結婚するって本当ですか
その7・はじめての➆
「………なんなんだよ、気持ち悪ぃな」
エドワードは苛立った声でロイを睨むように見つめた。どんな凶悪犯に睨まれたときでも怯んだことはないのに、その敵意のない瞳に心臓が竦む自分は重症なんだろうか。ロイは視線を泳がせながら、それでも逃がしたくなくてしっかりと子供を腕に閉じ込めた。
「もう少し、このままいてくれないか」
なにか、なんでもいいから気のきいた言葉はないか。ロイは忙しく頭を回転させた。
仕方ねぇな、なんなんだよ。そんな呟きが聞こえて、ロイの胸にエドワードの冷たい頬が押し当てられる。
「あー、あったけぇ」
ほっとしたような声音に、ロイもほっと安心した。エドワードは怒ってない。自分に抱かれることに抵抗はないようだ。
「なぁ、鋼の」
「なに」
ロイはまた唾を飲み込んで、見上げてくる金色を見た。
「………キス、したいんだが」
……なんてセリフだ。
ロイは自分に呆れたが、それよりもエドワードの反応が怖くて必死にその瞳を見つめた。
エドワードは口を半分開いたまま、なにも言わずにロイを凝視している。
……なにか言ったほうがいいのか。
以前自分はこんなときなんて言っていただろう。
「えーと……その、急ぐ気はなかったんだが。待とうと思ってたんだがね、あの………でもその……」
言い訳並べてどうする。
泣きたい気持ちでロイはエドワードをひたすら見つめた。もう情けなさすぎて、自分がなにを言いたいのかわからない。
やがてエドワードの頬がぼんやりと赤くなった。
口を引き結んでロイの瞳を見つめ、金色の瞳が少しずつ潤んでくる。
見る間に顔中真っ赤になったエドワードは、隠すようにロイの胸に額をぶつけた。小さなくぐもった声で、したければすればと可愛くない答えが聞こえてくる。
答えは可愛くないけれど。
熱くなった頬に手を添えて上げさせた顔は、どうしようもなく可愛かった。
「ただいまー」
がちゃりと玄関が開いて、アルフォンスが入ってきた。
「あれ、アルだけ?ウィンリィは?」
「ホテルとってるから送ってってきた。てか何、今からゴハンなの?」
もう時計は夜中に近い。キッチンからはなにやら料理の匂いが漂っていて、エドワードはエプロン姿でテーブルに皿を出したりしている。
「おまえが鍵閉めちゃうからだぞー。オレ中に入れなくて凍死するとこだったんだからな」
ぶつぶつ言うエドワードの顔はまったく怒っている様子はなくて、むしろ嬉しそうだ。軽やかな足取りで鍋をテーブルに運び、飲み物はなかったかなと冷蔵庫に駆け寄っていく。
「大佐は?」
「風呂だよー」
歌い出しそうな返事に、アルフォンスは苦笑した。朝と全然別人じゃん。わかりやすいなぁ兄さんて。
「なに作ったの?ってか、コレ何マジで」
鍋の蓋をあけて見ると、なにか野菜が煮崩れたようなものが入っている。コンロの上のフライパンには焦げかけた肉。
「えーと、なにか適当に。火が入ってりゃ食えるだろ」
「…………どいて。作り直すから」
えー頑張ったのに、と抗議するエドワードを押し退けてシャツの袖を捲り上げながら、アルフォンスは笑った。
見た目がどうでも、味が滅茶苦茶でも。
今のロイなら、なんでも笑顔で食べるに違いない。
2階のバスルームのほうから物音がした。アルフォンスは冷蔵庫から急いで食材を出しながら、ごはんができるまで2階でロイを足止めしとけとエドワードに命令を下した。
ぱたぱたと軽い足取りで階段を駆けあがるエドワードを見送ってから鍋の物体をつまんで口に入れてみる。
………次の課題は、料理だな………。
迫る結婚式の日を思いながら、アルフォンスはため息をついた。
2階からは少しの話し声。それから足音。そして寝室のドアが閉まる音。
あとはなにも聞こえない。
まぁいいか。
アルフォンスは笑顔になって、豪快に鍋の中身をゴミ箱に放り込んだ。
END.