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結婚するって本当ですか


その8・参列するほうも


執務室のドアがいきなり開いた。
このパターンはたいてい、金色の子供が現れると決まっているのだが。

現れたのは黒髪の美女だった。驚くマスタング大佐には目もくれず、ハイヒールを鳴らしてずかずかと入り込み、デスクの傍に立っていたホークアイの腕を掴む。
「ちょっとお借りするわね」
一瞬だけロイに目を向けてにっこり笑い、美女はそのままホークアイを連れて部屋を出て行った。
「……なんなんだ?」
ロイは呆然と見送って、それからはっと気付いて立ち上がった。
見張りの部下がいなくなった。束の間の自由。
急いで休憩しなくては。
タバコの箱を掴み、隣の大部屋で仕事をしているはずのサボり仲間を誘おうと、ロイはうきうきと部屋を出た。





「なにか用?急いで戻らないと、上司がどっかサボりに行っちゃうんだけど」
廊下を曲がった角で立ち止まる美女にホークアイが文句を言うと、美女は執務室のほうをちらりと覗いた。
「大丈夫よ。もうサボりに行ったから」
なにが大丈夫なのよ。ホークアイははぁとため息をついた。

「で、なに?」
「いや、あのね……これなんだけど」
美女は白い封筒を出して見せた。
ホークアイもよく知っているそれは、上司と可愛い錬金術師の結婚式の招待状だ。宛名はラスト様と書いてある。
「それがどうかしたの?あなた出席に丸つけてたじゃない」
「もちろん行くわよ。でね、あの……あなた、なに着て行くの?」
美女ラストは彼女に似合わないおずおずとした物言いだ。結婚式に招待なんて、長く生きてきて初めてのことだった。嬉しいが、なにをどうしていいのかさっぱりわからない。
「この黒いドレスじゃダメよねぇやっぱり」
「そうねぇ。黒はちょっとねぇ。花嫁よりは地味に、でもお祝いらしく華やかにって感じ?」
「難しいわよソレ」
だいたいコレしか持ってないもの。ラストは肩を竦めた。
「買いに行きたいけど、一人じゃよくわかんないの。一緒に行ってくれない?」
「いいわよ。私もまだ用意してないのよね。受付やるしねー。どんなのがいいかな」
男はスーツでいいから楽なもんよねー、などとホークアイも上司を忘れてラストとわいわい盛り上がっている。時間を約束し、ついでに食事でもしましょうかと言い、話題は最近できたレストランに移っていった。




「で、おまえ祝いはいくら包むんだ?」
ブレダがペンを置いて聞いた。隣の席のファルマンは資料をめくる手を止め、そうですねぇと考える。
「直属の上司ですから、それなりにしないと……」
「でも、オレ達安月給の下士官だからなー」
「あんまり包むと、あとの生活がきつくなりますしねー」
うーんと考え込む二人の頭からは仕事のことは消え去っていた。





「え、マジ?車で行くの?」
「はい。どうせ二次会でみんな飲むから、送らなきゃいけなくなるし。ボクは飲まないので」
廊下を歩きながら肩を竦めて苦笑いするフュリーに、エンヴィーはラッキーだなーと笑った。
「オレも乗せてってよ。アシなくてどうしようかと思ってたんだよね!ね、邪魔になるようなら虫にでも化けとくからさ」
「あはは、そんな。普通に乗ってくださいよー。それより、エンヴィーさんは服はやっぱりスーツ?」
「あー、着なきゃダメだろうなぁ。窮屈なんだけど。あんたは?」
「ボク、こないだスーツ買いに行ったんですけどね……なんか、七五三みたいとか言われちゃって」
書類を抱えたまま立ち止まって、フュリーはエンヴィーと二人で窓にもたれて外を見ながら自分の童顔についての愚痴をこぼし続けた。






「ミニスカはどうしても嫌だと言い張るんでね。仕方なく普通のロングドレスにしたんだが、裾が異常に余ってねぇ。エリシアに持たせるには重いし大変だから、少し切ってもらったよ」
「あー、そりゃ大将には普通の長さは無理があるっしょ」
中庭の木陰に隠れてタバコをふかしながら、ロイとハボックは絶賛サボり中だ。のんきに座り込んで空を見上げて、ハボックはふぅと煙を吹き上げた。
「もう準備はすんでるんでしょ?旅行の支度は?」
「今日、足りないものを買いに行くって鋼のとアルがリストを作ってたな。他はもうだいたいすんでるよ」

「…………明後日だもんね」

「ああ、明後日だなぁ」

どうなることかと思ったけどな、とハボックが笑った。私もそう思っていたけどね、とロイも笑う。

穏やかな秋の空が澄み渡って、町の喧騒が僅かに聞こえてくる以外は静かな午後だった。

「大佐、どーです。今日、一杯いきませんか」
「ああ、そうだな。でもよそで飲むのはちょっとな」
ロイとしてはさっさと帰ってエドワードの顔が見たい。
「うちに来い。そのほうがゆっくりできるだろう」
「あ、いいんスか?じゃあぜひ」
大将の顔を見ながら飲むと酒がうまいんだよねと笑うハボックに、ロイがきつい視線を送る。
エドワードには隠れていてもらおう。そうロイが決心したとき、頭上の窓からブレダが顔を出した。
「電話ですよ!ヒューズ中佐から!明後日のことじゃないですかね」
「今行く!」
ロイはタバコを踏み消した。ヒューズには式の司会進行を頼んである。
「オレもうちょっとサボって行きますんで。中尉が来たら誤魔化しといて」
ハボックが笑って手を振る。
「バカ、自分の言い訳だけで精一杯だ」
ロイは苦笑して手をあげて、小走りに去っていった。

「あー、ほんと信じらんねぇな。明後日かー……」

ハボックはため息をついた。もうすぐ、手が届かなくなる。
あの金色に。

「………ま、いっか。会えなくなるわけじゃねぇし」




結婚式は明後日。

それぞれが色々なことを考え込んで、仕事はまったく進まなかった。





END.
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