結婚するって本当ですか


その7・はじめての②


「大佐!」

エドワードがノックもなしにドアを開けて叫ぶように言うと、呼ばれたロイは弾かれたように顔をあげた。
「鋼の。どうしたんだ?なにかあったか?」
「………えーと……いや、なにかあったのはアンタのほうだろ。なにその書類の山」
エドワードは勢いをなくしてドアを閉め、とことことデスクに歩み寄った。ロイのデスクの上は書類と資料で溢れていて、置場のないコーヒーカップが窓に置かれている。
ロイはへらっと笑ってペンを置き、立ち上がってエドワードに両手を広げてみせた。
「一週間休むからね、ちょっと頑張らないと。おいで、鋼の」
エドワードは少しだけ戸惑ってまわりを見回した。他には誰もいない。ロイの個人の執務室だから当然なのだが、それでもなんだか気が引ける。
「…やだよ、こんなとこで」
「そう言わないで。ここのところずっとこんな調子だから、たまには癒しが欲しいじゃないか」
ロイは手を広げたまま待っている。仕方なくエドワードはそこへ移動した。
すぐに背中に回された手に、そういえば最近はいつもロイの帰りが遅いからこんなふうに抱かれるのは久しぶりだと気がついた。
軍服から匂うロイの体臭がなんだか嬉しい、と思ってからエドワードは慌てて心の中で否定した。
なんだよ今の。冗談じゃねぇぞ。
しかし頬は勝手に熱くなり、どうしていいかわからない。
とりあえず顔を見られたくなくて、エドワードは相手の服をぎゅっと握った。

「鋼の、なにか用事があるんじゃないのか?」
「え」
「わざわざここに来るくらいだ、なにか大事な用事なんだろう?」
「……………えーと」

エドワードはロイの胸に顔をくっつけたまま焦った。なんとなくこんな状況では言いづらい。

誓いのキスを、やめてほしいなんて。

迷った挙げ句、エドワードはこそっと顔をあげてロイを見た。
「あの…もーすぐ昼じゃん?久しぶりにここの食堂でメシ食おうかなって…」

ああ、自分はいつのまにこんなにヘタレになったんだ。エドワードは悲しくなった。ヘタレの傍にいたら感染してしまうのだろうか。

ロイは目を丸くしてエドワードを見下ろした。
昼メシ?ここの食堂で?
ということはつまり、この子は自分と食事がしたいと言っているのか?

うっかり魂が天に昇りそうになるのを引き戻して、ロイはにっこり笑った。
「嬉しいよ、鋼の。では一段落したら行こう。少しだけ待っててくれ」
「……わかった」
素直に頷くエドワードにまた昇天しかけて、ロイはなんとか頑張って現世に留まった。



昼食中にホークアイに見つかったロイは、食べ終わってフォークを置くと同時に執務室に引きずられていった。ごめんなさいね、とエドワードにだけにっこり笑って謝るホークアイにたいした用事じゃないからと手を振って、エドワードは食堂の隅でため息をついた。

言えない。
ていうか結婚式に誓いのキスは当然についてくるもので、それをやめようと言うのは無理がある。

ではどうしたらいいだろう。キスするフリだけしてくれって言おうか。でもフリがバレたら余計面倒臭くなりそうだし、ロイがフリで終わらせるかどうか。


そこでエドワードは初めてアレ?と頭に疑問符を浮かべた。

あれだけべたべた抱きついてくるのに、なぜロイはキスをしてくれないんだろう。

いやいやしてほしいわけじゃないぞ!エドワードは首をぶんぶん横に振って否定した。
それからまた考える。今まで聞いた噂ではロイは手が早いということだった。初デートでホテルなんて当たり前、キスは挨拶。それならなぜ。

「………やっぱ、男だもんなオレ。する気になんなくて当たり前かなぁ……」

エドワードは冷めたコーヒーをすすって、なんとなく沈んだ気分でそう呟いた。
でも。
ロイの家に初めて行った日、確かにロイは今すぐにでも色々したいと言った。けどまだ経験がない自分に、結婚式まで待つとも言った。
だったら、キスもそうなんだろうか。結婚式まで待とうと思ってくれているのだろうか。

ぐるぐる回る思考に目眩がしてきたとき、後ろから肩をぽんと叩かれてエドワードはコーヒーを大量にこぼして振り向いた。

「うぉ。すまん、そんなに驚くとは思わなかった」

びっくり顔のブレダ少尉がそこに立っていて、エドワードは思わず椅子をひっくり返して立ち上がった。
「少尉、相談があるんだ!」
「は?オレにか?」
ますます驚くブレダの腕を両手で掴んで、エドワードはぐいぐい引っ張って食堂を飛び出した。




本部の裏庭は手入れもされてなくて、人は滅多に来ない。サボり目当ての者がたまにうろついていたりするが、昼休憩の今の時間は誰もいなかった。

雑草がほどよく伸びた木陰に座り込んだエドワードは、一緒に座ったブレダの顔を見つめて真剣な声を出した。
「少尉、これから言うこと、絶対誰にも内緒にしてくれない?」
「絶対って……おい、なに言う気なんだよ」
戸惑うブレダに顔を近付けて、エドワードは念を押すようにじっと見つめた。
「とくに大佐には。絶対、絶対!言わないで!」
「………えーと……あんまりその、アレな話はオレはちょっと……」
視線を泳がせて困った顔をしたブレダは、あくまで真剣なエドワードの目についに降参してため息をついた。
「わかった。言わねぇ。で、なんだ?相談て」




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