結婚するって本当ですか


その9・一緒に➂



俗に言う、死亡フラグ。

そんなものがあるんだったら、お別れフラグがあってもおかしくない。

ロイは真面目な顔でエドワードを見つめた。ますます困って視線を彷徨わせるエドワードは可愛い。
が、それがもし見納めだったら。

明日挙式する予定の教会で、首を吊って死のう。

はた迷惑な決意を胸にロイが固唾を飲んで返事を待つと、エドワードはようやく俯いて話し始めた。

「………さっき、事務のお姉さんに外で会ってさ」

知ってる。見てた。
とは言えずに黙って頷く。ロイにも一応変態の自覚はあるらしい。

「えと、……結婚おめでとう、て言われて」

なんだそうか。ロイはうんうんと頷いた。

「そんで、あの………お、お風呂とか一緒なのかって」

おお、なるほど。だからあんな赤い顔を。ロイは納得しながら頷いた。

「普通は一緒に入るものよって言われて、そんでオレ………」

知らなかったから。大佐は待つって言ってくれたけど、それが普通ならそんな気を使わせるのは悪いと思って。

真っ赤になって言うエドワードに、ロイはさっきまでの不安も忘れてまた天に召された。
「大佐?おーい」
エドワードがいくら呼んでもしばらく桃源郷から戻って来なかったロイは、突然意識を取り戻すと腕の中の婚約者を思い切り抱き締めた。
「ぐぇ!苦し!」

「好きだよ、鋼の」
「……………なんなのアンタ。熱あんの?」
なんと言われてもロイは平気だ。耳には例の幻聴しか聞こえていないのだから。

「鋼の、それじゃなるべく早く終わらせて帰るよ。待っていてくれるか?」
「……うん。てかアンタ、少し休憩してからにしたら?」
疲れてない?と不安気に問うエドワードに大丈夫と笑って見せて、ロイはようやくエドワードを解放して席についた。
「じゃ、オレ帰るけど。ほんと、無理すんなよ」
「ははは、心配してくれるとは嬉しいよ。大丈夫、きみのためならなんでもできるさ」
いまだ不安そうに見つめるエドワードの瞳は、頭の病院行ったほうがよくない?とあからさまに言っているが、ロイはにこにこと手を振って、ペンを持って張り切って書類と格闘を始めた。

あの事務官、名前は知らないがなかなか素敵な提案をしてくれる。うん、素晴らしい女性だ。今度、誰かエリートでも紹介してあげよう。

嫉妬で燃やしかねなかったことなどきれいに忘れて、ロイは心の中で事務官の女性に感謝と賛美の言葉を惜しみなく述べつつ奮闘した。

奮闘はしたが、容赦なく書類も資料も増えていく。

ようやく帰宅できたのはもう真夜中近い時間だった。


もつれそうな足をどうにか動かし、同じようにへろへろな運転手のハボックと共に玄関に入りリビングへ行くと、アルフォンスが一人で雑誌をめくっていた。

「あ、おかえりなさい」
「鋼のは?」
「兄さんはもう寝かせましたよ。明日お化粧もするのに、寝不足じゃ肌が荒れてノリが悪いからってウィンリィに電話で怒鳴られちゃって」

やっぱりそうか。

ロイはがっかりと肩を落とし、一人で寂しく風呂に入った。
出てくると、夕食が並んだテーブルでハボックが飲んでいる。アルフォンスはロイに食事を勧め、
「すいません。なにか約束があったんでしょ?ずいぶん粘って頑張ってたんですけど……」
「いや、仕方ないよ。こんな時間までかかるとは思わなかったからね」
「そうですか。でも、あんな兄さん初めて見ましたよ」
アルフォンスはくすくす笑った。

エドワードは何度も時計を見、着替えを抱えて風呂とリビングを往復し、しまいには玄関に座り込んでドアを見つめていたらしい。

「赤くなったかと思うと、次は淋しそうな顔をして。百面相みたいでしたよ」

ああ、そうだな。
とても可愛いな。

ロイは照れたような嬉しそうな微笑を浮かべて、ハボックにゆっくりしていけと声をかけてから寝室へ向かった。

広いベッドの隅にエドワードが眠っている。
横に潜り込み、暖かい体を腕に抱き込むとエドワードは少しだけ身動ぎしたが、頭を落ち着かせるとまた小さく寝息が聞こえ始めた。

愛しくてたまらない。
この金色をした子供のすべてが。



「明日、ようやく解禁だな」

ロイは金髪に顔を寄せて柔らかい頬にキスをすると、ゆっくり目を閉じた。
すぐに規則正しい寝息が寝室に響き始める。

明日は、集まってくれた皆に永遠の愛を誓おう。

そのあとは、ふやけるまで一緒に風呂に浸かって。

それから、二人でずっと。

そのあとも、ずっと。







「明日は起きれそうにないし、泊まってっていいか?ソファで構わないから」
「あ、どうぞ。あとで毛布持ってきます」
ハボックとアルフォンスはテーブルを挟んで、顔を見合わせた。
「それにしても」
同時に口に出して、苦笑して。

「あんな顔で笑う大佐、初めてですよ」

「だなぁ。よっぽど嬉しいんじゃねぇ?明日の結婚式が」

2階を見上げるが、なんの音も聞こえてこない。


「…………ボクも飲もうかな」
「お!いいねぇ、実はイケるクチ?さ、飲め飲め!」

穏やかで優しくて、ちょっと淋しくて切ない。

結婚式の前日は、そうやって過ぎていく。



翌朝、澄んだ鐘の音が響き渡ったのは、透き通るような青が眩しい晴れ渡った秋空だった。





END.
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