結婚するって本当ですか


その7・はじめての➄


「お忙しいときにすいません」
ウィンリィは丁寧に頭を下げた。
「でもせっかく来たし、と思って。エドも来てるって聞いたのに、いないんですね。帰っちゃったんですか?」
「ああ、昼食を一緒にしたんだがね。そのあと私がちょっと忙しくて」
どんなに忙しかろうがエドワードよりも優先する仕事などないのに、無情で冷酷な副官が無理やり……とは言えなくて、ロイは曖昧に笑った。
「今日はうちに来てくれるんだろう?夕食はどこかに予約しようか」
「いえ!今夜はアルと食事に行く約束したんです」
ウィンリィは笑顔でアルフォンスを見た。
「久しぶりだしね。たまには二人でと思って」
アルフォンスも笑顔で言った。
なるほど、そういうことなら仕方ないな。ロイも笑顔になった。義弟がガールフレンドと仲良くするのは嬉しいし、二人で食事に行くと言うなら今夜はエドワードを独占できるということだ。
マジで早く仕事に戻らねば。そう思ったロイが無意識に時計に顔を向けたとき、ドアが開いてトレーを持ったホークアイが入ってきた。続いてその後ろからハボックが入ってくる。
ハボックの手に書類が数枚あるのを見て、ロイはげんなりした顔になった。

「うっす大佐、追加っス」
へらりと笑ってハボックは手にした書類をデスクに置いた。それを恨みがましい目で睨み、ロイはため息をついた。
「またか。なんでこんなにたくさんあるんだ?他にサインできる者はいないのか」
「まぁまぁ、今のコレは急ぎじゃないんで。明日か明後日にでもお願いしますよ」
にやにや笑いながらハボックはタバコをくわえ、火をつけながら思い出したようにロイを見た。
「そーだ、結婚式スけど。誓いのキスって、やるんですよね?」
「やるんじゃないか?」
それがどうした、とロイは怪訝な顔になる。
「いやいや、せっかくだから大佐と大将のキスシーンを写真に撮っとこうって皆で言ってんスよ。濃厚なやつ頼みますよ大佐」
楽しみにしてます、とハボックが言うと、ウィンリィがアルフォンスを振り向いた。
「エドったら、あーゆうことには奥手だと思ってたのに。やっぱ婚約すると違うわねー!」
「えー、そりゃ大佐と兄さんもうほんとラブラブだもん!キスくらい、ねぇ大佐?」
「う………」
話を振られてロイが一瞬詰まる。
「まぁ、そりゃあね………ほら、アレだから」
意味を為さない言葉ではははと笑うロイに、ウィンリィが頷いた。
「そうよねー。だってもしファーストキスがまだだったら、私だったら皆が見てる前でするのは嫌だわ!」

ロイが黙る。

「そうね、経験ないのにいきなり人前でなんて、普通は嫌よね」
ホークアイが頷いた。
「まさかー!大佐に限って、まだなんてことあるはずないスよ!手が早いって有名だもんな!ね、大佐」
ハボックが笑いながらロイを見た。
「ですよねー。もう毎日べたべただもん、ボク居場所がなくてー」
アルフォンスもにこにこしながらロイを見た。

四人の視線に晒されて、ロイは力なく笑った。ははは、そんな。なにを言ってるんだねキミタチ。

なんなんだ。皆なにが言いたいんだ。知ってるのか?自分がいまだにエドワードに手が出せないでいることを。あれだけ遊んでいたくせに、本命には嫌われるのが怖くて臆病になっていることを。

知っていてからかっているのか。いやしかし、これは自分とエドワードにしかわからないことだ。思い過ごしだ、ただの世間話なんだ。気にしているから気になるだけなんだ。

ロイは居たたまれない思いで、痛い視線に耐えていた。




やがてアルフォンスがウィンリィを連れて、今夜はちょっと遅くなりますと言って出ていった。
ハボックもタバコを消して、視察に行かなきゃと呟きながら出て行く。
視察?とロイがそっちを見ると、ホークアイがデスクの書類を整理しながら、
「午後の視察はハボック少尉に行かせることにしました。たいした施設じゃないし」
え、そうなの?ロイは時計を見て、残りの仕事の算段をしようとした。
「大佐、書類を分けておきました。こちらは急ぎの分、あちらが明日でもいい分です」
デスクの書類は2つの山に分けられていた。急ぎの分はそれほど量はない。陽が落ちる頃には帰れるのではないだろうか。
ロイがきらきらとその山を見つめていると、ホークアイが手早く空のコーヒーカップをトレーに集めた。部屋を出ようとドアに手をかけ、振り向いて上司を見る。
「最近ずっと遅くなってらしたし、たまには早く帰ってあげてください。エドワードくんもきっと淋しかったから今日ここに来たんじゃないかと思います」
「………そうだな。ありがとう中尉」

ドアが閉まって一人になると、ロイは急いで書類に取りかかった。
今日の素直なエドワードの顔が脳裏に浮かぶ。そうか、淋しかったのか鋼の。急いで帰るから、そしたら二人きりで夕食を食べて二人きりでべたべたしよう。

素晴らしい速度で書類を処理し始めたロイを窓からちらりと覗いて、ブレダは安心したように笑った。

ホークアイ隊長と、アルフォンスと幼なじみまで巻き込んだのだ。頑張ってくれないと困る。
自分達にできるのはここまでだ、とブレダはエドワードが帰って行った方角を見た。あとはこの鈍感上司がどうにかしてくれることを期待しよう。

………でもあの赤くなったエド、可愛かったな。

ブレダは慌てて頭を振って危険な煩悩を振り払うと、さぁ仕事でもするかと呟いて急ぎ足でその場から離れた。



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