結婚するって本当ですか


その11・鐘の音


秋の終わりにしては日差しが暖かい、よく晴れた日曜日。

セントラルシティの中央にそびえる大きな教会の鐘が街中にその音色を響かせた。
中にも外にも招待客が溢れ、送迎の車が表の通りを渋滞させながら続々とつめかけてくる。
着飾った女性達のドレスや帽子、髪飾りが日光を反射してそこらじゅうで輝く。その中を歩く紳士達はほとんどが国軍の正装姿で、普段はいかつい顔をした将軍や佐官達が立ち止まっては挨拶をかわして談笑していた。


★★★ハボック



「こちらです、閣下」

くそ真面目な表情を作って、ふんぞり返った将軍の前を歩いて案内する。何度目かわからないくらい通った道をまた通り、静かな廊下に出た。片側はきれいに整った中庭、反対側にはドアがいくつか。
そのドアのひとつ、「マスタング様控え室」と書かれたプレートがついたドアに近寄って、軽くノックを2回。返事はない。が、朝からそうだからおかまいなしにさっと開く。
ソファに座った大佐が素早く立ち上がった。

「大佐、お客様をお連れしました」
普段は使わないような言葉を口にして、一礼して横に移動。オレの後ろにいた将軍がにこやかに前へ進み出た。
「やぁ、マスタングくん!このたびはおめでとう」
「これは将軍閣下。わざわざお越しいただいて恐縮です」
大佐はそう言ったが、目はどこか遠くへ行っちまってる。笑顔がすっかり顔に貼りついていて、気持ち悪いくらいに表情が変わらない。
「可愛らしい子だそうだな。しかもえらく若いとか。羨ましいな、マスタングくん」
「いやいや、そんな。ははは」
「高名な錬金術師でもあるそうじゃないか。名前はわしも聞いたことがある。いや、頼もしい伴侶だな」
「いやいや、ははは」

二人が会話するのを部屋の隅で聞きながら、ドアや窓に気を配る。今日はオレは護衛の任務を拝命中だ。
花嫁を褒めちぎる将軍に答える大佐は正直上の空だ。早くエドに会いたくて仕方ないんだろう、時計ばかり気にしている。
式が始まるまで、あと少し。

「では、式場で待ってるよ」
「ははは。ありがとうございます」
なにがはははでなにがありがとうなのか、大佐にはわかってないに違いない。
オレは恭しくドアを開け、将軍について部屋を出た。
「マスタングくんは緊張してるのかね。かちかちだったが」
「はぁ。お見苦しいところをお見せして……」
「いや、かまわんが。あのマスタングくんがねぇ。これはいい土産話ができたよ」
笑いながら案内を断って一人で式場へ歩いていく将軍を見送って、オレは大きくため息をついた。
さっき閉じたドアを開けて覗くと、大佐はソファに座って時計を凝視している。
「大佐ぁ、いくら眺めても時間は縮まんねぇぞ」
大佐はそんなん聞いちゃいねぇ。
「ハボック、鋼のは支度は終わったんだろうか。アルフォンスが呼びに来てくれるはずなのに、まだ来ないんだ」
「知らねっスよ。見てきましょうか」
大佐は自分より早くオレがエドの花嫁姿を見るのが気にいらないらしい。ちょっと黙って考えていたが、やっぱり焦りのほうが勝ったようだ。
「ちょっと行ってアルフォンスに様子を聞いてきてくれ」
わかりました、とドアを閉めようとすると、追いかけるように大佐の声。
「聞くだけだぞ!中は覗くなよ!」
んな、女性の着替えじゃあるまいし。花嫁ったって男なんだから別に問題ないっしょ。
とか言えたら苦労はしねぇ。オレははいはいと返事をしてドアを離れた。



いくつかのドアの向こう。「エルリック様」と書かれたプレートのドアの前に立って、軽くノックをしてみた。
しばらく待たされて、ようやく開いたドアから覗いたのはアルだったが。
金髪はくしゃくしゃ、服はぼろぼろ。アルの背後に見える室内も、まるで嵐がきたかのような有様だ。
「どうしたんだよアル、強盗でも入ったか?」
驚いて聞くオレに首を振って、アルは疲れきったため息をついた。
「やっとさっき支度がすんだんで、大佐を呼びに行こうと思ってたとこなんです。どうぞ、入ってください。散らかってますけど」
アルがドアを大きく開いてくれたので、オレは遠慮がちに一歩入った。

部屋の真ん中のソファにはエドがドレスを着て座っている。真っ白でひらひらでふわふわのドレスはよく似合っていて可愛いが、エドの顔は青ざめていた。膝の上に乗せた両手も震えている。そんで髪は、どっかの爆破テロの現場にでも居合わせたのかと思うくらい凄まじい。
ソファの向かいの椅子には上品なスーツを着た女性が座っていた。少し年はいってそうだが美人だ。きつい眼差しとドレッドヘアがいまいちスーツに合ってない。
その女性がオレに気付き、問いかけるような目で見てきたのでオレはぺこっと頭をさげた。
「ジャン・ハボック少尉っス。今日は警備員やってまして」
「ああ、名前は聞いてるよ」
女性はわずかに視線を緩めて微笑んだ。
「私はイズミ・カーティス。この子達の師匠だ」
ああ、この人が。
なるほど、と思ってアルを見ると、アルは肩を竦めて隅に置いてあったトランクに手を突っこんだ。
「土壇場でやっぱりドレスは嫌だって兄さんたら逃げようとして。ボクと取っ組み合いになってたとこに師匠が来てくれたんです。おかげでようやく着替えができました」
「あー……………」
他に返事のしようがなくてそう言った。あとの言葉を探している間に、アルは自分の服を出して手早く着替え始める。
「着替えたらすぐ大佐のところへ行きますから。そう伝えてください」
「………わかった」
ドアノブに手をかけて振り向くと、エドがオレを見ていた。

そんな、助けを求める目で見つめられても。

「エド、さっきも言っただろ?往生際が悪いよ。男なら男らしく、根性きめな」
イズミさんがオレなんかよりよっぽど男らしくエドに説教を始めた。それを聞きながらそっと部屋を出てドアを閉める。
ドレスを着るのに男らしくもなにもあったもんじゃないとは思うが、確かにこの期に及んで暴れても仕方ないだろう。

中庭を眺めてタバコに火をつけながら、オレは今日が平穏無事に終わることを何にともなく祈った。



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