結婚するって本当ですか
その4・引っ越し➄
「だからね、きみが結婚の約束をしてくれたときに思ったんだよ。きみ達がここに来たときに、好きなように家具を買い足して模様替えしてもらおうって」
カーテンも家についていたものをそのまま使っているんだ、と大佐は苦笑して言った。使っている家具も家具屋で勧められるまま適当に揃えてもらったものでね。よそよそしいというのは確かにそうかもしれないね。
「モデルハウスみたいだと、自分でも思ってたよ」
大佐の言葉に頷きながら、オレはなんだかほっとした。
この家はオレ達が来るのを待っていたんだ。
そう思うと、寒々しいくらい広い家もなんだか違って見える。
「アルがね、晩飯のとき、明日は家具屋に行こうって言ってたんだ」
オレがそう言うと、大佐は嬉しそうに頷いた。
「あとさ、服とか……オレ達トランクに入るだけしか持ってないから。買いに行かなきゃって」
そうだな、と大佐はクローゼットを見た。
「あそこは広いからいくらでも入るよ。たくさん買ってきなさい。溢れるようならタンスも買って」
そんなに買わないよと笑ったら大佐も笑った。
唐突に、オレはこの先ずっとこうして大佐と一緒にいるんだと実感した。こうやって話をして笑って。司令部でいつもしていたような嫌味や揶揄の応酬もして。
そうして、年を取って死ぬまで。
だったら、聞いておきたいことがある。
さっき感じた疑問を、聞いておかないときっと後悔する。
このまま一緒にいたら、オレは多分今よりずっと大佐のことが好きになるだろう。自信過剰で嫌味で意地悪で、そんでヘタレな大佐をずっと見てきて嫌いにはならなかった。こんなふうに自然に話して笑い合えるならなおさらだ。
そしたらきっと聞けなくなるから。
今のうちだ、とオレは大佐のほうを向いて座り直した。
「なあ大佐。聞きたいんだけどさ」
「なんだ?」
「えーと…なんでオレと結婚とか考えたのかな、と。普通女とするじゃん?あの旅行のパンフレットだってさ、カップルとか書いてあったし……」
なんだそんなことか、と大佐は笑った。
「きみが好きだからだよ。何度も言っただろ?」
「でも、あれはその…冗談とかじゃねぇの?」
ずっと考えてはいたんだ。大佐は結婚してくれそうなアテがないからと言ったけど、そんなん嘘だ。だって本当にこいつはモテるんだ。
それなのに男のオレと結婚なんて。付き合ってたならともかく、お友達という関係ですらなかったんだから。司令部でときたま顔を合わせるだけだったのに、いきなり結婚とか言い出してしかもそれが本気だったなんていまだに信じられない。
本当は、結婚すれば縁談やしつこい女を楽に排除できると思ったからなんじゃないのか?そんで相手がガキで男のオレなら、結婚してからも適当に好きな女と遊んだりできるし。そういうことでオレを選んだんじゃないのかな。
オレが言い終わって返事を待とうと大佐を見つめると、大佐はがっくりと下を向いてしまった。
「……鋼の。きみの中の私という人物は、いったいどういう人間なんだ」
「いや…どういうもこういうも。だって大佐ってそういう奴じゃなかった?」
噂で聞いた大佐はそんな感じだったよ、とオレが素直に言うと、大佐はため息をついた。
「あのな。私はそんな男じゃないぞ。結婚は好きな人としかしたくない。だから今まで独身だったんだ」
大佐は顔をあげて、オレの肩を両手でつかんだ。
「よく聞いてくれ鋼の。私はきみが好きなんだ。それはもう昔から。てゆーか初めて見たときから。それに気づいてからは女性との付き合いはしてないし、きみにも会うたび好きだと伝えていたはずだぞ」
うん、まあ確かに。でもからかうみたいな感じだったから、本気だなんて思わなかった。
「きみが私をあまりよく思ってないことは知ってた。でも、あのままではきみは体を取り戻したら私から離れてしまってもう会えなくなると思ったんだ。だから卑怯だとは思ったけど、きみが資料に夢中なときを選んであんなふうに結婚の約束をさせたんだよ」
ああ、うん。多分約束してなかったら、挨拶しに来てそれきりだっただろうな。軍に残るにしても、正式に入隊すれば大佐の部下になるとは限らないし。
大佐はオレの目をじっと見た。黒い瞳の中に映る自分というのは見慣れなくて、なんだか恥ずかしくなって下を向いてしまった。こんな真剣な顔の大佐も初めて。こんなに心臓がどきどきするのも初めてだ。
「鋼の。言っておくが私は今まで、きみを好きになってから何年も浮気はしてない。今から先も絶対にしない。ついでに、新婚旅行でもしないぞ」
あ、昼に言ったこと根に持ってるんだ。しつこいなコイツ。
「だから、鋼の。もう一度、改めてやり直したいのだが」
やり直すって、なに?
思わず顔をあげて大佐を見ると、頬をちょっと染めてびっくりするくらい真面目な顔の大佐がいた。
「愛してるんだ、鋼の。結婚してくれ。きみと死ぬまで一緒にいたい」
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