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知らない世界の、知らないきみと





◇◇◇◇



この国で一番大きな建物なんだ、とエドワードが言う。
国軍総本部。この国の中心。
要塞のような威圧感に圧倒されているうちに、私は中へと連行された。青い軍服がそこら中を歩き回っていて、映画のセットにでも迷い込んだようだ。
すれ違う軍人たちが敬礼して道を譲ってくれる。
「いちいち礼をする必要は無ぇスよ」
小声でハボックが言った。
「胸張って前だけ見て歩いてください」
「でも、いいのか?そんな偉そうな態度で。挨拶に返事もしないとか…」
「いいんス。あんた実際偉いんだから」
「…いくら偉くても、そんな態度じゃ人はついて来ないんじゃ……」
眉を寄せると、側でエドワードが笑った。
「将軍なんだからそれくらいがいいんだよ。あんた、イイヒトすぎ」
「………………」
そうなのか?と考えているうちに、到着したらしい。ハボックがドアを開け、私を促す。部屋に足を踏み入れると、その中にいた全員が揃って敬礼した。
「おはようございます!」
「おはようございます」
「おはようございまーす」
飛んでくる挨拶に、自然と片手があがる。
「おはよう」
どうやらこの室内では、私は普通に口をきいても大丈夫らしい。ハボックはなにも言わず自分の席に行き、エドワードは私に一番奥の大きな机を指さした。
「あれがあんたの席」
「………はぁ」
他の机とは造りからして違う、重厚で大きな机。その上に、なぜか紙の束が崩れ落ちそうなほどに山を作っている。
「エドワード……あの紙の山はいったい……」
「あんたの仕事だよ。昨日サボってたぶん、ちょっと多いみたいだけど」
「……………」
絶句してる間にそこへ連れていかれ、豪華な椅子に座らされる。折り畳み椅子を持ってきたエドワードが、隣にちょこんと座った。
「さて、皆。重大発表がありまーす」
ハボックが立ち上がり、その場にいた者を手招きして私のまわりに集めた。
ブレダ、フュリー、ファルマン、リザ。見飽ききったいつもの仲間だが、青い服を着ているだけで別人に見えるから不思議だ。
「なにかあったんですか?」
リザが聞いてくる。無表情はあっちと同じだが、こちらのほうが雰囲気が固い。他の者も、皆緊張した顔で私を見つめている。
「………あった、というか」
どう説明したらいいのかわからない私の隣で、エドワードが声をあげた。
「たいさがいなくなっちゃったんだ。代わりに今ここにいるのは、異世界からのゲストでロイ・マスタングっていう人。皆、そういうことだからヨロシク~」

当然ながら、その後しばらくは阿鼻叫喚な騒ぎになった。









「では、仕事にかかりましょうか」
あくまで冷静なリザの言葉に、まだ納得いかないような顔で皆が席に戻っていく。

なかなか信じてもらえない話だったが、決定的だったのは私が言った言葉だった。
皆いるのに、あいつがいない。だから、つい。
「ヒューズはどこだ?今日は休みなのか?」
皆はそれを聞いて、私が異世界からきた別人ということに渋々納得したのだった。
だってまさか、思わないだろう。小さい頃からの悪友で、毎日一緒に仕事をしているヒューズが、こちらではとっくに死んでいたなんて。
「……そうか、殉職……」
ショックを隠せない私に、誰もなにも言わなかった。エドワードですら目を逸らし、窓の外を見る。その態度から、ヒューズの死に私がなんらかで関係していたんだろうと推察できた。
重苦しくなった空気を払うようにリザが顔をあげ、仕事を促す。

そうしてそれぞれが席に戻り、リザが残った。
「私が内容を見ますから、准将は渡した書類に片っ端からサインしてください」
「いやその。私はデスクワークはあんまり……」
「ペンが持てて名前が書けるなら、問題ありません」
「………………」
眉を寄せて羽根ペンを持つ私に、エドワードがくすくす笑いながらインクの蓋を開けてくれた。
「じゃあ、まずはこれを」
リザから一枚の紙が渡される。書いてある内容はどこかの誰かからなにやらの予算を求めるといったことで、正直さっぱりわからない。予算がほしいなら勝手に経理に申請して持って行けばいいのに、なぜわざわざ書類にして、私が許可を出さねばならんのだ。
理解することは諦めて、ペンをインクに浸す。こういうものは使ったことがないんだが、確かこれでいいはず。
書こうとして構えたら、隣から声が。
「たいさ、インクつけすぎ…」
言い終わらないうちに、ペン先からぼたっと落ちたインクが書類に大きなシミを作った。
「ハボック少尉」
リザが呼び、ハボックがこっちに来る。
「これ、乾いたら事務局に返して、作り直してもらってちょうだい」
「へい」
そして次の紙が目の前に。
「たいさ、力入れすぎ…」
言い終わらないうちに、ペン先がぱきんと折れた。インクのシミのついた破れた紙を、リザがハボックに渡す。
「これ」
「へい」
そしてまた次の紙。
「大丈夫かよ、たいさ」
心配そうなエドワードの声を聞きながら、どうにか名前を書いて、ほっとして顔をあげる。覗きこんだエドワードが、笑い声をあげた。
「たいさ、なにこれ。めっちゃ字震えてる!」
「……うるさい」
こんなペンを使うのは、生まれて初めてなんだ。慣れてくればきっと、少しはマシになるはず。
そう信じて必死にサインし続け、なんとか普通に書けるようになってきた頃。

「き、休憩を………」

「仕方ないですね」

上半身すべてがよくわからない筋肉痛に襲われた私に、リザが呆れた顔で肩を竦めた。

腕を回したり肩を揉んだり、と体を一生懸命ほぐす私の側に、ハボックが来た。ガラスの灰皿を勝手に引き寄せて、机に腰かけてタバコを取り出す。いつものことなのか、誰も咎める様子はない。
「私にも一本くれ」
「またっスか。たまには自分で買ったら……って、あんた准将じゃないんだっけ」
笑ったハボックがタバコをくれた。受け取りつつも、なんだか微妙な気持ちになる。また、てことはいつも私はこいつにタバコをたかっているのか。上司としてどうなんだ。ていうかあれほど豪華な生活をしているくせに、タバコくらい買ったらいいじゃないか。金持ちはケチだというが、こっちの私もそうなのか。なんて嫌な男なんだ。
「そういや、あんたの世界にもオレ居るんでしたね」
煙を吐いたハボックが言うと、仕事をしていた皆がこっちを見た。興味があるようだ。
「いるぞ。私とエドワードのために、昼夜を問わず馬車馬のように働いてくれている」
「…………マジかよ」
嫌そうなハボック。ファルマンがくすくす笑った。
「准将、異世界ではなんのお仕事をされているんですか?」
「運送屋だよ」
「運送……?」
皆が意外そうな顔をする。リザも驚いたように私を見た。
「運送屋って、もしかしてトラックで荷物を配送するアレですか?」
「そうだよ。ここにいる全員と、あとヒューズがうちの社員だ」
「え、じゃあボクもトラックに乗ってるんですか?」
手をあげたフュリーに頷くと、なんだか嬉しそうな顔になった。
「ちょっと乗ってみたいなーって思ってたんですよ。なんか嬉しいな」
にこにこするフュリーからその向こうに視線を移し、ハボックがにやりと笑う。
「おまえなんか無理かもなぁ。腹がハンドルにつっかえて運転できねぇんじゃねぇの」
「うっせぇ。てめぇこそ頭が天井につっかえるんじゃねぇのか」
笑うブレダ。あっちでもこっちでも体型は変わらないようだ。
「なぁ、じゃあオレも?」
袖を引くエドワードに、頷いてみせる。
「きみはまだ中型免許も取ってない新米でね、少し小さいトラックで練習してもらってるよ」
「小さいは余計だよ」
眉を寄せてから、でも、とエドワードは笑顔になった。
「じゃあさ、オレも車の免許取りに行っていいよな?たいさもアルも足が届かねぇだの前が見えねぇだのって反対すんだけどさ。そっちのオレができるんなら、オレだってできるよな」
アルはエドワードの弟だ。こちらにもいるのか。
「できるさ。椅子を調整すればいいことだし、乗り始めたらすぐ慣れてうまくなるよ」
「ほんと?よかった、免許あったら買い物とか出かけたりとかが楽でいいなーって思ってたんだ」
喜ぶエドワード。だが、あの立派な邸宅にはガレージがあったし、中には車も入っているようだったが。
「たいさはあんまり運転しねぇんだ。それに下手くそだしさ、オレ横にあんま乗りたくねぇ」
「そうか、下手なのか……」
頷いて、そして動きをとめた。
皆が不審そうに私を見る。
「どうしました、准将」
「なにか気になることでも」
聞かれても返事ができない。

今日、私は青果を積みに行くはずだった。大型に満杯になるくらいの量で、リフトを使ってパレットごと押し込んで残りは手積みだな、と考えていた。
隣県の市場まで運ぶその仕事はなかば定期便みたいなもので、それなりに高い運賃を気前よく払ってくれるお得意様なだけに気も手も抜けない仕事だ。

皆、自分の仕事がある。
だから私が行くことになっていたのだが。

私はここにいる。
では、あれは誰が。

運転が下手くそ、って。
私のくせに、そんなことがあるのか。

ちょっと、いやマジで。どうしよう。破損や延着もマズイが、それ以前に事故でも起こされたら、まだまだ小さなうちの会社なんかすぐに潰れてしまうんじゃないか。

「たいさ?おーい、大丈夫か?」

エドワードの声が遠くから聞こえる。

大丈夫なわけあるか。
今すぐ帰って、将軍様を叩き出して私が運転したい。いやほんとに。マジで。

嫌な汗が額に滲む私を見て、皆は顔を見合わせて困ったような表情になった。




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