結婚するって本当ですか
その7・はじめての➂
エドワードはまわりを見回してから身体ごとブレダににじり寄った。
ほんとにコイツは内緒事に慣れてない。ブレダは心の中でため息をつく。こんなふうにきょろきょろして、声をひそめて顔を近付けて。内緒話してますと全身で言ってるようなもんだ。
とりあえず上司に見つかったらそのまま灰になるに違いないので、ブレダは大きな体をなるべく縮こまらせてエドワードを見つめた。
「……あのさ…少尉って、ファーストキスいつ?」
「…………………はぃ?」
ブレダはエドワードをもう一度見つめなおした。
冗談を言ってる様子はない。その目は相変わらず真剣そのものだ。
「……えーと。エド、その質問なんか意味あんのか?」
「あるよ!ね、いつ?てか普通はみんないつするもんなの?」
「………………」
錬金術師というのは変り者が多い。実際上司も変り者だ。こんな子供でもやはりそれは変わらないらしい。
どう言えばいいのか、ブレダは視線を彷徨わせた。
「ねー、少尉ってば」
「あーはいはい。聞いてるよ」
両手をあげて降参のポーズで、ブレダはエドワードを見た。
「普通ったって、知らねぇよ。報告し合うもんでもねぇしな」
「やっぱそう?じゃ、少尉はいつなの?オレの年より上?下?」
「そりゃー……うーん。同じくらいだったんじゃねぇかなぁ」
そう言ってから、ああなるほどとブレダは頷いた。
「なんだ、おまえまだなのか?」
答えず頬を染めるエドワードに、なんだそうかとブレダは笑顔になった。
「そーだよな、一番興味がある年頃だよなー。気になるよなぁ」
にこにこ笑って、まぁ焦らなくてもそのうち相手が見つかれば自然とそうなるからと言葉を続けようとして。
ぴたっと口を閉じて、エドワードをまじまじと凝視した。
「………おまえ、もうすぐ結婚するんじゃなかったっけ」
「………うん」
「先月から大佐と一緒に住んでんじゃなかったか?」
「……………うん…」
「で………その、まだ…………」
「……………………」
頷くこともできなくなったエドワードは俯いてしまった。
ブレダはそのつむじを呆然と見つめた。
まだ?え?あの大佐と一緒にいて、まだなんにも?マジ?
「………エド、それは……えーと、もしかして寝室が別々とか?」
ハボックはロイと仲がいいから、よく上がり込んでいて知っているはず。が、ブレダはそれほどまでは上司と親密に付き合ってはいない。仕事で送迎のために家には行ったことはあっても、中の様子までは知らなかった。
だが、今まで職場でだけでもロイのエドワードにたいする執着じみた好意をずっと見てきていた。エドワードに出会うまでのロイの華々しい女性関係も、見たり聞いたりしていたのだ。
もうとっくに、色々あれこれ済ませていることだろうと思っていたのに。
「……寝室は一緒なんだけど………あの、オレがなんも知らないから。だから結婚するまで待つって……」
消え入りたそうな声でエドワードが言った。金髪から透けて見える地肌まで真っ赤に染まっている。
まずい。可愛い。
ブレダは慌てて目を逸らし、青空に浮かんで流れる雲を眺めた。
「……待ってくれるっつんならいいじゃねぇか。あの大佐にしちゃ殊勝な言葉だ。大事にされてんじゃねぇの?」
「でもさ……」
エドワードは唇を尖らせて顔をあげた。ブレダの目を見て言う勇気はないので、目の前のでかい腹を見る。
「その、あの、えーとアレはソレでいいんだけどさ、でも」
アレってなんだと聞くほど野暮ではないブレダは黙っている。エドワードはとにかく自分の窮状を理解してもらおうと、必死に言葉を探した。
「でもさ……来週じゃん、結婚式……だから……」
「あー、大丈夫だよ。大佐は色々慣れてるからさ、任せとけばいいさ」
他に言いようがなくてブレダは仕方なくそう言った。花嫁に向かってダンナは色事に慣れてるからなんて、本当はあまり言ってはいけない言葉だと思うのだが。
世間擦れして大人びたエドワードは、こういうことに関しては純情らしい。
ここは安心させることが最優先で、次に優先させるのは身の安全だ。
「ま、そういうことだから。大丈夫だって。心配すんなよ」
ぽんとエドワードの頭に手をのせて笑って見せて、ブレダはそれを締めに立ち上がろうとした。
エドワードは軍服の袖をがっしり握った。そのまま立ち上がったブレダにぶらさがり、必死でまだ話は終わっていないと縋りつく。
「違うんだ、そんなことは式のあとでいい。そうじゃなくて、その前が」
「その前?」
休憩は終わりに近づいている。早く戻らないと、中尉に見つかったらどうなるか。
それ以上に、縋りついている子供を溺愛している婚約者がこれを見たら。
想像したくなくて、ブレダは首を振った。
必死の顔のエドワードを見下ろし、ブレダはまた座り込んだ。結局自分もこの子には甘いのだ。こんな顔をしているエドワードを置いて仕事に戻ることはできそうにない。