結婚するって本当ですか


その11・鐘の音②



★★★アルフォンス



「だって、やっぱ恥ずかしいし。似合わないし、こんなの」
小さな声でぼそぼそと、それでも兄は師匠に向かって抗議を始めた。よっぽどドレスが嫌なんだろう。
「師匠、大佐を呼んできます」
「ああ、もう時間か」
師匠は頷いて、壁にかかった大きな鏡を見て軽く髪を整えたあと、兄の頭を見て櫛を手に取った。

ゆっくりドアを閉めて廊下に出て、ため息をひとつ。めでたい日だってのに、なんでこんなに疲れなきゃなんないの。
廊下の先、大佐の部屋の前ではハボック少尉がタバコを吸っていた。暇そうだ。他のマスタング組もあちこちで警備員をやってるはずだが、国軍大佐の結婚式で軍人ばかり大量に集まるようなところで、誰が悪事を働こうという気になるだろうか。多分みんなもどっかで適当にサボっているに違いない。受付のホークアイ中尉を除いて。
ああ、受付にはラストさんもいるはずだ。これ以上ない金庫番だから、中尉も一緒にいるウィンリィものんびりやってるに違いない。
あっちと代わればよかった、とまたため息をつきながら、ボクは少尉に近づいた。

「あ、支度できた?」
ハボック少尉はタバコを灰皿に投げ込んで伸びをした。
「大佐は支度は済んでますかね」
「とっくだよ。時計ばっか気にして、将軍連中の挨拶も上の空だったぜ」
言いながら少尉はノックもなしに控え室のドアを開けた。咎める声は聞こえない。それを発すべき大佐は、正装姿で部屋の中をうろうろしていた。
「アルフォンス!待ってたぞ」
大佐はボクを見るなり駆け寄ってきた。
「もういいのか?いいんだな?では行こうか!さ、早く早く!」
素早く部屋を出ていく大佐に、少尉が慌てて声をかける。
「ちょ、ネクタイ忘れてる!それと靴!スリッパで行く気かよあんた!」
「いやいや、ははは」
締まりのない顔で笑いながら、大佐はお構いなしに兄がいる部屋へと走るように歩いて行く。少尉は仕方なさそうに靴とネクタイをつかんで後を追う。ボクも急いでそれに続いた。

ノーネクタイにスリッパでタキシードを着た大佐が勢いよくドアを開けると、兄はびくっとして振り向いた。
薄いけど化粧をして白いドレスを着た兄は、弟の目から見ても可愛い。さっきまで台風のあとみたいだった頭は髪をきれいにとかれて、小さなティアラがのっている。
大佐は突進するように兄に近づき、兄の手をとって立ち上がらせた。

「可愛いよ鋼の」
「全然嬉しくねぇし」
「皆に見せるのがもったいないくらいだ」
「オレもできれば見られたくねぇ」

うっとりと見つめる大佐を見つめ返す兄の返事はそのまま二人の温度差を表すようで、なんだか大佐が可哀相になった。
が、そんなことには慣れている大佐は気にならないらしい。師匠に向き直り、親にするみたいな挨拶を始めた。必ず幸せにします、とかなんとか。師匠もよろしくお願いしますと頭を下げ、ようやく式場へ移動かな。と思ったら横から慌てて少尉が止めた。
「ちょっと待った!だから大佐、ネクタイとスリッパだってば!」
頭の中が兄に占拠された大佐に少尉がぶつぶつ言いながらネクタイをしめてやって靴を履かせている。確か大佐のほうが年はいくつか上とか聞いたんだけど、なんだかまるきり立場が逆だ。
少尉は大佐の襟を直し、しっかりしてくださいよと肩を叩いた。大佐は頷いたけど聞いてないのはその顔でわかる。目は兄に釘付けだ。
「おい、時間だぞ!まだか?」
怒鳴りながらヒューズ中佐が飛び込んできた。中佐は司会進行役だ。腕時計を睨みながら早く早くと腕をぶんぶん回して大佐を急かす。
「ああ、今行く」
大佐は兄の腰に手を回し、促して歩き出した。渋々ついて行く兄を見て、ボクと師匠は同時にほっと息をついた。
「始まる前から疲れたんですけど」
ボクの呟きに師匠が頷く。
「あのマスタングとかいう大佐、もうちょっとしっかりしてるように見えてたんだけどねぇ」
エドに負けず劣らず頼りない、と師匠が言うと、少尉がタバコをくわえてくすくす笑った。
「そりゃ仕方ねぇっスよ。待ちに待った日なんだから、舞い上がるのも当たり前だ」
「そりゃまぁ、結婚式ってのは誰でも嬉しいだろうけど」
師匠が振り向いて言うと、少尉は首を振った。
「結婚が決まってからじゃないんです。そのずっと前から、大佐はエドを捕まえたくてしょーがなかったんスよ。それが今日、やっと叶うから」
「ずっと前?」
「そー、ずっと前。リゼンブールで初めて会ったときから」
「・・・・・・エドはまだ10かそこらだったと思うが」
「はぁ、それくらいでしたね」
黙ってしまった師匠の顔に、大佐はショタかと書いてある。ボクも少尉もそれを否定しきれないので、とりあえず曖昧に笑ってから時計を見て歩き出した。
「ま、悩んでもしょーがねっスよ。行きましょ師匠!」
少尉に促されて式場へ向かいながら、師匠はまだ微妙な顔をしていた。






「あ!アル!」
受付と書かれた紙が貼ってある簡易机でウィンリィが手を振った。
後ろではラストさんと中尉が金庫をごそごそやっている。もう客は式場に入っていて、広いホールには他に誰もいなかった。
「ウィンリィ、もう行っていいわよ」
ラストさんが振り向いて言った。
「私達はまだ遅れて来る人がいるかもしれないから、もう少しここにいるわ」
「え、でも」
ウィンリィが戸惑うと、中尉がにっこり笑った。
「あなたは花嫁の身内なんだから、早めに参列しとかないとダメよ」
「…はい!じゃ、失礼します」
ウィンリィは机をまわってこっちに駆け寄ってきた。慣れないハイヒールでつまづきそうだ。
「エドはもう行ったんでしょ?」
「うん。大佐と一緒に入場待ちしてるはずだよ」
「じゃ急ご!ほら、鐘が鳴ってる!」

透き通った音色の鐘が頭上から響く。

ざわめきが漏れる式場の扉を少しだけ開けて、ボクらは中に滑りこんだ。




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