結婚するって本当ですか
その11・鐘の音➃
★★★ロイ
疲れた、と言ってベッドに転がった鋼のの隣に座った。広がるはずの金髪はまだ結われたときにかけたスプレーが残っていてごわごわな状態で、鋼のは嫌そうに髪を引っ張ってから起き上がった。
「風呂行ってくる」
そのままバスルームへ直行しそうな鋼のの腕を掴んで引き留めて、怪訝そうな顔をするのも構わず抱きしめる。
「大佐、オレ化粧落としたい。気持ち悪ぃし」
「わかってる。ちょっとだけだから」
なんなんだよもう、とか言いながらも抵抗しない体をさらに強く抱いて、私は幸せを噛みしめた。
『大佐のこと、好きだし』
初めてそう言ってくれた。
不安が吹き飛んで、天に昇りそうになった。
一方通行だとばかり思っていた気持ちがようやく通じた嬉しさは、結婚式など霞むくらい大きい。
「幸せにするよ。大事にする。愛してるよ、鋼の」
小さく身動ぎして、腕の中の金色が私を見上げた。
赤くなった頬をごまかすみたいに、唇を尖らせて「バーカ」と呟く。
嬉しくて嬉しくて、どうにかなりそうだ。
「それよか大佐、二次会行くんだろ?支度しなきゃ」
「ああ、そうか」
下のロビーで待っているはずの部下を思い出して舌打ちした。二次会なんかより、このまま鋼のと二人きりでいたいのに。
鋼のは私から離れてトランクを漁り、着替えを出してバスルームへ駆け込んだ。仕方なく私も着替えを出す。当たり前だが化粧もセットもしていないので、私のほうが支度はずいぶん早い。
普段着に着替えたら、あとは鋼のを待つしかすることがなくなった。
窓の外を見ると、夕暮れに街の明かりが瞬き始めている。
結婚したんだ、という実感はまだ沸かない。そういうのはいつ沸くんだろう。
人それぞれなのだろうが、私達の場合はすでに同居してひと月たっている。生活に特に変化がないから、そういうところではなにも感じないだろう。
同居と結婚生活の違いというと。
私はちらりとベッドを見た。
昨夜は私が遅かったため、鋼のは先に眠ってしまっていた。その寝顔を見て、明日ようやく解禁だと思ったのを覚えている。
解禁。
なにって、そりゃホラ。色々。
耳を澄ませばシャワーの音がする。もうすぐ鋼のがほかほかになって出てくるはずだ。
多分服は着ているだろうが、今夜からはそれを私が脱がすことができる。やっと今日、その権利を手に入れた。
子供だからとかなにも知らないからとか、今までそう理由をつけて鋼のに触れなかったのは単に怖かったからだ。鋼のの気持ちがわからなかったから、迂闊なことをして嫌われて逃げられるのが嫌だった。
『大佐のこと、好き』
結婚式で鋼のが言った誓いの言葉がまた蘇って、へらっと崩れてしまう顔を止められずに苦笑した。
今日は結婚記念日だが、同時に私の片想いが実った記念日でもあるのだ。この先死ぬまで、何度でも盛大に祝わねばなるまい。ていうか大総統になったら今日を国民の祝日にしてもいいな。国旗や軍旗のかわりに鋼ののポスターや旗を国中に飾り、皆に思い切り祝福してもらうというのはどうだ。素晴らしいアイデアじゃないか。冴えてるな私。
さっさと二次会に行って、顔だけ出したらさっさと帰ろう。どうせみんな飲んで騒ぎたいだけだから、主役がいなくたって勝手に盛り上がるだろう。
二人になったら、そしたら。
私は期待をこめてまたバスルームの気配に神経を集中した。
シャワーの音は聞こえる。
が、鋼のの動く気配がない。
「鋼の?」
心配になった私はバスルームに近より、少し迷ってからそっとドアを開けた。
シャワーから降る湯で煙ったバスルームで、鋼のはタイルの床に座りこんでいる。
「鋼の!どうした?気分でも悪いのか?」
慌てて側に行ってシャワーを止めた。鋼のは私を見上げたが、ぼんやりと焦点が合ってないような目。しゃべる言葉も動きもひどく鈍い。
「・・・・あ、ごめん。大佐、濡れちゃったね」
立ち上がろうとするのに手を貸して、バスタオルで体をくるんでサウナのようなバスルームから鋼のを連れ出した。
「どうしたんだ、のぼせたのか?」
聞きながらベッドに連れて行って寝かせると、楽になったらしい鋼のからほっとしたようなため息が漏れた。
「ごめん…頭、痛くて。ぼんやりしてたらのぼせたみたいだ」
「医者を呼ぶから…」
「いい。寝てたら治る。疲れただけだよ」
鋼のはそう言って時計を見た。
「二次会、みんな待ってんだろうし。行かなきゃ…」
「そんなものどうでもいい」
誰が待ってようが関係ない。他のすべてより鋼のが優先だ。
そう言うと鋼のはため息をついた。
「そういうわけにはいかねぇだろ。みんなオレ達のために集まってんだし」
「下に行ってハボックに伝言を頼んで来る。きみは寝ていなさい」
まだなにか言いたげな鋼のをベッドに残し、私は急いで部屋を出た。
ロビーに降りると、遅いからと様子を見に来たアルフォンスがハボックと一緒に待っていた。
早口に事情を伝えると二人は顔を見合わせていたが、でも主役が来なくては始まらないとアルフォンスが言う。
「兄さん疲れが出ただけでしょうから、ボクがついてますよ。大佐はとりあえず行ってください」
「しかし…」
「大丈夫ですよ。なにかあれば連絡入れます。とにかくみんなもう待ってるんだから」
鋼のの側にいたいんだという叫びは届かず、私はハボックに引きずられるように連行された。
着いた先では待ちきれなかった連中がすでに出来上がっていて、どうやって口説いたのかとかうるさく絡んできてしつこいことこの上ない。
アルフォンスからは大丈夫ですとひとこと電話があったのみ。それを聞く間も酔っぱらい達が私を席に戻そうと引っ張る。頼みの中尉もすでに酔っぱらいの仲間になっていて、女性ばかりの輪に混ざって騒いでいる。どうにもしようがない。
まあ、鋼のが無理をしてここに来なかっただけ良しとするべきか。
諦めてグラスを手に取り、とりあえず隣にいたブレダの頭を八つ当たりで叩いてから中身を一気に飲み干した。