結婚するって本当ですか
その11・鐘の音➂
★★★エドワード
大きな扉の前に立って、合図があるのを待つ。
緊張でくらくらする。隣を見ると白いタキシードの大佐がいて、目が合ってにっこりされた。
「可愛いよ鋼の」
さっきからこれしか言わねぇ。
「アホ」
呟いてそっぽを向いたら、後ろから呆れた声が飛んできた。
「ちょっと、もう少し花嫁らしくしたらどうですか」
振り向くとオレのドレスの裾を手にセリムが非難の目でこちらを見ていた。子供用のタキシードの胸には花がさしてある。その隣には同じように裾を持ったエリシアがにこにこしていた。
「うるせぇよ。てかてめぇこそ、オレ達よか長生きしてるくせになんでこんなときだけガキのふりしてんだ」
「ボクは今日はエリシアのエスコートをしなくちゃいけないので。きみがなにかやらかすとこっちが困ります」
セリムは澄まして言った。ムカつく奴だよこいつ。
「ほら、エリシア。も少しそっち持って」
ピンクのドレスを着たエリシアがセリムに頷いて言われた通りに裾を持ち直した。普通に見れば可愛いミニカップルだ。エリシアはセリムにすっかりなついていて、セリムもまんざらでもない様子。
「ヒューズが見たら大変だな」
大佐が呟いたところで、合図の音楽が鳴り始めた。
「行くか、鋼の」
大佐が腕を出したので、オレはそれにしがみついた。別に大佐にくっつきたいわけじゃない。ただ、しがみついて支えてもらわないとハイヒールのせいでまともに歩けないからだ。
後ろでセリムが小さく口笛を吹いて野次った。エリシアも真似をしてひゅーひゅーとか言う。黙らねぇと中佐連れて来るぞと唸ったら、セリムは慌てて黙った。人造人間プライドも中佐の娘への溺愛ぶりにはかなわないらしい。
扉がゆっくりと左右に開き、眩しいくらい明るい礼拝堂の中にたくさんの人が座っているのが見えた。
オレ達の足元から祭壇へと続く赤い絨毯を踏みしめて、音楽の鳴る中を歩いていく。オレの頭の中は今転んだら死ぬまでみんなの記憶に残ってしまうということのみ。
大佐の腕にすがって歩きながらそっと見回すと、大総統がこっちを見てにこにこしているのが見えた。
他にも見知った顔がいくつか。部屋の隅ではフュリー曹長がカメラを構えている。その隣でエンヴィーがこっちに手を振っていた。カメラがオレの後ろを向いているのは中佐から命令されてエリシアを撮っているからだろう。その流れで後ろを見たら、頬を染めて嬉しそうに歩くエリシアの隣でセリムが強張った顔をしていた。なんだよ余裕なふりしやがって、てめぇも緊張してんじゃねぇかよ。
ウィンリィは早くも泣いている。相変わらずなんでもすぐ感動する奴だ。アルと師匠は心配そうな目でこっちを見てる。
アームストロング少佐はハンカチで鼻を拭いている。少将のほうは、ありゃなんだ。すげぇ衣装着てるけど。孔雀が羽根広げたみたいだ。
それで言えばピナコばっちゃんも負けてない格好。あれでホテルから来たんだろうか。ここで着替えたんだよな。きっとそうだ。そうと信じたい。
リンとランファンが並んでこっちを見ている。ランファンはドレスをうっとり見ているが、リンはにやにやして完全に面白がってやがる。ああ殴りたい。月まで吹っ飛ばしたらすっきりするだろうな。
そんなことを考えてるうちに祭壇の前に着いた。鼻を啜る音が聞こえて横を見たら、クソ親父が泣きながらこっちを見ていた。
「じゃ、始めてOK?」
中佐が祭壇の上に立ってにやっと笑った。
オレ達は神様なんて信じない科学者だ。だから神父はいらない。
というわけで中佐が神父の場所に陣取り、咳払いをしてから両手を上げた。
とたんにわずかにざわめいていた会場が静かになる。
「えー、では誓いの儀式を始めます。オレ達はバチあたりなんで、神様なんざ信じてない。てわけで、二人にはこの会場にいる人みんなに誓ってもらおうと思う」
中佐はまず大佐を見た。
「ロイ・マスタング。エドワードに永遠の愛を誓うか?」
「もちろんだ」
大佐は迷わず即答した。
「この会場と言わず、世界中のすべてに誓うよ。必ずこの子を幸せにする」
中佐は頷いて、今度はオレを見た。
「エドワード・エルリック、おまえはどうだ?今ならまだ間に合うぞ」
大佐が小さな声であとから髭を燃やすぞとか呟いた。それへ笑ってみせてから、中佐はオレを見つめた。
その真剣な目に、これは中佐の好意だと気づいた。
付き合ったこともない年の離れた男と、騙されるようにして結婚することになったオレへの気遣いだ。
今ならまだ間に合う。撤回すれば式はめちゃくちゃになるだろうが、それでもオレはオレの人生を自分で選んでやり直せる。
どうする?と目で問う中佐を、オレは顔をあげて見つめ返した。
「誓います」
「いいのか?」
「うん。だってオレ、大佐のこと好きだし」
一瞬の間。
それから、会場が割れそうなくらい大きな拍手が鳴り響いた。
それからあとはよく覚えてない。
誓いのキスだと言われて向き合った大佐の目がなんだか泣きそうで驚いた。
それから、冷たい指輪の感触。オレの手をとってそれを嵌める大佐の手が小さく震えていた。
覚えてるのは、それだけ。
夢の中にいるような気分で、まわり中から祝福を受けた。そのあとのガーデンパーティもうろ覚え。なに食ったっけ?
全部すんで外に出たらまたたくさんの人がいて、大佐はみんなからこづき回されていた。
「エド、ブーケ!」
こっちに投げないとあとが怖いわよと叫ぶウィンリィの形相がすでに怖かったから、必死で投げた。おまえさっきまで感動して泣いてたじゃねぇか。どうなってんだその切り替えの速さは。
ブーケへ群がる女の子達に呆然としていると、横からラストがくすくす笑って言った。
「世間で言う玉の輿ってやつだものね。みんなあやかりたくて必死なのよ」
そういうもんなのか。エサに群がる野生動物みたいだったぞ。なんか肉食系の。
それから車に乗せられた。
予定通り市内の高級ホテルに着く頃には、オレは疲れ果てていた。
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