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結婚するって本当ですか


その9・一緒に


ふぅ、と息をついて、ロイは腕をあげて回した。肩がぽきぽき音をたてる。
疲れたなと呟いて、減る様子のない書類の山を見た。明日から一週間の休暇をとるため、留守の間に仕事が滞らないようにと次々書類を持ってくる部下達にため息が出るが、こればかりは仕方ない。上司である自分の指示や許可がなくては部下達はなにもできないのだから。
窓の外を見れば、青空に白い雲が浮かんでいる。秋も終わりだというのに日差しは強くて暖かい。風があるようだったが、部屋の中にいると暖房がいらないどころか冬服が暑いとすら思うほどだ。
昼寝がしたいな。ロイは自分とは無縁な青空を疲れた目でしばし眺めて、またため息をついてペンを握り直した。
終われば明日からは休暇だ。明日は結婚式などで忙しいだろうが、そのあとは新妻と二人きり。旅行先でのんびりと観光でもしながら、ハネムーンを楽しんで。
そのためには今働かなくては。
ロイはデスクに向き直ろうとした。
そのとき、窓の外にちらりと見えたものがあって、ロイは慌ててまた窓を見た。
正門から続く道に、手になにか紙袋を持っててこてこと歩く小さな赤いコート。金色の髪が光を弾いてきらきらと輝いている。
「鋼の……」
ロイは知らず笑顔になって呟いた。
ここへ来るなんて、なにかあったんだろうか。だが小さなコートは急ぐでもなく歩き、顔馴染みの軍人に笑顔で挨拶をしたりしている。
なんだ、じゃあ私に会いに来たのか。
あくまでポジティブなロイはにこにこしながらその姿を見守った。ああ鋼の、遠くから見てもきみは可愛いよ。そんなことを呟きながら窓の外を見てにたにた笑うロイは端から見れば変態そのものだが、本人はまったく気づいていない。

ロイに見つめられているとは知らないエドワードは、広い中庭をてくてくと歩いていた。小さい人形のようなその可愛らしさにロイが癒されていると、司令部から出てきた女性がエドワードに手をあげた。
名前は知らない。確かどこかの部署の事務かなにかしている女性だ。
鋼の、何時の間にそんな女性と知り合いになったんだ。ロイはちょっと眉をひそめてそれを見つめた。
女性はにこにことエドワードになにか言い、エドワードは頬を染めてなにか答えた。
それから女性はエドワードに近づき、耳元に唇を寄せた。エドワードは真っ赤に染まり、俯いてしまう。
女性は笑ってエドワードの肩に手を置き、また顔を近付けてなにか言って、それから手を振って歩き出した。封筒を持っている。外に用事でもあるのだろう、迷いのない足取りで正門を出て行く。

なんだ今のは。

エドワードは女性の後ろ姿を見送り、赤く染まった顔を空いた手でぴたぴた叩いた。
しばらくそのまま立ち竦んでいたエドワードは、また歩き出した。
すぐにその小さな姿は見えなくなった。司令部の建物の中に入ったのだろう。

だが、ロイは窓際から動けなかった。
なんなんだ。なぜ今の女はあんなに馴れ馴れしいんだ。鋼のもなぜ赤くなって俯くんだ。
あんなふうに可愛く頬を染める少年を見ることができるのは自分だけのはずなのに。

無意味な嫉妬だ。彼は明日には自分の花嫁になるんだ。自分だけのものになる。こんな気持ち、どうかしてる。

いくら自分に言い聞かせても、胸の奥に生まれた暗雲は広がるばかりで。
ロイはペンをとり書類に向かったが、目は書面を滑るだけでなにひとつ意味を理解できなかった。
頭にあるのは、過去の自分。

昔からやけにモテた。自分も女性が好きだった。柔らかい体や美しく飾った髪や化粧した顔にときめいたし、美女を連れて歩くときに感じる羨望の眼差しに優越感に浸ったりもした。
あの金色の子供に出会った瞬間そんなものは吹き飛んだし、そのあとはもう彼しか見えなくて。
だが、それまでの自分は。

ロイは考えこんだ。思い出してみれば、今のエドワードの年ごろにはもう女性と付き合っていた。初めてベッドを共にしたのはいつだったか。あの頃、同性同士の恋愛も聞いたことはあったが興味はなかった。錬金術と学問と女。頭の中はそればかりで、同じ年頃の友人達もみな似たようなものだった。

今の、エドワードと同じくらいの年。

ロイはペンを置いて、なかなか開かないドアを見た。

エドワードは後悔してはいないか。女性に興味があって当たり前なときに、よりによって同性のこんな年上といきなり結婚なんて。
やっぱり、きれいな女性のほうがいいんじゃないのか。抱かれるよりは抱くほうが、男の本能としては自然で正常だ。それに従えば、この結婚はあの子にとっては異常なものなのだ。

好きな女性ができても不思議じゃない。

年の離れた男と、いつ別れたくなってもおかしくない。

エドワードが建物に入ってからしばらく経つのに、ドアが開く気配がない。そのことがロイを一層不安にさせた。

もし、エドワードから別れを告げられたら。

間違いなく、自分はもう生きていけない。

捨てられるくらいなら、どこにも行けないように閉じ込めて。
誰も瞳に映さないように。
誰にもその声を聞かせないように。
感情の欠片すら、誰にも与えられないように。

殺してしまうかもしれない。

ロイは自分がどれだけあの子に執着しているのか気がついて慄然として身震いした。



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