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結婚するって本当ですか


その7・はじめての



カレンダーを眺めて、エドワードは深いため息をついた。

あと一週間。

「なに、兄さんたらそんなに楽しみなの?」
もー、ボクすっかり邪魔者じゃん!あっはっは!
そう言って兄の背中をばんばん叩いて、鼻歌を歌いながら洗濯物を抱えて外に出ていくアルフォンスを睨んで、エドワードはまたため息をついた。

一週間後。

自分とロイの結婚式。

たくさんの招待状を出し、その全てから出席の返事をもらった。知ってる人もいたが知らない人がほとんどだ。軍の関係者だとロイが言っていた。
そんなたくさんの人々の前で、ドレスを着て永遠の愛を誓って、それからロイとキスをして。
きっとロイは自分をお姫様抱っこで教会から出るだろう。ライスシャワーや祝福の言葉が浴びせられて、花びらが降る中を車まで連れて行かれる。
ロイは満面の笑顔でみんなに手を降るはずだ。それから車に乗り込み、運転手のハボック少尉がタバコをくわえてアクセルを踏む。
みんなの笑顔に見送られて、それからセントラル一の豪華なホテルのスィートルームで着替えて、今度は仲間うちだけのお祝いパーティーだ。
またまた祝福を受けて何度も乾杯して、見慣れた仲間にたくさん冷やかされて。

ウィンリィは泣くかもしれない。

自分も泣くだろう。

……違った意味で。


そこまで想像して、エドワードはがっくりと肩を落とした。
カレンダーの赤い丸印を見る。ロイが嬉しそうにつけたものだ。
「この日が私達の結婚記念日になるんだよ」

……生き恥記念日だろ。



やっぱり質素にやろうと言えばよかった。エドワードは恨みがましく壁にかかったウェディングドレスを見た。試着させられたときはそのまま死にたかった。レースもひらひらも山ほどついた真っ白なドレスはどこからどう見ても自分には似合わないのに、ロイはもちろん弟もデザイナーさんもお針子さん達も口を揃えて大絶賛だった。遠慮しなくていいのに。男が着たってただのオカマだ。こんな可愛らしいドレスはやはり美しい女性が着てこそ真価を発揮するのではないだろうか。

それに。

エドワードはぼんやりと外を見た。青空が広がり、涼しい風が吹き抜ける秋晴れ。雲が筆で刷いたように流れている。

「オレ、キスなんてしたことない……」

呟いてからエドワードはますます落ち込んだ。
ファーストキスが公衆の面前で、相手は男。
こんな最悪なことがあるだろうか。神様はとことん禁忌を犯した人間を嫌うらしい。ふふふ、そうさ、この年まで色恋沙汰には縁がなくてキスするような相手に恵まれなかった自分が悪いのさ。自分だってお年頃だ、女の子に興味がなかったわけじゃない。でもまわりにいるのは男より強い女ばかりで、恋愛感情よりは畏怖が大きかったんだ。仕方ないじゃないか。常に工具で人のアタマを狙う狂暴な幼なじみに、素手で熊を倒せる師匠に、上司に向かって無表情で引き金が引ける中尉。他の女性の知り合いも、それらとたいして変わらない。
結果。女は怖い。逆らったらなにかが色々危ない。そう思い込んでも無理はないじゃないか。

それに比べれば、夫になるあの無能は優しい。
なにをしてもなにを言っても怒らないし、乱暴なことをしたり言ったりもしない。いつでもにこにこ笑って、優しい声で「鋼の」と呼び、欲しいだけ温もりをくれる。
ていうか、にたにた締まりなく笑いっぱなしでなんでも言いなりで猫なで声で銘を呼んでべたべたまとわりついてくるっていうか。

それでも、彼しか呼ばない「鋼の」という呼び名は好きだし、抱きしめられるのも好きだ。

多分、今の時点で言えば、キスをして嫌じゃない相手はあの無能だけだろう。

でも、だからって。

エドワードは床に置いたクッションに突っ伏した。
人前でファーストキス。
それだけは勘弁してほしい。


「なにもんどり打ってんの。買い物行かない?」
アルフォンスがリビングに戻ってきてみると、兄はクッションを抱き締めたまま床を転がっていた。
「ついでに駅にウィンリィを迎えに行かないと」
時計を見ながらぽそっと呟いたアルフォンスに、エドワードはがばっと起き上がった。
「ウィンリィ?なんで!なにしに?」
「式のときに受付やってもらうから、一緒にやる予定のホークアイ中尉と早めに打ち合わせするって」
「………聞いてねぇよ」
「そうだっけ?まぁとにかくボク行かないと。兄さんどうする?」
床で転がっとく?と聞くアルフォンスに、首を振って立ち上がってエドワードは急いでコートを掴んだ。

「司令部行く!じゃ、また!」
「え?」
そっちこそなにしに、とアルフォンスが聞く間もなくエドワードは玄関から外へ飛び出て行った。

「……どうせボクらもあとから行くのに」
アルフォンスは肩を竦めて、それから時計を見て慌てて上着を着た。急がないと、一分でも待たせたら工具が飛んできてしまう。
ばたばたと玄関を出て鍵を閉め、そういえば兄はここの鍵を持っているだろうかとふと気になったが、まぁいいかとアルフォンスは駅に向かって走り出した。


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