結婚するって本当ですか


その9・一緒に②



「うっす大佐!仕事してっか?」
元気のいい声とともにドアが勢いよく開き、エドワードが飛び込んできた。

「………大佐?どしたの?」

ロイはまだ茫然としていて、その表情は暗い。エドワードはデスクの前へ行き、手をひらひらさせた。
「大佐ー。戻って来ーい」

「………やぁ鋼の、どうしたんだ?」
ロイは無理やり笑顔を作った。自分の心の奥底にあった異常なまでの執着をこの子に知られたら、きっと怯えてしまう。ロイはペンを持ち直して、普段通りのスタイルに戻った。
「んや、差し入れに来たんだ。あっち置いといたから」
エドワードは隣を指差した。皆がいる部屋だ。

先にそちらに寄ったのか。

また意味もなく嫉妬して、ロイは自嘲した。

「あとでお茶のとき皆で食べてよ」
エドワードはロイの胸の内には気づかない。にこにこ笑ってそう言って、すぐに去ろうと向きを変える。
「どこへ行くんだ?」
「………買い物あるから、スーパーに。どうかした?」
焦ったような声のロイを訝しんで、エドワードは振り向いて首をかしげた。
「……いや、なんでもない」
ロイは自分のあまりの不自然さに焦った。

なにをやってるんだか。

この部屋から出したら、そのままこの子がどこかへ逃げて行きそうな気がして怖かった。

「鋼の、こっちへおいで」
ロイは立ち上がって、エドワードに向かって両手を広げた。少しだけ戸惑って、エドワードは素直に傍に来る。
その小さな体を抱き締めて、ロイはやっと安堵のため息をついた。暖かくて柔らかい。金色のつむじが腕の中にあって、嬉しくて泣きたくなった。

「ね、どーしたの?なんかあった?」
エドワードが身動きして、自分を見上げて聞いてくる。ロイは笑って、なんでもないよと囁いた。自分でもおかしくなるくらい優しい声音に戸惑った。
「ならいいけど。………ね、あのさ大佐」
「なんだ?」
「えーと………お願いがあるんだけど」

「……………お願い……?」

幸せな気分がいきなりどこかへ消えて、ロイは突き落とされたような思いに動揺した。
なにがあっても、どんなことでも滅多に人を頼ろうとしないエドワードが。
お願い、とわざわざ口にした。その意味は。

考えたくなくてロイは首を振った。
「いやだ」
「でも」
エドワードは困ったような顔でロイの服の袖を握った。それでもロイは強く首を振る。
「ダメだ。絶対嫌だ」
別れたくない。
やっと手が届いたのに。ろくに話もしたことがなくて、笑顔も見たことがなかった愛しい子供を、やっとこの腕に抱くことができるようになったのに。
やっと、明日結婚するのに。

離したくない。
なにがあっても。

エドワードはロイをしばらく見つめていたが、そうかと小さく呟いて俯いた。
淋しそうで、悲しそうな顔。

ロイの胸がずきんと痛んだが、こればかりは。
腕に力を入れてさらに強く抱いて、逃がすまいと縋りつく自分の姿はさぞかし情けないに違いない。

ロイがそう思ったとき、腕の中からぽつりと呟く声がした。

「そうだよね……結婚するまでは、て言ってたもんね」

……………え?

ロイは慌てて少し体を離し、エドワードの顔を覗きこんだ。

「………お願い、て……なんなんだ?」
「え………いや、もういいよ」
エドワードは真っ赤になっていた。困り顔で目を逸らし、帰るからと腕を突っ張る。
「よくないよ。言ってくれ、鋼の」
「もーいいってば!オレ買い物行かなきゃ」
「まだスーパーは閉まらないよ。言ってくれないか」
私はなにか思い違いをしているらしいから。

そう言われて、エドワードは渋々また顔をロイの胸にくっつけた。

「…………今日、帰ったら……一緒にお風呂入ろうかなって……………」

恥ずかしさで赤黒くなった顔でぐぉぉぉと呻くエドワードに、ロイはたっぷり30分遠い世界に精神を飛ばした。

一緒に?
お風呂?
私と?



わぉ。



「もちろん構わないよ!ていうか今すぐ入ってもいい!」
ロイは一気に天に昇った。奈落に突き落とされたり天に召されたり、本気の恋はとても忙しい。
「いや、あの。帰ったらでいいから……」
怯えたエドワードが引きながら言うのを強く抱き締めて首を振って断り、ロイは舞い降りてくる天使のファンファーレを聴いていた。
とろけるような音色。もういつ死んでもいいかもしれない。
いや、ダメだ。風呂に入るまでは死ねない。いやいや、そのあとベッドで色々するまでは。

ロイはふと気づいて、エドワードを見下ろした。エドワードはまだ赤すぎる顔で苦悶している。余程恥ずかしかったらしい。

「鋼の、なんで急にそんなことを?」

自分は結婚式まで待つと言った。エドワードは頷いたはずだ。もともと経験がない上自分に対して恋愛感情があるのかどうかすら疑わしいエドワードが、突然そんなことを言い出す理由がわからない。

まさかお別れの前に、とか。

ロイはまた不安になってきた。



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