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結婚するって本当ですか


その10・約束したから


「兄さん、明日早いんだからもう寝たら?」
何度もそう言うけど兄は首を横に振る。

明日は兄と大佐の結婚式。招待客は11時に来るけど、花嫁は支度があるからもっとずっと早い。
ドレスを来て髪を結って化粧して。初めてのことばかりなんだから疲れるのはわかりきってる。ボクは弟として花嫁が居眠りする式に参列するのは嫌だ。
なのに兄はさっきから着替え一式を腕に抱えたままリビングに座りこんで動こうとしない。
「お風呂行くんじゃないの?」
そう聞いたら兄は半端に頷いて、時計をちらりと見る。
時刻は10時をまわったところ。夜中と言うには早いが、明日大事な予定がある身としてはいい加減ベッドに入る準備をしてほしい時間だ。
兄は時計から玄関のほうへ視線を移し、ため息をついて着替えごと膝を抱えた。

夕方帰ってきたときから、なんだか様子がおかしかった。赤くなったりぼんやりしたり、かと思うと突然頭を抱えて蹲ったり。
熱があるのかと額に手をあててみたけど、特に熱くはなかった。ではこれは噂に聞くマリッジブルーというやつだろうか。微妙に違う気がするけど。

それから時計をちらちら見ながら夕食をすませ、風呂に入れと言ってからずっとこの調子だ。
ボクだって明日は兄の準備を手伝わなきゃいけないから早起きなのに、付き合ってらんないよ。

「兄さん、いい加減にしなよ。寝坊しても知らないよ」
声をかけても上の空で、ただ機械みたいに頷くだけ。
それからようやく立ち上がったと思うと、着替えを持ったまま廊下をうろうろし始めた。バスルームと玄関を何度か往復し、それからとうとう玄関に座り込む。
なんなの一体。

「そういえば、大佐遅いね」
なんとなく言ったら、兄はびくんと肩を揺らした。

ふむ。どうやらこの兄の奇行は大佐と関係があるらしい。

「明日からお休みするから忙しいんだろうね。なに、兄さんまさか大佐待ってんの?」
「なななな何言ってんだよ!」
やっと口きいた。
兄は真っ赤な顔で飛び上がるみたいに立ち上がった。
「んなわけねぇだろ!ただ、ほら、アレだ。なんとなく、えーと。玄関涼しいし」
もう秋が終わるってのに、涼しいってなんだ。寒いって言うんだよ普通は。
「風邪ひかれたら困るからそんなとこいないで風呂行っといでよ。ボク鼻たらした花嫁の身内だなんて嫌だからね」
兄はなにか反論しようとしたのか口をあけたが、また閉じた。それから拗ねたような目でまた時計を見る。

時刻は11時前。
そのとき電話が鳴った。

飛びついて受話器を取った兄は、すぐに声のトーンを落とした。なんだウィンリィか、とか聞こえる。誰だと思ったの。
「あ?わかってるよ、もう寝るよ」
不機嫌な声の兄に近づくと、受話器から大音量のウィンリィの声が聞こえた。今日は市内のホテルに泊まっているはず。近いと声もよく聞こえるみたいだ。
「あんたね、わかってんの?明日はあんたの結婚式なんだからね!夜更かししたらお化粧ののりも悪いし、死んだ目の花嫁なんてキモいでしょ!そんなんなったらあたしあんたのことゾンビって呼ぶわよ!」
きんきん響く声に受話器を少し離した兄は、わかったわかったとか適当に返事をしてボクに受話器を投げてよこした。
「もしもし、ウィンリィ?」
ボクが言うとようやく普通の声になったウィンリィはため息をついた。
「エドのやつ全然自覚ないのねー。大丈夫なの?」
「自覚はあると思うんだけど」
答えながら振り向くと、兄はまた時計を見て、それから窓の外を窺ってから渋々みたいにバスルームに入っていった。
「なんなんだろうね、今日はちょっと様子がおかしくて」
「えー?熱でもあるの?」
「そうじゃないけど。なんだか、なんか待ってるみたいな」

あ、そうか。

ボクは兄が消えたバスルームを見た。わずかにシャワーの音がする。

兄はきっと、大佐を待ってたんだ。

心配そうなウィンリィに大丈夫だと言って電話を切り、ボクは窓の外を見た。街灯がぽつぽつと灯る通りには人も車もまったく見えない。

なにか約束でもしていたのかもしれない。

そう思えば、あんなにうろうろして時計を見つめていたのもわかる。
着替えはわからないけど。

「へぇ、兄さんも可愛いとこあるなぁ」

くすっと笑って、ボクはまだ遅くなるだろう義兄のための夜食を作りにキッチンへ入った。





END
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