結婚するって本当ですか



その5・浮気疑惑


アルが見つけた、翡翠のイヤリング。

大きくて派手なデザインのそれは、大佐の家のリビングのソファに挟まるみたいにして残っていた。

「あの、コレ……どうしよう」
アルはすまなそうにオレを見る。見つけてしまってごめんね、とか言われて、オレは首を振った。

なんでアルが謝るかというと、オレが大佐の婚約者だからだ。結婚式を来月に控え、オレとアルは大佐の家に引っ越して同居している。

オレ達が来てから、大佐は毎日仕事を定時にすませて飛んで帰ってくる。それから一緒に夕食で、そのあとは交替で風呂に入って、あとはおしゃべり。それから寝る。大佐はオレを抱き締めて、たいそう幸せそうな寝顔で朝までぐっすりだ。

というわけだから、これはオレ達が来る前に来た誰かの忘れ物に違いない。
誰かって、知らないけど女の人だろう。こんな高価そうなアクセサリーをつけているくらいだ、派手な化粧の大人の女の人だろうと思う。
ラストが頭に浮かんだ。うん、似合いそうだ。きっとあんな感じの人だろうな。

そんなふうにぼんやり考えてたら、アルが心配そうに覗きこんできた。オレがショックを受けていると思ったらしい。大丈夫?とか聞いてくる。
「あのね、えーと。大佐も大人の男だからさ。兄さんと付き合うまでは、きっと色々あったと思うし」
アルが一生懸命言ってることの意味はわかる。婚約する前のことは仕方ないことだから責めるなと言いたいんだ。

うん、アルは正しいよ。間違ってない。誰しも過去はあるものだし、タラシとまで言われた大佐なんだからそんな過去は掘り出せばいくらでも沸いてくるだろう。
大丈夫、責めたりしないよ。

ていうか。


オレってなにか欠陥でもあるんだろうか。

嫉妬とかそういう気持ちがカケラも無いんですけど。

オレはイヤリングよりもそっちのほうで焦った。大佐はまぁ好きだし一緒にいて楽しいし結婚するのも嫌じゃない。だったらこういう場合はやきもちやいたりするもんなんじゃねぇの?夜帰ってきた大佐の前にコレを突き出して、どういうこと?とか怒鳴ったり泣いたり。相手が弁解するのを聞かないで夜の街に走り出て、追ってきた恋人と公園とか歩道橋の上なんかで抱き合ったりとかして。たいていの映画やドラマではそんな感じだった。

どうしてだろ。大佐を問い詰めるより、この値の張りそうなイヤリングを持ち主に返してあげなきゃいけないんじゃないかとかそういうことばかり気になる。だってきっと探してるし。


大佐が帰って来て、アルは気を使って(多分居づらくて)部屋に引っ込んでしまった。大佐はオレを見て、なにかあったのかと聞く。
「帰ったときから様子が変だったぞ。どうしたんだ」
どうしたもこうしたも。
オレはイヤリングを差し出した。

「コレ、誰の?」
「え?」
大佐は驚いてそれを眺めている。が、なんだか見覚えがあるような表情だ。
「ソファんとこにあったんだ。高そうだし、返してあげないと」
そう言うと大佐はしばらくイヤリングを見て、なるほどと呟いた。
「アルフォンスはコレを見て、浮気の証拠だと思ったんだな」
「浮気じゃねぇだろ?だって、オレ達付き合ってねぇもん。婚約はしたけど」
「…………ずいぶん淋しい言葉だな、鋼の」
大佐はがっかりした顔でイヤリングを乱暴にテーブルに投げた。壊れたらどうすんだ。
「壊れたらまた新しいのを買ってプレゼントするだけだよ。別にそこまで高いものじゃない。これは私が買ってあげたものだからね」

大佐はこともなげにそう言って、はぁとひとつため息をついた。
「嫉妬もしてもらえないとは、なんだかちょっと自信がなくなったな」
「……自信?」
「少しはきみに好かれていると思ってたんだが、自惚れだったかな」

大佐はソファにもたれて、だが負けないぞ元々そんなもんだったんだ必ずきみの心を自分にどうとか、とかどうでもいいことをぶつぶつ呟きながらオレの肩に手を回して抱き寄せようとする。
そんなのは本当にどうでもいい。

オレはなんとなく、わかった気がした。
大佐に女性の影が見えても、なんとも思わない理由が。

「………そっか。オレ、自信がなかったんだ」

思わず呟くと、え?と大佐がオレを覗きこむように見つめた。

「オレはガキで男だから。女の人にはやっぱ、適わないもん」

最初からそう思っていた。その時点で、知らないうちに諦めてたんだ。

嫉妬とか、しないんじゃなくてできないんだ。オレにはそんな権利はないから。

オレの言葉に大佐は目を丸くした。
それから、いきなりオレを強く抱き締めた。

痛くて苦しい。
そう文句を言っても離してくれない大佐は、オレの耳元にすまないと囁いた。

「あのイヤリングは養母のものだ。誕生日にプレゼントしたものなんだ。こないだ来たから、そのとき落として帰ったんだろう」
「……大佐の、おかあさん……?」
「そうだよ。近いうちにきみの顔を見に来ると言っていたから、そのときにきみの目の前であれを返そう。すまない、あんまりきみがあっさりしてるんで、嫉妬してほしくて誤解されそうなことを言った」

大佐は真剣に謝ってくれる。が、そんなの聞こえてない。

おかあさん。大佐の。

顔を見に?ダレの?

………オレの?

考えてたら焦ってきて、どうしようとか思ってたら大佐はそれをなにか勘違いしたらしい。抱き締める腕を少し緩めて、オレのほっぺたやデコにキスをした。

何度も、何度も。
合間にひたすら謝りながら。
嫉妬する権利はきみにしかないんだと、何度も言いながら。

……大佐のおかあさんに会って、話をして。
認めてもらえて、応援してもらえたら。

オレ、やきもちやいたりできるようになるのかなぁ。

そう言うと、大佐は笑った。
「養母が認めようが認めまいが関係なく、きみには私を縛る権利があるんだよ」

そうなのか。じゃあこれからは胸の痛みに正直になっていいんだ。

オレは安心して大佐の肩に頭を乗せてもたれかかろうとして。

いきなりがばっと顔をあげた。頭が大佐の顎にクリーンヒットして痛いけど気にしてらんない。

「お、おかあさん来るのっていつ!?」


結婚て大変だ。安心する暇もありゃしねぇ。

オレは顎をおさえて蹲る大佐の背中をぽこぽこ叩いて、早く答えろと急かしまくった。





END.
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