結婚するって本当ですか


その7・はじめての➃


「前ってなんだ?式の準備とかなら、オレは知らんぞ。したことないし」
「や、準備はアルがやってるからいいんだ。オレのは、その。心の準備ていうか」
しどろもどろなエドワードに、少し落ち着けと深呼吸をさせて、ブレダは励ますように背中をぽんと叩いた。
「心の準備ってなんだ?」
「えーとね………オレ」

エドワードは金色の瞳をゆらゆらさせて、頼りなさげな顔でブレダを見つめた。頬がさっきよりさらに赤い。きれいなもんだ、とブレダは感心しながら言葉を待った。

「だから………オレ、キスってしたことないんだよ」
「うん」
「……でもさ……結婚式って、絶対するじゃん。ソレ………」
「ああ、まぁな」

エドワードはブレダの袖を握ったまま俯いた。

「…………オレ…………初めてキスすんのに……みんなの前でなんて、嫌だ………」

「……………あ」

ようやくエドワードの悩みがわかって、ブレダは袖を握るエドワードの手を見た。
今までこれを取り戻すために他の全てを忘れてこの子は頑張ってきたんだ。
なのでこういう方面にはまったく疎いのもわかる。
それがいきなり結婚だ。しかもいまだなんにも知らないままで。
そりゃ嫌だろう、とブレダは頷いた。エドワードにしてみればキスもそれ以上も同じように未知の世界で、それを初めて体験するのが衆人環視のもとでとなればこんなふうに悩むのも当たり前かもしれない。

だが、それで自分はなにを言えるだろう。花婿は自分ではない。エドワードの悩みを解決できるのは、執務室に閉じ込められて書類整理に励んでいるあの鈍感上司だけなのだ。

うーん、と考えこんだブレダの後ろから、がさりと草を踏む音がした。

「予行演習やればいいんじゃねぇ?」

聞きなれた声がして、エドワードがはっと顔をあげた。
草むらの向こうから、ハボックが笑って手を振っていた。




「おまえが遅いから探しに来たんだよ」
ハボックはタバコに火をつけてブレダをつついた。
「探してきますとか言ってサボりに来たんだろ」
ブレダが言うと、ハボックはバレたかと肩を竦めて笑った。
「ついでに一服すっかと思ってここ来たら、おまえのでっけぇ腹が見えたから。なにやってんだと思ったら、大将の可愛い声が聞こえてさぁ」
ハボックはエドワードの頭をくしゃくしゃ撫でた。
「可愛いってなんだよ!オレは真剣に悩んでんだぞ!」
「あー、うんうん。わかってる」
くすくす笑って、ハボックはぷはっと煙を吹いた。
「だからさ、予行演習しろって言ってんだよ。毎日毎晩、大佐にキスしてもらえばいいじゃんか。そのうち慣れるぞ」
「…………大佐に」
エドワードはまた顔を真っ赤にして俯いた。
ハボックはブレダの顔を見てまた笑った。ブレダの顔には「いい加減なこと言うなバカ」と書いてある。

「でも…………」

エドワードは俯いたまま呟くように言った。
その声の真剣さに、二人の少尉は思わず黙ってエドワードを見た。

「でも、オレ男だもん。したくないって大佐が言ったら?そしたらオレ、どうしたら…………」


ああ、そっちが本音か。

ブレダとハボックは顔を見合わせてにやりと笑った。結婚式における誓いのキスはどうにもしようがないが、これなら自分達にもできることがある。

「大将、心配すんなよ。大佐はおまえのこと、ほんとーに昔から大好きなんだぜ」
「そうそう。余計な心配してねぇで、帰ってメシでも作って待ってろ」

仕事に戻らなきゃならないからとエドワードを追い立てるように帰らせて、二人の少尉はすぐに司令部に戻った。
エドワードが結婚を承諾した瞬間から、自分達は「エドワードを見守り幸せにし隊」の隊員なのだ。隊長の指示と協力を仰ぎ、エドワードの不安を取りのぞいてやらねばならない義務がある。







ロイがひたすら書類と格闘している執務室に、控えめなノックの音がした。
目をあげずに入れと言うと、麗しい副官が入ってきて一礼した。
慌ててがさがさと書類をかき混ぜ、サイン済みのものを選り分けて束にして、ロイは愛想笑いを浮かべた。
「えーと、今んとここれだけなのだが」
情けない上司に眉ひとつ動かさず、ホークアイはそれを受け取って確認する。
「確かに。ではこれは預かります。それで、大佐。お客様がいらしてますが」
「客?」
ロイはあからさまに嫌な顔をした。今日こそ早く帰って愛しい金色の子供とゆっくりべたべたするんだと心に決めているのに、時間を取られるなんて冗談じゃない。
「忙しいのだがね。急ぎかね」
「いえ、挨拶だけだそうです。アルフォンスくんとウィンリィちゃんが」
「アルフォンス?ああ、そういえばウィンリィがこちらに来ると言っていたな」
ロイはちらりと時計を見た。挨拶なら家でもできるだろうにとは思ったが、大事な婚約者の幼なじみだし、もしかしたら義妹になるかもしれない子だ。
「わかった。連れてきてくれ」
ホークアイはドアの向こうに声をかけた。すぐにアルフォンスとウィンリィが入ってきて、お邪魔しますと頭を下げる。お茶をいれに行った副官に、これは少し時間がかかるかなとロイは立ち上がった。


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