした顔でいまだ夢の中に体が半分漂っている状態。
それでもこちらを見ておかえりと言ってくれる妻に、ロイの全身から力が抜けた。

「酒くせぇ」
「すまない、ちょっと飲み過ぎたよ」
「んー。まぁ仕方ないか」

エドワードの体温で暖まった毛布に潜り込むと、ロイはほっと息をついた。



好きだと言われたのに、なにがそんなに不安なのか。エドワードはここにいて自分を待ってくれていたし、怒ってもいないし呆れてもいない。

それでも、真っ暗な家は怖かった。

もう、暗い家には帰りたくない。



ふたたび寝息をたて始めたエドワードを抱きしめて、ロイもやっと安心して目を閉じ、ため息をついた。

ため息はすぐに、寝息になって月明かりに溶けた。











翌日。揺れる列車の中で、ロイはとことん落ち込んでいた。
「もー、せっかく旅行なんだからそんな顔すんなよな!」
唇を尖らせるエドワードをちらりと見て、ロイはまた顔を伏せる。

「だって、解禁だったのに」
「だからなにがだよ」
「………とにかく、昨日から解禁だったんだ。なのに酔っぱらって…」
「わけわかんねぇ!」


ごとごと揺れる列車の中で、ロイは目的地に着くまで落ち込み続けていた。








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